第17話「どっきりビッキーがいい」
アルバイト・・・ひとえにそう言っても様々な種類がある。
飲食店、コンビニ、スーパー、工場、配達員、イベントスタッフ・・・etc
その中でも短期できるアルバイト、それも綾乃様に出来そうな仕事となると、候補はかなり絞られる。
ゲームだとリゾート地のバイト等で、遊びに来た攻略対象とばったり遭遇出来る可能性があるんだけど・・・正直それを狙うのは難しいだろう。
なにしろゲームの時点でも発生日不確定のランダムイベントな上に、現実は候補となるバイト先の数もケタ違いだ。
だいたいリゾート地のバイトなんて、働いた事のない綾乃様にはハードルが高過ぎるだろう。
だが当の綾乃様はやる気十分、チート庶民への対抗意識からか、きついバイトも辞さない雰囲気だ。
このままでは何も知らずにとんでもないバイトに応募してしまうかも知れない。
実際、今朝の登校中・・・高収入バイトの歌を流す派手な宣伝バスに遭遇した時の綾乃様の反応に、私は不吉な物を感じずにはいられなかった。
「みーんとみんと求人・・・みんと高収入・・・」
綾乃様?!あれはダメだよ?!絶対にダメ!
やっぱりバイト先の候補くらいはこっちで用意した方が良さそうだ。
本当は綾乃様の意思を尊重すべきなんだろうけどね・・・何が良いかなぁ・・・
授業が始まる前の時間を利用して、広げたノートに思い付いた候補を書きこんでいく。
やっぱりファーストフードやファミレスあたりが定番か。
綾乃様の見た目ならお洒落なカフェとかもいけると思うけど、接客力が問われてくるとちょっと不安な物がある。
その辺がマニュアル化されたチェーン店の方が・・・
「・・・どっきりビッキーがいい」
つらつらとファミレスの店名を書き上げていた所に、左子から声が掛かった。
『どっきりビッキー』とは、ハンバーグ専門のチェーン店だ。
西部劇の酒場をイメージした店内と、その名の通り『どっきりするくらいビックなハンバーグ』を売りにしている。
たしかに、ウエスタンな雰囲気の制服は金髪の綾乃様に良く似合うかも知れない・・・あ、逆に和風な『赤煉瓦』も良いかも。
とりあえず有力候補としてこの二つの店名に二重丸を付けると、左子は期待の眼差しでうんうんと頷いた。
・・・や、食べに行くんじゃないからね?働くんだからね?
気が付けば朝のホームルームが始まっていた。
キングこと流也さまは期末テストでうちのクラスをトップにしたいらしい。
テストの結果が優秀だった生徒には夏休みにご褒美があるって・・・豪華客船にでも乗せてもらえるのかな。
どうせ私達は行けないだろうけど、クラスが盛り上がってるようで何より・・・
「さっそく勉強してるとは、やる気だな右子」
「ふぇ?」
「よし、この右子の点数を基準にする!」
「え、今何の話を?」
「聞いてなかったのか・・・お前より高い点数を取った者には、この俺が褒美を与えるって話だ」
えええええ?!
なんかみんなの視線が・・・殺気立ってて怖いんですけど。
「右子さまって、たしか入試の順位がけっこう上の方に・・・」
「やべぇ、必死に勉強しないと!」
「うわキングの話も聞いてないくらい勉強に集中してたのか・・・」
「今回だけでも手加減してくれないかな・・・」
「なぁ、あのノート写させてもらえないか頼んで来いよ」
「なんで俺が・・・お前が行けよ」
なんかすごい勘違いされてる・・・
私のノートにはどっきりビッキーとか書いてあるんですけど・・・こっそり見られないように気を付けないと。
慌ててノートを閉じて鞄にしまっていると、左子が流也さまに突っかかっていた。
流也さまの真正面に立ち、ジト目で睨みつけている・・・なんか不機嫌そうだけど・・・
「・・・姉さんの分は?」
「ふ・・・良い質問だ左子」
ああ、そのルールだと私だけご褒美の権利がないからか・・・何が貰えるのか知らないけど。
結構良い物なのかな・・・斎京グループの系列で使える商品券なんかだと、ちょっと欲しい。
私も貰えるなら貰いたいな・・・そう思いながら流也さまの次の言葉を待つ。
「お前が右子の点数を超える事が出来た場合に、二人分出す・・・これでどうだ?」
「私が・・・姉さんに・・・勝つ?」
「そうだ・・・お前達双子の一人にだけ与える、という結果になっても面白くないからな」
なるほどね、私の分は左子の分に上乗せする形か。
確かに、もし分けられる物なら二人で分けちゃうだろうから、流也さま的にはつまらないだろうね。
でも・・・
「でもそれだと、私が手を抜けば簡単に・・・」
「そうだな、その通りだ」
え、認めちゃうの?良いの?
私はテストの結果なんてそこまで気にしないし、貰える物は貰っちゃうよ?
「その通りだが・・・わざと低い点数を取って、あの二階堂がどう思うかな?」
「え・・・綾乃様が?」
「この俺からの褒美欲しさに、お前達はそこまでしたと・・・」
う・・・そう言われると・・・綾乃様を裏切ってキングに尻尾振るみたいに見えなくも・・・
「ふ・・・そんな冗談は抜きにしても、この俺にあれだけの事を言ったお前達だ、卑怯な真似はしないと思ってるがな」
「ん・・・姉さんは・・・そんな事しない」
「・・・ま、まぁね」
うん、しないしない・・・しないから、二人してそんな清々しい目で見ないで。
ごめんよ左子、お姉ちゃんちょっと心が穢れてたよ。
__さすがに左子の勉強を見てあげるのは認めてもらえた。
私達ってだいたい一緒にいるからね、住んでる部屋も一緒だし。
とりあえず放課後は紅茶研の部室で、紅茶を頂きながらテスト勉強させてもらえないかな。
さっそく礼司さまに頼んでみた所・・・彼の返答は少々歯切れが悪いものだった。
「ああ、ごめん・・・ここで勉強するのは構わないんだけど・・・」
「けど・・・」
「知っての通りうちは親が厳しくてね、テストが終わるまでは僕は来れなくなると思うよ」
「じゃあ私達で留守を預かりますね・・・紅茶の質は下がっちゃうけど」
そうか、礼司さまの淹れてくれる紅茶はしばらくお預けか・・・美味しいお菓子も。
でも部室を使って良いっていうのは有り難いね。
せっかくやる気を出してくれている左子の為に、さっそく今日から勉強会といきますか。
程なくして部室にやって来た葵ちゃんにも手伝ってもらう・・・入試3位の実力を見せて貰おうじゃないか。
「あら、今日はみんなでお勉強会なの?」
「綾乃様、実は今朝・・・」
クラス委員の仕事を終えた綾乃様も合流して、部室内は成績優秀者ばかりになった。
事情を説明して、綾乃様にも左子の勉強を見てもらう事に。
「そう、二人のクラスではそんな事があったのね」
「ふふ・・・流也らしいな、相変わらず元気そうで何よりだよ」
「礼司さまと流也さまってお知り合いなんですか?」
「まぁね、彼とは幼い頃からの付き合いになるよ・・・」
もちろん私はゲームの知識として知っている。
かたや斎京グループの御曹司、かたや茶道の家元の跡継ぎ。
どちらも将来は家を継ぐべく、両親から厳しく育てられた二人だ。
もちろんそれは交友関係にも影響があった・・・友達は選びなさい、ってやつだ。
この学園に来る前は、どちらも両親の認める家柄の子息としか交友が許されなかったとか。
そんな中から妙に気が合った二人の友情が今まで続いてるというわけだよ。
「僕と違って流也は立派だよ、両親の期待に応えて家を継ぐための努力をしている」
そんな彼を羨む顔をしながら語る礼司さま。
でも流也さまの方も、家に捕らわれずに自由に生きようとする礼司さまを尊敬してたりするんだよね。
逆の道に向かいつつも互に尊敬しあう良い関係・・・所謂婦女子の間では、この二人のカップリングは鉄板だ。
そんなこんなで勉強会を進めていると・・・
「あら・・・右子?」
「綾乃様?どうしました?」
「貴女のノートなんだけど・・・よくわからない書き込みが・・・ほらここ」
「あっ」
そう言って綾乃様が指差したのは、私が朝にファミレスの名前を書いた部分だ。
ここならクラスの人には見られないからって、すっかり油断してたよ。
「赤煉瓦・・・倉庫の事よね、有名な横浜の・・・こっちは、どっきり・・・ビッキー?」
見慣れない言葉の並びに困惑する綾乃様・・・ファミレスなんて行った事ないから当然の反応だ。
たぶん礼司さまも行った事ないんじゃなかろうか。
「何々?あ、ファミレスの名前だ、どうしたの?」
さすが庶民なだけあって、葵ちゃんは知ってたようだ・・・家が貧乏だから行った事あるかまではわからないけど。
まぁ隠す事でもないし、正直に話すけど・・・
「これはね・・・綾乃様がアルバイトしたいって言うから・・・その、候補を・・・」
「右子ったらバイト先を探してくれていたの?それなら私も高収入のみん・・・」
「あれはダメです綾乃様」
「えっ・・・」
秒で却下されるとは思っていなかったらしく、綾乃様の動きが固まった。
皆まで言わなくてもわかってるよ、ミーントミント高収入♪でしょう?さすがに言わせないよ。
「綾乃様、アルバイトを収入で選んじゃダメです」
「で、でも・・・」
「そうだね、ちゃんと自分に合ってるバイトを選ばないと結局続かないもん」
「う・・・」
さすがバイト慣れしたチート庶民、バイトに関しては彼女の言う事に従った方が賢明だ。
「ほら、経験者もそう言ってますし・・・ね?」
「うぅ・・・わかったわよ」
「・・・この丸が付いてる二つが候補って事で良いのかな?」
「う、うん」
葵ちゃんはざっと私のリストに目を通すと、私に確認してきた。
なんか緊張する・・・私のチョイスに何か問題があっただろうか・・・とても制服が決め手になったとか言えそうにない。
しかして、彼女の判定は・・・
「うん、良いんじゃないかな・・・二階堂さん美人だし、接客は向いてると思うよ」
「せ、接客?!」
「大丈夫ですよ綾乃様、こういう大手はちゃんとマニュアルがありますから・・・」
接客と聞いて固まりそうになった綾乃様に慌ててフォローを入れる。
おかげでなんとか固まらずに済んだ・・・相変わらず人と話すの苦手なんだね。
「でも『どっきりビッキー』はちょっと意外かも・・・」
「それは左子のリクエストで・・・そういえば左子はなんで・・・」
なんで『どっきりビッキー』とか知ってたんだろう?
私の知る限りは、左子もファミレスとは無縁の人生だった気がするんだけど・・・
「前に・・・お母さんと・・・一緒に食べた、おいしかった」
「お母さんと?」
そんな事あったっけ?
や、私が知らないって事は・・・あの日か。
「ひょっとして・・・3年前に帰省した時の?」
「こくり」
そっか、私が葵ちゃんに会いにこっちに来た時に、二人で食べて来たのか。
お母さん大好きな左子の事だから、思い出補正も加わっているんだろうね・・・ある意味母の味か。
「お母さんがね・・・たくさん食べる元気な子に育って・・・安心した、嬉しいって・・・」
そういえば、幼い頃の左子はあんまり元気がない印象だったな・・・私はあちこち走り回ってたけど。
これまで左子の事、ただの食いしんぼかと思ってたけど・・・この時のお母さんの影響だったんだね・・・
「姉さんは・・・勝手にあちこち行くのが・・・心配だって・・・」
「・・・う」
これには返す言葉もありませぬ。
お母さん、ごめん。
「そっか・・・左子ちゃんの思い出の味なんだね」
「そう・・・わかったわ、バイト先はこの『どっきりビッキー』にしましょう」
「綾乃様・・・いいの?」
「ええ、どんなお店か私も気になるもの」
「じゃあ私は違う所でバイトしないとね、こっちの『赤煉瓦』に行っても良い?着物風の制服が可愛いんだよね」
おや、葵ちゃんてっきり同じバイトをしに来るかと思ったら・・・
「そりゃ一緒に働くのは楽しそうだけど、競争率上がっちゃうのは困るもん」
なるほど、人数が増えればその分だけ自分の稼げる金額が減る可能性がある。
シフト制のアルバイトでは良くあることだ。
さすが家計がかかってるだけあって、葵ちゃんはシビアに考えてるみたい。
なんか遊び半分な私達との格の違いを見せられた気分だよ。
そう感じたのは綾乃様も一緒だったようで・・・
「右子、左子・・・帰りにどっきりビッキーに寄って行くわよ」
「え、もう面接を?」
綾乃様のやる気にも火が付いちゃったのかな・・・でもさすがにまだバイトの応募は早すぎるような・・・
「・・・その前に一度見学しましょう、そこがどういう所で、どういう仕事をしているのかを」
「つまり、普通にお客として食べに行くって事ですか?」
「まぁ・・・そうなるわね」
「・・・やった」
___そして、綾乃様は体験する事になる。
「こちらがメニューになります」
ドン。
「メニュー?この板が?」
「あ、これ開くんですよ、ほら・・・」
「!!」
『どっきりビッキー』の特徴の一つ、観音開きに開く木製のメニュー板だ。
高級レストランのメニューしか知らない綾乃様は子供のように目を丸くした。
実際、小さいお子様に受けがいい演出なんだけど・・・綾乃様にも効果は抜群だ。
「お待たせしました、どっきりハンバーグ300gです」
ドドン。
「溢れてる・・・ハンバーグがお皿の外に・・・!」
「・・・じゅるり」
文字通りどっきりしてる綾乃様をよそに、左子は臨戦態勢だ。
目玉商品である巨大なハンバーグを前に、よだれが止まらない。
「食後のデザート、どっきりパフェです」
ドドドン。
「・・・」
ビールの大ジョッキを器にして豪快に盛り付けられたパフェを前に、綾乃様は絶句した。
先程のハンバーグでお腹いっぱいなのは察するに余る・・・だから300gはやめた方が良いって言ったのに。
もちろん左子はぺろりと平らげていた、すごく満足そうだ。
「・・・世の中には、あんなお店もあったのね・・・勉強になったわ」
食後、左子と二人でふらつく綾乃様を支え、なんとか千場須さんの車へと運んだ。
もうすっかり店のインパクトにやられてしまったようだ。
「大丈夫ですか?綾乃様」
「ええ・・・ちょっと食べ過ぎただけよ」
「いえ、ここで働くのが大丈夫そうですかって・・・」
「・・・あ」
・・・あ、って・・・まさか、綾乃様?
その固まった表情・・・見覚えがあり過ぎて困る。
「どうしよう・・・全然見てなかったわ」
・・・後日、私達はもう一度『どっきりビッキー』に行く事になったのは、言うまでもない。
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