第28話「二人三脚・・・絶対負けない」

「体育祭での組分けが決まったぞ」


朝のホームルーム。

クラス委員である我らのキング、流也さまがそう言ったと同時にクラスの皆にプリントが配られた。

プリントには3学年分の組分けが書かれていて、うちのクラスは紅組だ。


昨今ではこの組み分けも3組や4組、色も青組黄色組といったカラフルな色分けをしている学校も珍しくない。

しかしこの姫ヶ藤は古式ゆかしく紅白2つの組に分けられている。


うちのクラスが紅というのがわかったところで、次に確認するのは当然綾乃様のクラス・・・良かった紅組だ。

所詮はいち学校行事とは言っても、綾乃様と敵味方に分かれるのはいい気分じゃないからね。

他に同じ紅組になったのは・・・透さまのクラスか。

透さまはあんまりスポーツとかやってるイメージがないけど、あの長身だから運動も結構出来そうな気はするね。


対する白組はチート庶民の葵ちゃん、礼司さま、要さまのクラスだ。

礼司さまは強そうな感じがしないけれど、葵ちゃんと要さまは強敵と見て良いだろう。

流也さまもこの二人をマークしているのか、二人のクラスの所に星印が付けられていた。

よく見ると2年生、3年生の所にも星印が・・・こっちにも強い人がいるんだろうね。


「わかっているとは思うが、俺達に敗北の二文字はない!紅組の勝利は既に決定事項だ」

「うぉおおお!」


早くもやる気に溢れる男子が吠えてる。

うちのクラスはノリが良いからなぁ・・・ふと近くの席の成美さんと目が合った。

運動が苦手な彼女はこのノリについて行けず、苦笑いをしている。

うんうん、運動が得意じゃない人間にとって体育祭は拷問みたいなものだもんね。

私も前世では色々と辛い思いをしたもんだよ、二人三脚とか相手の足を文字通り引っ張っちゃってね・・・


「うちのクラスから二人三脚に出すのは左子と右子で良いな?」

「へ・・・?」


そんな事を考えていたらいきなり聞こえてきたトラウマワードについビクッとしてしまった。

え、もう参加種目とか決めてるの?!


「賛成!」

「双子だし」

「うん、この二人以外考えられないよな」


肝心の私達二人の返事を待つまでもなく、クラスは満場一致といった気配だ。

ええと・・・そんなに期待されても・・・双子だからって息ぴったりとは限らないわけで・・・



「すごい!」

「二人三脚ってここまで速く走れるものなのか」

「さすが双子、息ぴったりなんてもんじゃないぞ!」



・・・すごく息ぴったりだった。



たぶん私が一番びっくりしてるよ!

皆当然って顔で納得しちゃってるけど、私と左子って小さい頃の時点で体力差あったんだからね?

それが本当に・・・左子の脚がぴったりとついて来る。

どこまで速度を上げて良いのか・・・ここまで速度が出てくると転んだ時が怖いんだけど。


「左子・・・こ、この辺にしようか?」

「大丈夫・・・まだいける」

「やっ、まだいけるのかも知れないけど・・・」

「私と姉さんで・・・風になる・・・世界新も狙える」


そ、そんなの狙わなくていいから!

クラスの皆から歓声を浴びながら全速力でゴールする私達・・・しかし私は絶叫マシンに乗った後のような気分だ。

おそらく本番はこんな速度を出さなくても勝てるだろうけど、左子が妙にやる気出してるんだよなぁ・・・


「まぁ、お二人のタイム・・・私が一人で走るよりも速いです」


タイムを計っていたらしい成美さんが感嘆の声をあげる。

いくら運動が苦手な成美さんとはいえ、一人の全力疾走より速いとか・・・

ゲームでは気にならなかったけど、これはこの双子に設定された能力なんだろうか。

所謂チートとは無縁の脇役人生かと思ったら、変な所に特殊能力があったものだ。


「さすがだな、この俺が見込んだ通りだ」

「流也さま・・・自分でも信じられないです、私と左子がここまでやれるなんて・・・」

「ふん、自分の事を自分が一番見えていない・・・そんな事は珍しくもない話だ」


・・・確かにそうかもね。

私も左子とはずっと一緒にいたけれど、今の今まで気付かなかったくらいだし。


「・・・だから俺が見て適性のある種目に皆を割り振らせてもらった・・・勝てる所で勝つべくして勝つのが王者というものだからな」


流也さまは私達の他にも、クラスの皆の参加種目を決めてしまっていた。

今の所その決定に不満を口にした者はいない・・・キングの決定だしね。

早く決まった方が練習もしやすいけれど、皆が皆何かの適正があるとは思えないんだけど・・・ほら、成美さんとか。

あの子大丈夫かな・・・苦笑いを浮かべた彼女の顔が、私の頭にちょっと引っかかる。


ちなみに成美さんが参加する事になったのは種目は借り物競争だった。

走る事以外は運勝負って感じがするんだけど・・・流也さまはいったい彼女に何の適性を見出したのか。

・・・くじ運の良さ?


たしかに運動部の人なんかはそれぞれ勝てそうな所に割り振られてるけど・・・なんか他は適当に決めたように見えるよ。


(・・・勝てる所で勝つべくして勝つのが王者というものだからな)


たしか流也さまがそう言ってたね。

勝てそうな種目だけ勝って、弱い所は勝負を捨てる作戦なんだろう。

合理的だけれど・・・捨てられる側はちょっと・・・良い気分じゃないなぁ・・・




授業が終わって、放課後。

いつものように紅茶研の部室へ向かうと、今日は綾乃様の姿があった。

体育祭の組分けも決まって、クラス委員の仕事も一段落といった所らしい。


・・・でも、そのおかげで『綾乃様ご生誕祭対策会議』をする事は出来なくなってしまったが。


「二階堂さんと右子ちゃん達は紅組なんだよね、悪いけど手加減はしないよ!」

「ふふ、葵さんはもう勝ったつもりのようですね・・・身の程というものを教えて差し上げます」


お誕生会の事は秘密なので、自ずと体育祭の話題になっている。

私と左子が部室に入ると、さっそく葵ちゃんと綾乃様が火花を散らしていた・・・綾乃様は完全に悪役顔だ。

そういえばゲームの方でも体育祭で綾乃グレースと勝負するミニゲームがあったなー、負けると全員の好感度が下がるから苦労したよ。


・・・という事は、綾乃様に勝ってもらわないとまずいのでは?


「ええと、綾乃様が参加する種目はもう決まってるんですか?」

「いえ、うちのクラスはまだ決まってないけれど・・・」

「葵ちゃんは?」

「うちも決まってないよ、出来れば3人のうちの誰かと同じ種目で勝負したいんだけどね、右子ちゃん達のクラスは決まったの?」

「うん、うちのキング・・・クラス委員の流也さまがすぐに決めちゃってね・・・」

「私と姉さんは・・・二人三脚・・・絶対負けない」

「うわぁ、それはちょっと勝てる気がしないや・・・私がもう1人いないと無理・・・やっぱり二階堂さんを狙おう」

「望むところです、種目が決まりましたらすぐにお知らせしますね」


げ・・・綾乃様の種目に合わせてくるつもりか・・・

なんとか綾乃様が勝てそうな種目を選んでもらわないと・・・何が良いのかな。

葵ちゃんの能力を考えると、純粋な実力勝負になる種目は不利だ。

100m走みたいなガチなやつじゃなく、もっとネタみたいな種目・・・パン食い競争・・・はさすがにないかな。


何か良い種目は・・・そう考えながらティーカップに手を伸ばすと、カップがかちんと音を立てた。

そちらを見ると、礼司さまが紅茶を注ごうとしていた所だった。

どうやら葵ちゃん達が体育祭の話題で盛り上がる中、気配を殺すようにそっと・・・紅茶を淹れて回っていたらしい。


「あ、礼司さま・・・ごめんなさい」

「いや、今のは僕が悪かったよ・・・」


礼司さまは気まずそうに頭を下げた・・・たしかに紅茶はなくなっていて注いでくれるのは有り難いけど・・・

やっぱり運動が苦手で肩身が狭いのが行動に現れたんだろうか。


「あの、礼司さまはどの種目に出たいとかありますか?」

「え・・・いや、僕は・・・」


一応念のために体育祭の話を振ってみると、礼司さまの返事は歯切れが悪い。

あーやっぱり・・・この反応は間違いないね。

運動出来ないのって男子の方がより深刻な気がするけど、いじめられたりとかするんだろうか。

茶道の家元って言っても、興味ない人からしたら関係ない話だろうし・・・


「礼司さま、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ!」

「え・・・うわぁ!」


そんな礼司さまを励ますべく、私は彼の両手を握ろうとして・・・思い切り避けられた、運動が苦手な割にはすごい反射神経だ。

むぅ・・・葵ちゃんなら普通にこうするだろうと思うんだけどなー。

やっぱり主役補正がないとこんなもんですよね・・・でもそんなに全力で避けなくたって・・・ちょっと傷付いちゃうぞ。


「ご、ごめん・・・今ティーポットを持っていたから、火傷させちゃうんじゃないかって・・・」

「あ・・・ありがとうございます」


さすがイケメン、角の立たない綺麗な言い訳だ。

その気遣いには素直に感謝しなきゃ。


「でも礼司さま、運動が出来るかどうかに関係なく楽しめる種目っていうのもあると思うんですよ・・・た、例えば・・・」

「例えば?」


例えば・・・なんだろう。

運動が苦手でも出来る種目かぁ・・・

こうして考えてみると、あの借り物競争というチョイスもそんなに悪くないのかも知れない。

礼司さまならメインキャラ補正みたいなので、くじ運が良くなってそうだし。


「そうだ礼司さま、借り物競争に出たらどうでしょう?」

「借り物競争?」

「ええ、うちのクラスにも運動が苦手な子がいて・・・その子が出る事になってるんですけどね」

「・・・まぁ、確かに運の要素があるから運動が苦手でも勝てる可能性はあるけど・・・流也がその子を?」

「はい、だからってわけじゃないですけど、礼司さまがやるのも悪くないんじゃないかなって・・・」

「うん・・・流也の事だからそれだけじゃないような気もするけど、ちょっと楽しいかも知れないね」


こころなしか礼司さまが楽しそうな表情になった気がする・・・乗り気になってくれたのかな。

しかし礼司さまはその表情をわずかに歪ませた・・・なんか申し訳なさそうな感じに・・・

?・・・なんだろう?


「でも三本木さん、敵にアドバイスとかしてて良いのかい?僕は白組なんだけど・・・」

「あ・・・」

「・・・姉さん・・・迂闊」


そういえばそうだった。

しかも成美さんの事までペラペラと・・・これでは紅組の弱点を教えてしまったかのような・・・

機密漏洩の裏切り者だ、流也さまに知られたら怒られてしまうかも知れない。


「うぅ・・・ごめん左子、綾乃様・・・私ったらつい・・・」

「・・・もう、しょうがないわね」


私のやってしまったポカに対して、綾乃様は責めるでもなく優しく微笑みかけた。

そして、意を決したように礼司さまの方に向かい・・・宣言した。


「礼司さま・・・私もその借り物競争に出る事にします、右子の失点は私が補うわ」

「じゃあ、私も借り物競争に出ないとだね・・・負けないよ二階堂さん」


そこへすかさず葵ちゃんが綾乃様に宣戦する・・・彼女は綾乃様に狙いを付けていたのだから、当然の成り行きだ。

礼司さまと葵ちゃん・・・白組の二人と綾乃様のしせんが激しく火花を散らす・・・


と、そこへ・・・


『話は聞かせてもらいましたよ!』

「「?!」」


突然部室の外から声が・・・あ、その声には聞き覚えがあるぞ。


「その声・・・透さま?!なんでそんな所に?」

『フッ・・・この間の続きですよ、くしゃみの子・・・今日は遠巻きに観察させてもらっていたのです!』

「そんなストーカーみたいな事を?!」

『失礼な、私は作品の為に刺激を求めているだけなのですよ』


部室の扉越しに返事が返って来た。

ここの鍵を持っていない彼、十六夜透は、扉越しに声を張り上げて無理矢理私達の会話に入って来たのだ。

身体が大きいからか、声も大きい・・・そういえば彼の担当声優さんは熱血系のロボットアニメにも出てたなー。


「それで・・・君は何か用があったんじゃないのか?」

『おっといけない、そうでした・・・借り物競争ですよ、この私も出ますのでよきにお願いします』

「ええええぇ・・・」

『当日を楽しみにしていますよ・・・では、そういう事で・・・』


そう言い残して、彼の気配が遠ざかっていく・・・いったいあの人は何がしたいんだろう。

例の一件で本来のイベントの発生を阻止したせいか、透さまの行動は全くゲームとは違う・・・私の知らないものになってしまっていた。

芸術家肌の変わり者って所までは変わってないように見えるけれど・・・キングの件もあったし、今後は気を付けた方が良いかも知れない。


思わぬ人物の乱入まで加わって、借り物競争という・・・体育祭では微妙な位置にあるこの種目を舞台に、波乱が巻き起ころうとしていた。

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