閑話 どっきり店長
「いらっしゃいませ、どっきりビッキーへようこそ!」
今日も朝から店内全てに響かんばかりに声を張って、お客様を出迎える。
お客様の中には静かなモーニングを求める人もいるだろうが、うちは陽気なアメリカンスタイルがコンセプトだ、ここは徹底しないといけない。
『挨拶は常に明るく元気に』・・・新人用のマニュアルにもしっかりそう書いてある。
とはいえ、俺の元気にも限りがあるんだよな・・・しっかりペース配分しないと後がもたないだろう。
__ここ最近は本社主導による人件費カットによって、バイトの人数も絞りがちだった。
おかげで個々の負担が増えたり、充分な収入が見込めなかったりで優秀なバイトから辞めていくという・・・負のスパイラルに陥ってしまっている。
俺なりに切羽詰まったこの窮状を本社に訴えてはいたんだが・・・本社が気付いた時には、もう手遅れになった後。
本社がバイトの増員を認めてくれたのは、この店の主戦力として頼りにしていたフリーター達が辞めて、シフトの穴が目立つようになってからだった。
今から募集したところで、いきなり主力に育つわけもなく・・・近くの系列店から空いてる人員を応援に寄越してもらう申請をもう何度した事か。
しかし他店もみんな似たような有様で・・・応援が来てくれる事もあまりない。
だから店長である俺がバイトの穴を埋めるべく、こうして毎日長時間勤務をしているというわけだ。
もう今年に入ってから休みの日が3日しかない、疲労もだいぶ溜まっている。
だがアルバイト募集はかけてあるし、既に何人か採用した・・・彼らが育ってくれれば・・・きっと。
プルルル・・・
店の電話機が鳴っているのが聞こえた。
本来は『お客様を待たせないように2コール以内に出ないといけない』というルールがあるんだが・・・
店長自らが接客に立っているような現状ではそれも難しい。
「お電話ありがとうございます!どっきりビッキー梅見台店、店長の八重樫です!」
全力ダッシュして乱れた呼吸を、ハイテンションな店のスタイルを装ってごまかした。
あとは相手に喋らせて、その間に呼吸を整えよう。
『あの、その、あああアルバイトに応募・・・したい、のですけれど・・・』
電話口から聞こえるのは若い女性の声だ・・・なんか随分たどたどしい喋り方だな、高校生だろうか。
そういう性格かも知れないが、おそらく今までアルバイトした事がない子だ。
他所でもやってきてるフリーターやパートの主婦さんなんかはもっと慣れた感じで喋るから結構わかりやすい。
「アルバイト希望ですね、希望の時間帯はありますか?」
正直、高校生はもう足りてるんだよな・・・高校生は夕方しか入れないからあまり採用したくないんだ。
大学生でもちょっと厳しい、あまり学生バイトを増やすとテスト期間に一気にいなくなるから困るんだよ。
今の店を考えると、贅沢言っている場合でもないんだが・・・
『ええと・・・朝、朝からいけます!し、7時から・・・』
朝・・・だと・・・
「一度面接を行いますので、店まで来て頂く事になるんですが、どこか都合の良い日はありますか?」
よし、採用だ。
朝入ってくれる子とか、それだけで採用する価値がある。
昼のピークタイムが終わるまで働ける子だと更に有り難いが、たとえ朝の2~3時間だけだったとしてもすごく助かる・・・俺の睡眠時間的に。
『あの・・・その・・・』
「いつでも大丈夫ですよ、もし今週が忙しいようでしたら来週でも・・・」
『そそ、そうじゃなくて・・・お、おと・・・』
「?・・・何かわからない事がありますか?」
もうなんでも聞いてくれたまえ、君はVIP待遇だよ。
『いえ、おと・・・お友達も一緒に働きたい、のですけれど・・・その、面接を・・・一緒に・・・』
ああ、なるほど・・・仲の良いお友達と一緒に、ってのもよくあるケースだ。
こういうのは一緒に採用しないと、この子まで辞めてしまうかも知れない・・・だが・・・
「面接は基本的に一人ずつになりますが、店まで一緒に来てもらって順番に面接する事は出来ます」
『はい!そそれで、お願いします!』
・・・面接してみてから考えよう。
最悪、変なのと抱き合わせにしてでも採用するかも知れない。
「えー、では面接の日時について、希望はありますか?」
『あ、明日の夕方でも、構いませんか?』
「はい、ではお名前と電話番号を・・・」
さっそく明日か・・・これはやる気があるのか、たまたま空いていたのか・・・
そのお友達とやらも、同じ時間を希望してくれれば大助かりなんだが・・・
「それでは明日の夕方にお待ちしております、店長の八重樫 進(やえがし すすむ)が承りました」
ええと、二階堂綾乃さんか・・・
果たしてどんな人物が来るのか・・・明日が楽しみだ。
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