第27話「綾乃様ご生誕祭対策会議~」
ニャーニャーニャー・・・
微妙に不快な猫の鳴き声風の目覚まし音が響く。
よもや再びこれを使う事になろうとは・・・まだアルバイトが終わってから日も浅いというのに。
眠い目をこすりつつ、私はゆっくりと身を起こした。
うん、ゆっくりと・・・慌てて起きてどこかをぶつけたりしないくらいの余裕をもって。
いつもより少し早く起きた理由はそんなに深刻な事じゃないのだ。
「左子、起きてる?」
「・・・ん」
小さく返事が聞こえた、左子もちゃんと起きてきている。
深刻な事ではないけれど、私達にとってそれなりに重要な事ではある。
夏休みが終わって新学期が始まったこの9月・・・実はこの9月には重要なイベントがあるのだ。
「えー、それでは始めようと思います・・・」
左子と2人で床にぺたんと座り、寝ぼけた頭が働き始めるのを少々待ってから・・・私は本件を口にした。
「第一回、綾乃様ご生誕祭対策会議~」
「ぱちぱちぱち」
私の適当なタイトルコールに合わせて、左子が手を叩いた。
事が事だけに、左子もいつもよりテンションが高い。
そう、来るべき9月25日は我らが綾乃様のお誕生日なのだ。
「去年、一昨年と・・・私達は忙しさにかまけてロクなお祝いが出来なかった、今年こそはやるわよ左子」
「うん・・・綾乃様に、いっぱい喜んでもらう」
左子と目を合わせ、二人でしっかりと頷き合う・・・こうして私達の計画は始まった。
綾乃様に喜んでもらう為に私達に出来る限りの事をしよう、きっと来年のこの時期はそれどころではなくなっているだろうから・・・
基本的には綾乃様と一緒にいる事の多い私達だ、あまり長い作戦タイムは取れない。
だからこの作戦会議は第二回も第三回もある。
幸いな事に体育祭と学園祭・・・姫祭を控えたこの時期、クラス委員の綾乃様は多忙だ。
放課後は格好の作戦タイムになるだろう。
まずはその辺の方針と予算だけ決めて、今回は終了だ。
予算については、正直使おうと思えば結構な金額を使う事が出来る・・・お母さんから渡された私達の銀行口座にはまだかなりの金額が残っているのだ。
でも私事でこのお金に手を付けるのにはやっぱり抵抗がある・・・それは左子も同意見で、私達が夏休みに稼いだアルバイト代の分を使える限度額ということにした。
そうでなくとも、お金持ちの綾乃様相手にお金で喜んでもらうのは難しいと思うからね。
今後の会議は放課後、紅茶研の部室でする事に決めた。
礼司さまは他人の秘密をペラペラ喋るような人じゃないし、むしろ積極的に相談したい相手だ。
問題はチート庶民・・・一応葵ちゃんは私達の敵だからなぁ・・・でも手伝ってくれそうな感しがする。
本能的に宿敵として認識してるっぽい綾乃様と違って、あの子には悪意がないから『私も一緒にお祝いするよ!』とか言いそう。
「私も一緒にお祝いするよ!」
案の定・・・
葵ちゃんは私の手を力いっぱい握り締めながら、私の予想と一言一句違わぬ言葉を口にしたのだった。
「いや、お祝いをするのは私達二人で・・・」
「えー、みんなでお祝いした方が良いと思うよ、その方が二階堂さんも喜ぶんじゃないかな?」
むぅ・・・そう言われると・・・確かに。
綾乃様は友達少ない事を気にしているし、友達を集めての誕生会というのは結構喜びそうな気がする。
問題はその人選だ、出来れば敵である葵ちゃんには来てほしくないんだけど・・・
「四十院君、四十院君も一緒に二階堂さんの誕生日をお祝いしようよ」
「えっ、僕も?!いや僕がお邪魔してしまうのは・・・その・・・」
「同じ部活の仲間なんだから、誕生日をお祝いしちゃいけない理由なんかないよ」
「そ、そうかな・・・」
「そうだよ!四十院君も別に二階堂さんの事が嫌いなわけじゃないよね?」
「え?ま、まぁ・・・嫌ってはいないけれど・・・」
「なら決まりだね、二階堂さんの誕生日は紅茶研メンバー全員でお祝いしよう」
おお、さすがはゲームの主人公。
ここに居合わせただけの礼司さまを、否応なしに巻き込んでしまった。
攻略対象の礼司さまに誕生日を祝ってもらえるのはすごく大きい、うまくすれば葵ちゃんが付いてきちゃうマイナス面を補って余りあるかも知れない。
しかも、それだけではなく・・・
「随分と騒々しいな・・・ここは茶会を楽しむ場だと聞いていたんだが」
「流也さま?!どうしてここに・・・」
「ふん、そこの放蕩者に一度遊びに来いと誘われていたからに決まっているだろう?」
そう言いながら、思わぬ乱入者・・・斎京流也は面倒臭そうにこの部室の合鍵をぶら下げて見せた。
「ふふ、相変わらずだね流也・・・僕は一学期の頃から誘っていたはずなんだけど」
「なかなか時間が取れなくてな、この俺にも王者として果たす責務というものがある」
ご立派な事を言っているけどクラス委員の仕事なんだろうな・・・うちのクラスの王様よ。
彼がこの部室に遊びに来ているという事は、クラス委員の仕事がひと段落着いたという事だろうか・・・綾乃様も来るかも知れない、気を付けておこう。
「どうした?さっきまで何か話をしていただろう?俺に気にせず続けて構わんぞ」
いや、そんな堂々と椅子に座りながら言われても・・・空いてる席がそこだけとはいえ、そこ綾乃様の席だし・・・
クラスを良くしてくれるようにはなったけれど、こういう所は遠慮がないなぁ・・・
「二階堂さんのね、お誕生日が近いからみんなでお誕生会をしようって話をしていたんだよ」
「ほう・・・」
「あ、もちろん二階堂さんには内緒だよ?」
「そうか・・・主に隠れて・・・サプライズというやつだな、面白い俺にも参加させてもらおうか」
「うんうん、人数は多い方が良いからね大歓迎だよ、ね?右子ちゃん」
「えっ、えぇぇ?!」
このチート庶民も遠慮がなかった。
こういう物怖じしない所が葵ちゃんの魅力ではあるんだけどね。
流也さまが祝ってくれるのも有り難いんだけど・・・なんか綾乃様のお誕生日を祝う計画が、私達の手を離れてきた気がするよ。
幸いな事に、クラス委員の仕事が早く終わったのはうちのクラスだけのようで・・・
なんか流也さまの方が綾乃様より優秀みたいでちょっと悔しい、実際成績でも勝ってるし本当に優秀なんだろうけど・・・
綾乃様が部室に現れる事はなく、誕生会の計画は順調に組み上がっていく。
「では当日は左子と右子が二階堂を引き留めている隙に、他の者はうちの車で屋敷に先行する・・・あの執事には俺から話を通しておこう」
「あ、流也さま・・・一応、『お友達同士のお誕生会』っていう形からは逸脱しないようにお願いしますね」
あの夏休みの一件で、流也さまと二階堂家へのパイプはしっかり出来上がってしまっているようだ。
このまま放っておくと豪華絢爛なパーティにされかねない・・・アルパカグッズがアルパカ100%になったように。
「ああ、そこは僕が見ておくから・・・」
「くれぐれもお願いします・・・」
「ん?別に何も心配する事などないと思うが」
礼司さまがいてくれるのがすごく心強い。
暴走した流也さまを止められるのはきっと彼だけだろう・・・ああ左子もか。
いざとなった時の為にモップも置いておこうかな。
「そろそろ紅茶のお代わりを淹れて来ようか」
「あ礼司さま、私も手伝います」
「いや、僕一人で出来るよ」
「まぁそうでしょうけど・・・せっかくなのでついでにちょっとお聞きしたい事が」
「そ、それなら後で聞くから・・・座って待っていて」
あれ、礼司さま今日は妙に余所余所しい・・・というか軽く避けられてる?
いつもなら快く話を聞いてもらえるんだけど・・・なんだろう。
私、嫌われるような事したかな・・・礼司さまにNGなのは実家関連の話くらいのはずなんだけど・・・
「お待たせ・・・それで三本木さん、聞きたい事っていうのは何かな?」
紅茶を淹れて戻って来た礼司さまには、いつもと変わった様子はない・・・気のせいだったかな。
結局、私の話も聞いてくれるみたいだし・・・まぁいっか。
「えと、綾乃様にですね・・・手作り紅茶みたいなのをプレゼント出来たらなって思いまして・・・」
「ああ、自家製ブレンドか・・・そうだね、キャンディとか癖がなくて初心者向けかな」
「え、紅茶味のキャンディですか?」
紅茶を固めてキャンディに出来るのかな・・・でもそれだと求めてる物とはちょっと違うような。
私としては茶葉とかハーブとかを混ぜて、こうティーバックとかに詰めたやつを贈りたいんだけど・・・
「くく・・・右子、お前は物を知らないのか・・・」
「へ」
ちょっと流也さま?!なんで笑ってるの?
私そんな変な事言った?
「礼司・・・紅茶研の部長として、教育がなっていないんじゃないか?」
「流也、何もそこまで言わなくても・・・三本木さん、キャンディという茶葉があってね・・・」
「え・・・」
キャンディ・・・紅茶の産地の一つで、そこで採れた茶葉は鮮やかな色を持った、渋みの少ないすっきりとした味わいの紅茶になるという・・・
「うわ、ご、ごめんなさい・・・私ったらてっきり・・・」
「姉さん・・・どんまい」
「あ、ちなみに葵ちゃんは・・・知ってたの?」
「え、ええと・・・うん、知ってた」
「まさか左子は・・・知らなかったよね?」
「・・・前に姉さんも・・・教わったはず」
「え」
くぅぅ・・・知らなかったのは私だけ・・・しかもどこかで礼司さまに教えて貰ってるらしい。
ぜんぜん覚えてなかったよ・・・もう恥ずかしくて仕方ない。
「紅茶味の飴玉か・・・まぁそれも悪くはないがな」
「もう、あんまりいじめたら右子ちゃんがかわいそうだよ」
「だね、そろそろ話を戻そうか・・・紅茶のブレンドっていうのは自由に楽しんで良いんだけど、よくある失敗が風味の強い物をぶつけてしまう事だからね、最初はキャンディをベースにして色々試してみると良いと思うよ」
ふむふむ・・・キャンディか、今度はしっかり覚えたよ。
さすがにこんな恥ずかしい目にあうのは二度とごめんだからね。
「キャンディはフレーバー・・・紅茶に入れて使うシロップ類との相性も良いんだけど・・・おっと、これは余計だったかな」
フレーバーか・・・そういうのはまだ使った事ないけど、これも色々あるんだろうか。
せっかくだからそれも教えて貰おうかな。
「そのフレーバーってどんなのがあるんですか?お勧めとかあったら教えてほしいです」
「え・・・ああ、僕は構わないけれど・・・」
「?」
「礼司、正直に言ってやれ・・・一度にそんなに詰め込んで、覚えきれるのか?と・・・」
「ムム・・・」
流也さま、ひょっとして私の事馬鹿にしてる?
って礼司さままで、そんな心配そうな顔しなくたって・・・
「そ、それくらい覚えられますっ!」
「ん・・・姉さんは、やる時はやる人・・・」
「右子ちゃん、あんまり無理はしない方が・・・」
よく言ってくれた左子、私の味方はアンタだけだよ。
そう、私だってやれば出来るんだよ、これくらい・・・チート庶民はちょっと黙っててね?
「ほう、茶葉一つ満足に覚えられなかったのはどこの誰だったかな?」
「う・・・」
それは・・・ちょっと聞き流してただけだから!ちゃんと聞いてたら覚えてたよ・・・きっと。
「なら一つだけにしておこうか・・・難しかったらメモをとって良いからね?」
「むー・・・」
そう前置きして礼司さまが教えてくれた物は・・・確かにメモした方が良い内容だった。
「・・・りんごとオレンジを一個ずつ、薄く切る」
「そうそう、りんごはいちょう切りで、オレンジは輪切り・・・そしてシナモンとクローブとナツメグを用意して・・・」
ご家庭で作れるというノンアルコールのワインフレーバー。
それはちょっとした料理のレシピのようだった。
「沸騰させないように火にかけた後、一晩寝かせたら完成・・・わからなかった所はあるかな?」
「ええと・・・たぶん大丈夫です、ありがとうございます」
一応一通りの工程を思い浮かべて確認したけど特に問題はなさそうだ。
後は実際にやってみて、何か問題があった時に質問すれば良いかな。
「じゃあ右子ちゃんのプレゼントはそれで決まりだね、私達は何を用意しようかな」
「・・・言っとくけど、あんまり高価なプレゼントとか持って来なくて良いからね?」
「ふむ、仕入れ価格を安く抑えたプレゼントか・・・」
葵ちゃんはお金ないだろうし、流也さまもアルパカの二の舞はごめんだからね?
そうこう言っているうちに時は流れ・・・そろそろ綾乃様がクラス委員の仕事を終える頃だということで、このお茶会はお開きとなった。
屋敷に戻った私はさっそく試作・・・と思ったけど、材料を買ってなかった。
よく考えたら私達はいつも千場須さんの車での送迎だから、学校帰りに買い物とか出来ないんだったよ。
一応千場須さんに言えば、その辺のスーパーに寄るくらいは出来ると思うけど・・・綾乃様が付いてくるのは間違いない。
とはいえ、材料は割と一般的なフルーツとスパイス類だ。
屋敷の冷蔵庫とかに余ってるかも知れない・・・そう思って三ツ星シェフにメモを見て貰ったら・・・
「モルドワインか・・・お嬢様に内緒でって事は誕生日プレゼントかな」
「すごい、よくわかりましたね」
「まぁこれでもプロだからね、今使えそうな材料を持ってくるよ」
さすが料理人、メモをひと目見ただけで何を作るかを言い当ててしまった。
あの様子だと材料の方は問題なさそ・・・
「はい、ここに置いておくから好きな物を使って構わないよ」
「ありがとうござ・・・ええっ!?」
そこにあったのは山盛りのフルーツ類と、スパイス類かな?名前も知らない材料達。
「ええと三ツ星さん・・・メモにない物がいっぱいあるんですけど・・・」
「メモには最低限の材料しか書いてなかったけど、お嬢様への誕生日プレゼントならもう少し豪華にしても良いんじゃないかと思ってね・・・使わなかったやつは後で片づけておくからそのまま置いといていいよ」
た、確かに豪華な方が良いかも知れないけれど・・・こんなにあってもどうすれば良いかわからないよ。
三ツ星さんも物を置くだけおいて行っちゃうし・・・うーん、やっぱり最初は無難にメモ通りの最低限なやつから・・・
「ええと・・・まずはりんごとオレンジを切って、ぶどうジュースと一緒に鍋に・・・」
ぶどうジュースは・・・それっぽいのあった、海外製の高級品なのか英語で書いてある。
うん芳醇、さすが高級品なだけあって香りが強いね。
きっとそのままでも美味しいんだろうな・・・いやいや、つまみ食いはしないよ。
材料を一通り鍋に入れたら、後は煮込むだけ・・・たしか沸騰させちゃいけないんだっけ。
この後一晩寝かせるって工程があるけど、特に手間はかからない。
今から水筒に入れておいて、明日紅茶研で味見して貰おう。
そして翌日・・・
たっぷりのお砂糖で甘く仕上げたそのシロップを口にした礼司さまは、とても苦い顔をした。
「これ・・・ワインが入ってるね、しかもアルコール抜けてない」
「へ」
「確かに本当はワインを使って作る物だけど・・・もう少し火を通さないとダメだよ」
「え・・・でも沸騰させないようにって・・・」
「三本木さん、沸騰させなくても一定の温度は必要なんだよ・・・」
「・・・おいしいのに」
「左子?!それ飲んじゃダメ!」
ごくごくと飲んでいた左子を慌てて止める。
味は美味しいのかも知れないけれど、未成年のアルコールはダメだよ。
さすがにお酒はまずい、ぶどうジュースだけは帰りに買っておこう。
その後も、数回の失敗を繰り返し・・・ようやくまともなシロップが完成したのは一週間後のことだった。
うぅ・・・料理って難しい。
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