第18話「アルパカのグッズかなんかで」
「うぐぅ・・・」
二段ベッドを支える支柱の一つに足の小指をぶつけた痛みが、私の意識を目覚めさせた。
・・・私の寝相の悪さは相変わらずで、痛い目にあっても治る気配がない。
前世のように床に布団を敷いた方が良いんだろうけど・・・もうこのベッドにもだいぶ愛着が湧いてきてる。
この部屋で暮らすようになって何年目だろう・・・最初はこのベッドしかなかった殺風景な部屋も今では机などの家具が置かれ、それなりに生活感を出している。
私と左子は好みが近いので、同じ物を二つ買うか姉妹で共有するかになる事が多い。
机とか椅子とかも全く同じやつだから、寝ぼけてると間違えそうになるよ。
隅っこの方にちょっとお洒落な小物入れが置いてある方が私の机だ・・・もちろん左子もこれ欲しがったんだけど・・・一点限りでね。
『姉妹で共有する』事になったアイテムの一つだ。
この中に入っているのは、私たち姉妹の宝物の数々。
ペンダントやブローチなど装飾品は誕生日に綾乃様に貰った物だ。
ちなみに今年の誕生日は綺麗なリボンを貰ったよ、汚したくないから滅多に身に付けないと思うけど。
あと通帳とキャッシュカードが一組・・・これは3年前に帰省した時にお母さんから貰った物だ。
私達がこの屋敷で暮らす事になった時に、二階堂家から振り込まれたお金が一切手を付けられることなく入ってた。
これは二人のお金だから大事に使うんだよ、無駄遣いしちゃダメだよって・・・なぜか私だけ念入りに言われた気がする。
一応、使う時はちゃんと二人で相談して・・・この部屋の家具なんかに使わせてもらってるよ。
そろそろ夏休みに向けて私服を買いに行くべきだと思うから、またここから使わせてもらう事になりそう。
さすがに姫ヶ藤の制服を着てアルバイトに通うのはどうかと思うしね。
でも使った分くらいはバイトで稼いで戻したいね・・・なんか借金みたいな感覚だ。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
この独特な挨拶にもう慣れてきたもので、違和感はなくなってきてる。
油断してると外でもぽろっと言ってしまうかも知れないね。
いつものように私と左子が教室へ入ると・・・教室の空気がピリッと、少し張り詰められた感じになった。
おそらく、たぶん、間違いなく原因は私だ。
キングの課した例の条件・・・期末テストで私より良い点数を取る・・・
どんなご褒美が約束されたのか知らないけれど、明らかに私を意識してる生徒がいるのは間違いない。
クラスのあちこちから視線を感じる・・・あ、ノートはもう新しいのにしたから見られても大丈夫。
「右子さま、左子さま、ごきげんよう」
「ごきげんよう、ええと・・・成美さん」
そんな空気の中、私達に声をかけてくれたのは百瀬 成美(ももせ なるみ)さん。
もう6月も半ば、さすがの私も近くの席の子の顔と名前くらいは憶えてきたよ。
そこまでお金持ちではないみたいだけれど、ふんわりした感じの子で育ちの良さそうな雰囲気がある子だ。
「あんな事になって、大変そうですわね」
「あはは・・・まぁね」
この子はそういうの気にしない子なのかな。
学力的にまず勝てないと見て、早々に諦めている生徒もいるにはいるんだけど・・・成美さんはそこまででもなかったような。
でも、こうして普通に接してくれるのはありがた・・・
「右子さまは、普段はどんな風にお勉強をしているんですの?」
「え・・・」
「私も流也さまの『ご褒美』に興味がありまして・・・少しでも参考になるお話がお聞き出来ればと・・・」
うわぁ、お前もか・・・一体キングから何が貰えるんだよ。
なんか背後からはクラスの皆が聞き耳を立ててるのを感じるし・・・どうしよう。
「そ、そうね・・・一度覚えたつもりになってる事でも繰り返して学ぶ事、かな・・・」
「なるほど、復習に力を入れておられるのですね」
・・・前世で勉強した事をやり直したんだけどね。
特にこの姫ヶ藤学園は前世で通ってた公立校よりレベル高いから、入試の時点で大変だった。
前世の自分がどれだけ出来ていなかったか・・・身をもって思い知ることになったよ。
「他には?」
「え・・・あー、やっぱり勝ってほしいから左子に勉強を教えてるんだけど・・・教える側も学ぶ事が多くてね」
「ああ、自分がしっかり理解していないと教えられないってよく言いますものね」
「そうそう、その辺も私より頭良い人は教え方も上手くて、それも参考になってるかなぁ・・・」
「綾乃様ですね、あの方とご一緒に勉強が出来るなんて羨ましいです」
・・・もっと優秀な学年3位のチート庶民にも教わってるんだけどね。
あの子も平気で敵に塩を送るような事してるんだけど「まだ負ける気がしないから大丈夫」だって・・・強者の余裕を見せつけられたよ。
それを聞いた時の綾乃様はまた悪役の顔してたけど。
「思いつくのはそれくらいかな・・・あんまり参考にはならないかも」
「いえいえ充分参考になりましたわ、ありがとうございます」
本当に?
私のは特殊過ぎて、この子の役に立つとは思えないんだけど・・・本人が満足してるならいっか。
でも、この子にここまでさせるなんて・・・流也さまはいったいどんな『ご褒美』を用意したんだろう?
「成美さん・・・代わりにってわけでもないけど、私からも聞いていいかな?」
「はい?・・・ええ、なんなりと」
「流也さまの『ご褒美』って何が貰えるんですか?ごめんなさい私あの時、話をよく聞いてなくて・・・」
なんか今更聞くのも恥ずかしくて、つい小声になってしまう。
でも私はあの時『勉強に集中してて聞いてなかった』事になってたっけ・・・
「ああ、それでしたら斎京グループの・・・」
お、やっぱり商品券かな?
でも皆の反応を見る限りはもっと・・・とんでもない金額だったりするのかな。
「・・・職業体験ですね、好きな部署の、好きな仕事の・・・」
「?」
あれ・・・予想してたのと何か違う・・・職業体験?それって『どっきりビッキー』みたいな・・・
「現場で活躍している一流の方々から、実地で学べる・・・またとない機会だと思います」
「え・・・ええと・・・具体的には・・・例えば、成美さんはどんな・・・」
「私、バイオリンを嗜んでおりまして・・・斎京フィルハーモニーの那由多太郎さまにご教授頂きたいと・・・」
「!!」
那由多太郎・・・私でも知ってる超有名なバイオリニストだ。
パッと見、お笑い芸人みたいな髪型をしているんだけど、クラシック界ではすごい人なんだよね。
そうか、斎京グループは色々な方面で手広くやってるから・・・職業体験なんていうから、それこそアルバイトかと思っちゃったよ。
どっちかと言うとインターンシップの方が近いというか、むしろもっと上位の存在な感じがする。
たしかに将来を見据えて考えるとすごい『ご褒美』だ・・・そんな事を考える流也さまもすごいけど・・・みんなも意識高いなぁ。
「そうだったんだ・・・やっぱり私、手加減した方が良いかも・・・」
「それはダメです、本気でやってください・・・私達も本気でやって勝ち取るから意味があるんだと思います」
「そ、そうかな・・・」
「そうです、くれぐれも手加減なんてしないでくださいましね」
「うん・・・」
___そして迎えたテスト当日。
決して手加減はしないと決めた私は、前世でもお世話になった『必勝!八角鉛筆』を持ってテストに挑む事にした。
この鉛筆は普通の鉛筆よりも軸が太く、その名の通り八角形になっているのが特徴だ。
そしてその軸には私の手によって1~8の数字が書かれている。
うん、答えに迷った時にね・・・これをコロコロってね・・・太さがあるから適度に転がってしっかり止まるんだ。
コイツまで投入した以上、私は本気だ。
「手加減した」だなんて、誰にも言わせないんだからね!
まずは数学。
中学の時からしっかり予習してたやつだね。
基本さえしっかり身に付いていれば、答えなんて自ずと・・・コロコロ・・・
続いて現代文。
うわ、前世から苦手なやつだ。
だけど葵ちゃんに教わった事を思い出せばこんなもの・・・コロコロ・・・
・・・英語。
あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ。
英文はまだしも、ヒアリングが何言ってるのか聞き取れないよ・・・コロコロ・・・
日本史。
ふっふっふ、日本史や世界史はゲームの題材になる事が多いからね、私は詳しいんだ。
あ、この問題文間違ってるよ、出題者を小一時間問い詰めたいぞ。
化学。
く・・・眠気が・・・
だ、大丈夫・・・私はやれる子・・・コロコロ・・・
コロコロ・・・コロコロ・・・
地獄のようなテスト期間が終わり・・・結果が張り出された。
・・・と言っても、上位20位までの優秀者の発表だ・・・わざわざ下位を晒し者にするような事はないよね。
というわけで、順位を上から見ていくよ。
1位 斎京流也
さすが我らのキング、天下の斎京グループを継ぐ男なだけはある。
不動の1位感があるけれど、そうも言ってられないのが・・・
2位 一年葵
出た、チート庶民。
前回の3位からワンランクアップ、ついに流也さまをその射程に捉えたか。
・・・これは二学期がどうなるかわからないね。
3位 二階堂綾乃グレース
3位には綾乃様がランクイン。
打倒チート庶民には一歩及ばず・・・すごい頑張ってたのにね。
次こそは勝ってほしいな、応援してます。
4位 四十院礼司
紅茶研を休んで勉強に専念した成果が出たようで・・・
本人に聞いた話だと、10位以内に入らないと厳しい両親によるお仕置きが待っているとか・・・ひぇぇ。
スパルタ式って本当にいるんだね。
5位 三本木右子
・・・へ?
み、見間違えかな・・・それとも同姓同名の人が?
ええと・・・本当に、私?
私が5位?
・・・そっか・・・私ってばちょっと本気を出しちゃったからね。
って、八角鉛筆の仕業だよ!大当たりにも程があるよ!
ちなみに左子は20位にいたよ・・・がんばったね・・・左子、がんばったのにね。
もちろん問題は左子だけの話では済まない。
私が学年5位という事は、私よりも上位はこの4人しかいないという事・・・つまり・・・
「「・・・・・・」」
私のクラスはどんよりと静まり返っていた。
当然だ・・・皆があれほど期待していた『ご褒美』が・・・私のせいで・・・
「・・・流也さま、あの・・・ごめんなさ」
「お前は悪くない、手加減せずに正々堂々勝ち取った結果だ」
「いや、それがその・・・」
「俺の見立てが甘かった・・・正直に言うと、お前を侮っていた」
「私が悪いのです、きっと右子さまはこうなる事がわかっていて、それで手加減を申し出てくださったのに・・・」
「な、成美さん・・・それはちが」
「昔から・・・姉さんは・・・手を抜く傾向があって・・・」
「ちょっと左子?!アンタ何言って・・・」
「そうか・・・普段は実力を隠していたのか・・・ふ、この俺が見抜けないとはな」
いや違うんですけど?!
あーでも小学校の時とかは確かに・・・ってみんな納得しちゃってる?!
私のせいでご褒美がなくなったのに・・・
「だが、皆が頑張ってくれたおかげで、クラス別ランキングも1位をとれた・・・特に左子、お前は実力を隠していたわけではないのだろう?よくがんばったな」
「ん・・・がんばった」
そうだよね、左子はすごいがんばったと思うよ。
私は何もいらないから、左子にはご褒美をあげてほしいよ・・・
「そこでだ、約束の褒美は与えるわけにはいかないが、俺としては皆の労を労いたい・・・だから、夏休みに俺が予定している旅行に連れて行ってやる・・・これはクラス全員が対象だ、希望者は申し出ろ」
「!!」
「ちなみに行先はペルーだ、ナスカの地上絵とやらを一度見ておこうと思ったのでな」
「良いんですか?!俺達が付いて行っても?」
「問題ない、元々飛行機も宿泊施設も貸し切りだ・・・俺一人では持て余すというのにな・・・」
・・・なんかお金持ちっぽい話になってきたぞ。
ペルー旅行かー、いいなー・・・地上絵以外にも空中庭園とかあるんだよね。
本来の『ご褒美』とは随分と方向性が違うけれど、なかなか得難い体験が出来る事は間違いない。
あっちは南半球だから、涼しそうなのも良いね・・・むしろ寒いかも知れないけど。
それなりのお金持ちの家の子から見ても、充分に魅力的な話だったらしく・・・クラスの皆はこぞって参加を希望していた。
その中には成美さんの姿も・・・うんうん、皆は楽しんでおいで。
残念ながら夏休みはアルバイトの日々を送る予定の私に出来るのは、暖かい眼差しでクラスメイト達を見守る事だけだ。
「どうした、お前たちは来ないのか?」
「うん、行きたいのはやまやまなんだけど、夏休みはもう予定があってね・・・」
「ん・・・どっきりビッキー」
「??・・・どっきり?・・・何の事だ?」
「ああ、どっきりビッキーっていうのはね・・・」
わけがわからずに困惑する流也さまに、私は一から説明する事にした。
綾乃様が庶民のアルバイトに興味を持った事、左子お気に入りのどっきりビッキーというお店の事。
社会勉強の一環として、もう学園の許可も取ってある・・・後は面接を受けるだけだという事も・・・
本来ならバイトなんかを優先している場合じゃないと馬鹿にされてもおかしくない話だ。
「そうか・・・二階堂はそんな事を・・・わかった、しっかり働いて来ると良い」
「う・・・うん」
うわ、すごい真面目な顔してる・・・これは、綾乃様の事を意識してるんだろうか。
たかがバイトに行くだけの事をこんなに真剣な顔で応援されるなんて・・・
一度は彼に幻滅した私も、ほんの少しだけドキリとしてしまったよ。
「だがせっかくだ、お前達には土産の一つも買って来てやろう」
「じゃ、じゃあ・・・アルパカのグッズかなんかで・・・」
「ふ、楽しみにしているが良い」
あんまり高級な物を貰うのも怖いから、お手頃そうな物をリクエストしておいた。
たしかアルパカはペルーを代表する生き物のはず・・・キーホルダーやぬいぐるみかなんかはきっと定番に違いない。
でもペルー・・・ちょっと行きたかったかも。
そんなこんなで期末テストが終わり、夏休みのカウントダウンが始まった。
今日の放課後は、綾乃様と一緒にアルバイトの面接に着ていく服を買いに行く予定だ。
特に綾乃様は見た目が目立つから、地味目の服を着て貰った方が良いかな。
・・・私達の夏が今、始まろうとしていた。
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