第26話「君の本命は誰ですか?」
夏休みが終わって二学期が始まった。
「ごきげんよう右子さま、左子さま」
「ごきげんよう成美さん」
「・・・ごきげんよう」
今朝は廊下で出会ったクラスメイトの成美さんに声を掛けられ、一緒に教室へ向かう事に。
うちのクラスでは夏休みのペルー旅行の話で持ち切りだ。
成美さんもペルーに行ってきた一人・・・と言うか、行かなかったのは私と左子くらいなんだけどね。
成美さんは音楽方面に興味があるらしく、現地で聞いたアンデス民謡や独特の民族楽器について話してくれた。
こうしてペルーの話を聞いていると、流也さまに貰ったあのお土産を思い出す。
あの一頭分のアルパカ肉はなかなか食べ切れそうにない、今朝も二階堂家の食卓で存在感を放っていたよ・・・
でも左子がよく食べるから、私もつい食べ過ぎちゃうんだよね・・・あ、お腹の調子が・・・
「成美さん、私お手洗いに行ってくるから先に教室に行っててもらえる?」
「え、でしたら私もご一緒に・・・」
「もう時間がないし無理に付き合わなくていいよ・・・それで遅刻とかさせたら悪いし」
「そう・・・でしたらお先失礼しますね、右子さまもお急ぎくださいませ」
そう言って成美さんは先に教室に入って行ったけれど、当然のように左子はついて来る。
いくら双子の妹とはいえ、大きい方となるとちょっと恥ずかしいんだけど・・・
でもここ最近の私はトイレでロクな目に合ってないから、左子がいてくれた方が安心かも知れない。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
廊下からは生徒たちの挨拶の声が響いてきている。
二学期になったと言っても何かが変わるという事もなく、今日もご令嬢達は優雅なものだ。
ただし、何事にも例外というのは存在するもので・・・
「左子、時間は?」
「まだ5分前・・・大丈夫」
「遅刻の心配はなさそうね、でも急ぎましょう」
「ん」
トイレから出た私達が再び教室へと向かった、その時。
私達の方に集まってくる視線を感じた。
トイレから出てきた所を見られたのかと思ったら・・・ちょっと様子が違った。
「あ、あの双子ってたしか・・・ププッ」
「いけないわ、笑っては可哀そうよ」
「でも、あの双子を見たら・・・思い出してしまって・・・」
「まぁ確かに、あんな大きなくしゃみを聞いたのは私も初めてですけれど・・・まるで漫画のような・・・」
「そう、それですわ!漫画!あんなくしゃみは漫画だけの誇張されたものとばかり・・・」
そっちか・・・あーはいはい、そうでしょうとも。
私としても、あの時は出来る限り大きなくしゃみをしたつもりだしね。
それは二学期の始まっての始業式。
生徒会長に代理を頼まれた綾乃様が壇上に登って挨拶を述べている時の事。
その場で私は、これでもかってくらいに盛大なくしゃみをしてしまったのだ。
もちろんわざとだ、ただの生理現象じゃない。
掛け持ちバイトの疲れから居眠りをしていたチート庶民こと葵ちゃんを起こして、イケメンとのイベント発生を阻止する為の。
しかしとっさの思い付きで放った私の最大級のくしゃみは、思った以上の影響をもたらしてしまったようで・・・
「あ、あの双子・・・例のくしゃみの・・・」
「ああ、あの・・・どちらがくしゃみをしたのかしら?」
たぶん双子っていう珍しくてわかりやすい特徴がいけなかったんだろう。
今や私たち二人は『くしゃみの双子』としてすっかり認識されてしまっていた。
「・・・左子、なんか巻き込んじゃったみたいでごめんね」
「気にしないで・・・姉さんは悪くない・・・悪いのは、あのねぼすけ」
さすがに隣で一部始終を見ていた左子には、葵ちゃんを起こす為にやったという事だけ説明してある。
せっかく綾乃様が喋ってるのに居眠りしているのが許せなくて衝動的にやったと・・・ちょっと苦しい言い訳だけど、それで左子は納得してくれた。
だけど皆からこんな風に覚えられるなんて・・・早く忘れてくれないかな。
こんなものはあくまで一時だけのもの・・・皆そのうち飽きて別の話題に夢中になるはずなのだ。
私達はそれまで目立たないように、おとなしく過ごせばいい・・・
「見つけましたよ、くしゃみの双子さん達」
「ふぇ・・・と、透さま?!」
身長差があるので、振り返った私の視界に入ってきたのはウェーブがかったその長い髪の毛先のあたり。
バスケ部に混ざっても通用しそうな高身長の持ち主は、ゲームの攻略対象であるイケメンの一人だ。
彼の名は十六夜 透(いざよい とおる)
有名デザイナーを親に持ち、自身も高校生の身でありながらデザイナーの仕事をこなすファッション界のサラブレッド。
またその恵まれた体形を活かしてモデルの仕事までしているという・・・そのせいで学校も休みがち。
そんな彼の攻略は、忙しい彼のスケジュールを把握する事に尽きるとも言える。
本来なら今は例のイベントによって補修を受けている時期なんだけど・・・
こうして学校に通ってきているという事は、例のイベントに関係なく今はファッション関係の仕事はないんだろう。
しかし時間があるとはいえ、わざわざ私達を見つけて声を掛けてくるなんて・・・
「透さま、私達に何かご用ですか?」
「その声の大きさ・・・例のくしゃみをしたのはぁ・・・君の方ですね?」
謎のポーズを取りながら、透さまは私を指さした。
モデルをやっているせいなのか、透さまは何かにつけてポーズを取ってくる。
そういえばゲームでも彼だけ立ち絵がたくさん用意されていたっけ。
こうして実際に目にすると、ポーズだけじゃなく動きにキレがあるのが面白い。
「どうしました?驚きで声が出ませんか?」
「え、ええ・・・たしかにくしゃみをしたのは私ですけど・・・」
「さすが透さま、言い当てられたわ」
「そうよね、あんな大きなくしゃみだもの・・・声が大きい方よね」
「でも全く気が付きませんでした、さすが透さまだわ」
なんか周りにいた女の子たちが反応してる。
彼の家のブランドが富裕層向けの洋服を手掛けているせいか、この学園には透さまのファンが結構多い。
私には縁のない世界だからよくわからないけれど、結構綺麗な服作ってた気がする・・・デザイナーとしての彼の才能は本物なのだろう。
「いやぁ、目の覚めるような良いくしゃみでした」
本当に目が覚めたんだよね・・・寝てたもんね。
「おかげで新たなインスピレーションを得られたのですよ」
「はぁ・・・お役に立てたようで何よりです」
なんかよくわからないけど、芸術家にはよくある現象なのかな。
あのくしゃみからいったいどんなインスピレーションを・・・じゃあ今はそのお礼でも言いに来たのか。
そんな事を思っていると、彼は新たなポーズを取りながら叫んだ。
「ですが足りなぁい!・・・まだ何かが足りない・・・そこでくしゃみの主である君を探していたのです」
ええと・・・もう一回くしゃみをしてほしいって事?
アレ結構恥ずかしいんだけど・・・でも私のくしゃみからどんな服が生まれるのかはちょっと興味がある。
「くしゃみしても良いですけど・・・さすがに今ここでというのは・・・他人の目もありますし・・・そろそろ時間が」
「いや、君は何もしなくて良いのです・・・ただ・・・」
「え・・・」
「それで・・・こんな事になっちゃってるんですけど、大丈夫ですか?」
放課後。
紅茶研の部室を訪れた私の背後には、まるで背後霊のように透さまが張り付いてきていた。
しばらく私を観察したいのだとか・・・それで何か『来る』ものがあるんだって。
話しかけてくることもなく、ただ一定の距離で後ろについてくるだけ。
本当に観察以外の事をする気はないみたいだけど、高身長の彼が終始無言で後ろに立っているのはなかなかプレッシャーがある。
さすがに常識はわきまえているようで、もし入室を断られたら部室の外で待つつもりだったらしいけれど・・・
事情を聞いた礼司さまは快く彼の入室を認めてくれた。
「ああ、僕は構わないよ・・・そうか、君が十六夜君か」
「始めましてですね、四十院礼司君・・・君もなかなかに興味深い、出来れば本業の日本茶を淹れる所を見たい所ですよ」
「うーん、それは勘弁してほしいな・・・」
茶道の方の話をされてたちまち苦い顔になった礼司さまだけど、それは私も興味ある。
和服を着た彼がお茶を点てる姿は、本当に様になるのだ。
それこそ透さまじゃなくてもインスピレーションが湧いてくる事だろう。
「三本木さん、そんな顔で期待されても僕はやりませんからね?」
あ、顔に出てたか。
まぁ無理強いする気はないけれど・・・
そういえば今日は葵ちゃんは部室に来ていない。
まだ眠そうにしてたから、早く家に帰って睡眠を取るのかも・・・くしゃみで起こしちゃったしね。
ここで透さまとの遭遇を避けられたのは有り難いかも知れない。
綾乃様の方も、今日はクラス委員の仕事で来られないと言っていた。
なので、透さまにも席についてもらって一緒に紅茶をいただくことになった。
「どちらかと言うと、普段私はコーヒーを飲むのですが・・・たまには紅茶も良いものですね」
「そう言ってもらえてなによりだ、甘いものは大丈夫かな?」
「ふ・・・いただきましょう」
うんうん、イケメン二人の競演というのもなかなか良いものだよ。
この二人の組み合わせというのも、ゲームではあまりなかったので新鮮だ。
今この場に居ないイケメン達も、私達の見えない所で男同士の友情が育まれていたりするんだろうか。
そんな事を考えながら二人の様子を眺めていると、不意に礼司さまが笑い出した。
「ふふ、2人揃ってそんな顔しなくても・・・お菓子ならまだあるからね」
「え・・・私も?!私そんな顔してました?!」
「うん、もの欲しそうな顔してた」
そう言ってお菓子がたくさん入った器をこちらへ渡してくる・・・心外な。
あ、左子もがっつかないで、また笑われちゃうから。
「ふむ・・・君達は、いつもこんな感じなのですか?」
「え・・・ええと・・・」
結局甘いものの誘惑には勝てずお菓子をつまんでいると、透さまが妙に真面目な顔で訊ねてきた。
こんな感じってどんな・・・自由とか堅苦しくないとかの意味ならそうだけど・・・
この部活の内容としてなら、たまたま今日はいない葵ちゃんや綾乃様についても話した方が良いのかも・・・
私が返答に困っていると代わりに礼司さまが答えてくれた。
「今日は来ていないメンバーもいるけど、だいたいはこんな感じかな・・・十六夜君も入部したくなったかい?」
「いいえ、確かにここは良い場所ですが・・・コーヒーが恋しくなる」
「それは残念、さすがにコーヒーは専門外だ」
透さまは思ったよりもコーヒー党だったようで。
礼司さまは男子の紅茶仲間を増やす事は出来なかったようだ。
その後もいつも通りの感覚で、たわいのない話をして時間が過ぎていった。
「あ、綾乃様だ・・・クラス委員の仕事終わったのかな」
窓の外に、この部室棟の方へとやって来る綾乃様を見つけた。
さすがにその輝くような金髪は遠目にもよく目立つ。
時計を見るともう18時過ぎ、まだ空が明るいから気付かなかったけど結構な時間が経っていた。
「じゃあ今日はこれでお開きにしようか・・・片付けは僕がやっておくよ」
「そんな、私達も手伝いますよ」
「手伝いが必要ならば私がやりましょう」
「透さま?!」
「部外者の私がごちそうになったお礼です、早く主の元に行ってあげてください」
「はい、ありがとうございます」
もう私にくっ付いてなくて良いのかな?・・・もう帰るだけだから付いて来られても困るけど。
まぁせっかくだからその言葉に甘えてしまおう。
「いくよ左子、綾乃様が昇ってくる前に下に降りよう」
「・・・ん」
左子と一緒に階段を駆け下りる。
ちょっとお行儀が悪いけど、もう下校時刻を過ぎてるしね。
手すりに体重の一部を預けるようにして一気に駆け降りる・・・左子も同じ速度でついて来ていた。
私達が一階まで降り切った時、ちょうど綾乃様が部室棟に入ってきた所だった。
「右子、左子、何をそんなに慌てているの?」
「部室の窓から綾乃様が見えたから、急いで降りて来ちゃいました」
「もう・・・転んで怪我でもしたらどうするの」
「えへへ、ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「そんな顔してもダメよ、次から気を付けなさい」
「「はーい」」
「もう・・・」
綾乃様は怒ったような顔をしているけれど、私達を心配してくれているのが伝わってくる。
それが嬉しくて、私達も笑顔になってしまうのだ。
いつものように私と左子で綾乃様を挟むようにして歩く・・・日差しはまだ強いけれど、強めに吹き付ける風が気持ち良い。
まだうっすらとした秋の気配を感じながら、私達は学園を後にした。
双子の去った紅茶研の部室は、先程までとはうって変わって静寂に包まれていた。
秀麗なる容姿に恵まれた二人の男が、終始無言で後片付けをしている。
かちゃり、かちゃりという食器の立てる音だけが、えらく大きく耳に響いて・・・
「二階堂家の令嬢とその従者の双子ですか・・・なかなか面白い子達でしたね」
静寂に耐えかねたかのように、一人が口を開いた。
その言葉と共に蛇口から水が流れていく・・・
使い終わった食器やティーポットを洗いながら、もう1人の男・・・四十院礼司が言葉を返した。
「あともう1人いるんだけど・・・彼女達のおかげで楽しく過ごさせてもらっているよ、ここはいい場所だろう?」
「ええ、実に興味深い場所でした、まさか・・・」
「まさか・・・四十院流の次期当主が親に隠れてこんな事をしているとはね」
その言葉に礼司は、動揺したような素振りを見せる事はなかった。
彼も薄々気付いていたのだ、それ故にとぼける事も否定する事もない。
「・・・やはり父の差し金かい?」
「あの子のくしゃみにインスピレーションを感じた・・・さすがにこれを真に受けていませんね?私もそこまで暇じゃないですよ」
茶道の名家、四十院家の現当主と、パリにブランドを構える有名デザイナー『IZAYOI』
傍目には無関係に見えるが、決して接点のない二人ではない・・・上流階級というのはそれだけ狭い世界なのだ。
まして跡継ぎとして育てられてきた礼司は、父の交友関係をある程度知ることが出来る位置にいた。
「礼司、君はいつまでこんなお遊びを続けるつもりですか?」
「さぁ・・・いつまでだろうね、今君が終わらせるんじゃないのかな?」
一触即発・・・と呼ぶには今の礼司の立場は弱い。
精一杯強がってはみたものの、今の礼司になす術はない。
透が事の一切を彼の父に報告すれば、それでこの部活は終わりだ。
(思ったよりも早かったな・・・)
いずれは両親に発覚する事は覚悟していたが、こうもあっけなく終わるとは。
おそらく数日と空かずに、この部室の使用禁止が言い渡される事だろう。
場合によっては『自首休学』になるかも知れない。
しかし、終わりを覚悟した彼に告げられたのは、思ってもみない問いかけだった。
「ところで四十院礼司・・・君の本命は誰ですか?」
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