第16話「これが私達への誕生日プレゼント・・・」
・・・その朝、目を覚ました私の視界に入って来たのは、ベッドの脇に立つメイド服の人影。
「・・・左子?今日は早いね・・・」
だいたい同じタイミングに起きる左子が先に起きているとは珍しい。
前に私が変な夢を見て寝坊した時以来だ・・・という事は、ひょっとして今日も・・・
嫌な予感を覚えつつ時計に目をやると、時刻は6時、いつも通りの起床時間・・・はて。
なぜだか知らないが、先に着替えまで済ませている左子を一人で待たせるのも悪い。
私も気合を入れて起きないと・・・
まだぼーっとする頭でそんな事を考えていると・・・頭上の方から、ミシリとベッドのきしむ音がした。
「・・・?」
「おはよ・・・姉さん」
二段ベッドの上段から聞こえてきたのは、左子の声。
なんだやっぱり左子は私と同じタイミングに・・・あれ。
じゃあ、このメイド服の人影は・・・
私がゆっくりと視線を上の方に向けると・・・メイド服のスカートの向こうに、朝日を受けて金色に輝く毛先が。
腰まで届く長さの金髪・・・こんな特徴を持った人物は、私の知る限りこの屋敷に一人しかいない。
「綾乃・・・様?」
「はい、おはようございます」
・・・メイド服姿のご令嬢は、私の呼びかけに応えると優雅に礼をした。
こ、これはいったい・・・
私は頭上に『?』マークを浮かべながらベッドから出る・・・上段から降りてくる左子も同様に『?』マークを浮かべていた。
綾乃様のメイド服は普段私達が来ている物と変わらないシンプルなデザインだけど、綾乃様が着ているせいか別物に感じられる。
なんと言うか・・・エレガントさが違うんだよね、何着ても似合うって羨ましいなぁ。
「じゃあ右子、そこに座って」
「え・・・あ、はい」
綾乃様に勧められるまま椅子に座ると、彼女は回り込むように私の背後に立ち・・・痛っ!
痛い痛い痛い、髪の毛が引っ張られてる?!綾乃様?これは綾乃様がやっているの?!
「ちょ、綾乃様、いったい、何を・・・」
「動かないで、髪がとかせないわ」
えっ・・・今・・・なんと・・・
動かないように力づくで押さえつけてくる綾乃様に全力で抗って、なんとか視線を後方へ向けると・・・綾乃様の手には一本の櫛が握りしめられていた。
櫛には黒い髪の毛が何本も絡みついており・・・って、私の髪の毛だコレ!
抜けてる、抜けてるよ綾乃様!・・・それも結構いっぱい。
「落ち着いて綾乃様、いったん手を止めてくださ・・・あ痛っ」
「おかしいわ・・・全然うまくとかせない」
私の言葉が終わるよりも早く、綾乃様は櫛を持つその手にグッっと力を入れて引っ張った。
痛い痛い・・・絶対また抜けたよ・・・
その後も綾乃様は何度か私の髪に挑んだ後・・・やがて諦めたのか、ため息とともにようやくその手を止めてくれた。
「はぁ・・・二人は毎日私の髪をとかしてくれているけれど・・・自分の髪は全然とかせていなかったのね」
「え」
「これからは無理しないで、自分達の髪を優先していいからね」
「・・・」
いや、髪質の差ですよ。
綾乃様のサラサラな金髪と私の髪じゃ全然違いますからね?
「本当は左子の髪もとかしてあげたかったのだけど・・・この分ではダメそうね」
「・・・自分でやったから・・・大丈夫」
自分の番が来る前に、左子はもう髪を縛り終えていた。
私の有様を見て色々と察したのだろう。
「私も自分でやるので、櫛渡してもらえますか?」
「え、ええ・・・」
受け取った櫛には、私の頭から抜けた髪の毛が・・・うわ、明らかに10本以上ある。
円形脱毛症みたくなってないといいな・・・抜けた場所が一ヶ所に集中してない事を祈るばかりだ。
髪を右に集めて縛りながら、私は綾乃様を問いただした。
「・・・綾乃様、これはいったいどういう事なんですか?」
「ええと・・・いつも二人がしてくれるみたいに・・・今日は私がね、メイドとして二人のお世話をしようと・・・」
・・・それは、なんとなくわかる。
この為だけに用意されたと思しき綾乃様用のメイド服も、形から入るタイプの綾乃様らしいと言えばらしいと思う。
でも・・・
「でも、なんで急にそんな事を・・・」
「だって、今日は・・・」
「今日?」
あれ・・・今日って何かあったっけ・・・
ええと、今日は5月25日・・・一学期もまだ半ばで、期末試験も結構先のはず・・・まぁそれは関係ないか。
あと何だろう・・・ああ、そういえば以前にもこんな事があったような・・・あれはたしか私と左子の・・・
「・・・あ」
「今日は二人の誕生日じゃない、だから今日くらいはって・・・」
・・・そういう事か。
「つまり、これが私達への誕生日プレゼント・・・」
「プ、プレゼントは別に用意してるわよ、もちろんケーキも・・・」
「ケーキ・・・じゅるり」
ケーキという言葉に反応して、左子の目が光った・・・美味しいからね、綾乃様の手作りケーキ。
毎年作ってくれるんだけど、年々腕が上達していってる・・・去年のガトーショコラは三ツ星シェフが作ったのかと思ったくらいだ。
今年はどんなケーキなんだろう・・・想像していたら私までよだれが・・・
「もう、二人とも・・・ケーキは学園から帰ってからよ」
「「はーい」」
その後、綾乃様は私達の着替えを手伝ってくれた。
誕生日の今日はメイド服に着替えなくて良いらしく、制服に着替えた私達はメイド服姿の綾乃様と一緒に朝食を摂った。
いつもよりゆっくり過ごせるのは良いね・・・そう思って寛いでいたら、突然千場須さんが・・・
「お嬢様、そろそろお着換えください・・・よもやその服装で学園に通うつもりではございませんな?」
「・・・え・・・」
「・・・あ」
綾乃様は制服に着替えるのをすっかり忘れていたらしく・・・結局、私達は綾乃様の着替えを手伝う事になった。
・・・そういう私達も気付かなかったんだけどね。
千場須さんが気付いてくれなかったら危うく遅刻していたか、そのまま綾乃様がメイド服で登校していたか・・・
よく似合ってはいるんだけどね・・・さすがに校則違反だ。
その後も綾乃様は送迎の車のドアを開けてくれたり、普段私達がしないような事まで『お世話』をしてきた。
綾乃様は楽しんでやってるみたいだけど、本来そういう事も私達の役割なんだろうな・・・あ、千場須さんがこっち見て頷いた・・・ですよね・・・次からは私達もやらないと。
さすがに他の生徒に見られても面倒なので、学園内ではいつも通りという事になった。
綾乃様は私達のクラスまで送り迎えする気だったみたいで、なんかがっかりしていたけど・・・綾乃様は目立つからね。
「二人とも今日は遅かったな、遅刻寸前じゃないか」
「・・・ま、間に合ったから良いじゃないですか」
私と左子が教室に入ると、キングこと斎京流也さまが待ち構えていた。
彼のキングダム的に規律でもあるのか、これからお説教でも始まりそうな雰囲気だったが・・・
「いやそうじゃなくて、な・・・なるべく早いうちに渡したい物があるんだ」
「??」
「ほら、受け取れ」
そう言って彼は持ち手の付いた大きな紙袋を二つ、ちょうど私と左子の方に一つずつ差し出してきた。
紙袋を受け取ると、思ったよりも軽い・・・中身はだいぶスカスカだ・・・でも・・・
「ひょっとして、これ・・・」
「今日が誕生日なんだろう?ささやかだが祝いの品だ・・・おめでとう」
「ええっ!!良いんですか?貰っちゃって」
まさかあのキングが私達に誕生日プレゼントをくれるなんて・・・
そう言えばゲームでも誕生日になると突然やって来てプレゼントをくれてたけど・・・私達、そんなに好感度稼いでたっけ?
そもそも誕生日なんて私、教えた覚えがないんだけど・・・
「ありがとうございます・・・でも流也さま、よく今日が私達の誕生日だってわかりましたね」
「当り前だ、俺はキングだからな・・・このクラス全員の誕生日くらいは把握している」
あ・・・なんだ、そういう事か。
きっと部下の誕生日にプレゼントを用意するような感覚なんだろう・・・ちょっとだけ期待しちゃったよ。
たまたま私達の誕生日が先に来ただけで、クラスメイト全員に用意するんだろうね。
しかし、この紙袋に対してスカスカな感じはちょっと気になる・・・超お金持ちの彼だ、変な物じゃないとは思うけど。
「今、中身を開けても良い?」
「別に構わんが・・・時間は気にしておけよ」
「あ・・・」
そうだった、このまま突っ立ってたら遅刻にされてしまう。
とりあえず席についてから、中身を見てみよう。
袋の中には小さなお菓子の包みが一つ入っていた、凝ったデザインからして高級そうだけど・・・あ、左子のは大きい、たくさん食べる子だもんね、さすがキングよくわかってらっしゃる。
それでも中身に対して紙袋が大きすぎだ。
なんでこんな大きな袋を・・・たまたまちょうどいい袋が無かったとか?
私が首をかしげていると・・・席の後ろからつんつん、と何者かに突っつかれた。
「あの、私もお二人にプレゼントがあるのですけど・・・受け取ってもらえますか?」
「ええ、良いの?!ありがとう」
「じゃあ私も」
「ずるい、私だって用意してきたんですよ」
「え?え?」
クラスの女子達が次々とプレゼントを差し出してきた。
ひとつ、ふたつ、みっつと机の上にプレゼントが積み重なっていく・・・
すごく嬉しいんだけど、もうすぐ授業が始まってしまうから、どこかにしまわないと・・・学生鞄じゃ小さすぎて、とてもこの量は・・・と思ったら、ちょうどいい所にちょうどいい大きさの袋が。
「まさか・・・この紙袋って・・・」
「お前ら、ホームルームが始まるから手早く済ませろよ」
「「はーい」」
キングのその声に従うように、生徒達は手早くプレゼントを紙袋に詰めていった。
・・・気付けば、スカスカだった紙袋がプレゼントでいっぱいだ。
これじゃまるで最初からこうなる事を見越したような・・・
「ひょっとして、これ全部、流也さまが・・・」
「言っておくが、俺は誕生日を教えてやっただけだからな?」
それだけ言うと彼は照れたのか、そっぽを向いてしまった。
周りを見れば、皆も頷いてる・・・昔のように彼に命令されてやっているわけではなさそうだ。
本当に良い王様になったなぁ・・・うん、今の流也さまは間違いなくキングだよ。
プレゼントの多くはお菓子類だった。
やっぱり手軽に消費出来て、邪魔にならないもんね。
一人で食べるには量が多いから紅茶研で食べてもらおうかな・・・あ、左子の分は全部食べていいからね。
放課後に綾乃様と合流して部室へ向かうと、今度は葵ちゃんからのプレゼント攻撃が待っていた。
葵ちゃんにも誕生日教えてないんだけど・・・うちのクラスの子が話しているのを聞いて慌てて用意したらしい。
プレゼントは猫好きの葵ちゃんらしい手編みの猫のぬいぐるみ・・・の頭だけ二つ、さすがに全身は間に合わなかったらしい。
「私の誕生日は最初に聞いておいて、自分のは教えてくれないとか酷いよね」
「ごめんごめん・・・でもありがとう、嬉しいよ」
「へへ、お返しも期待してるよ」
お返しって・・・まぁ誕生日にはプレゼントあげるけどさ。
葵ちゃんの誕生日は12月だから、まだだいぶ先になるけどね。
「右子、左子、私からのプレゼントも・・・」
「あ、綾乃様の分は後で帰ってから頂きます・・・ほら、混ざっちゃっても困るし」
「そ、そう?・・・そうよね二人には屋敷でゆっくり渡せるものね」
私達の様子を見て慌てて鞄を漁りだした綾乃様をやんわりと止めた。
もう、そんな所まで葵ちゃんに対抗意識燃やさなくていいですからね・・・
こんな風に葵ちゃんが一緒だと、いつもと違う綾乃様が見られるのは面白くもあるんだけど・・・二人が喧嘩をしないように気を付けないといけないのは神経使うなぁ。
「なんだか僕だけプレゼントを用意していないみたいで申し訳ないね」
「気にしなくて良いんですよ、礼司さまにはいつも美味しい紅茶を頂いてますし、この場所も提供してもらってるようなものですから・・・」
「そう言ってもらえて何よりだよ・・・ちなみに僕の誕生日は10月の・・・」
「何さらっと催促してるんですか」
「おや、さりげなく言ったつもりだったんだけどな」
礼司さまは、おとなしそうに見えて意外と抜け目ない。
あんなひっかけ問題を考えるだけの事はあるということか。
「そうでなくても、私と左子は自由に使えるお金が限られてますから、あまり期待しないでくださいね」
「そうか、それは残念だ」
・・・その分、綾乃様には期待できると思うけどね。
礼司さまの誕生日には、しっかり好感度を稼いでもらうつもりだよ。
「うんうん、貧乏はつらいよね・・・私も夏休みはほぼバイトだよ」
「葵さん、たしかアルバイトは校則違反じゃないかしら?」
「もちろん学園の許可は取ってあるよ、うちは貧乏だからね・・・」
「そっか、家計の為にバイトするなんて葵ちゃんは立派だね」
「そんな事ないよ、自分で使う分は自分で稼がなきゃってだけで・・・」
ふむ、チート庶民の夏休みはバイトか・・・手堅いね。
いくら能力値があっても、所持金だけはバイトして稼がないといけない。
特に一年目の夏休みは下手に攻略対象を追うよりもバイトが優先、翌年のデート代を稼ぐくらいのつもりでバイトするのがゲームでの定石だ。
逆に綾乃様はお金の心配がないから、積極的に攻略を進めてほしい所だけど・・・あ、あの顔は・・・
「・・・私も、アルバイトしてみようかしら」
「綾乃様?!」
やっぱり対抗意識燃やしてる!
綾乃様はわざわざそんな事しなくていいんだよ?!
「えー、二階堂さんはそんな事しなくて良いんじゃないかな」
そうそう、葵ちゃんの言う通り。
夏休みは避暑地でキングとばったり会ったり、要さまの試合を応援しに行ったり、礼司さまと紅茶のお店に行ったり・・・
そういうイベントの数々をこなして好感度を・・・
「葵さん・・・それは、私にはアルバイトなんて出来ないとでも?」
「そこまでは言わないけど・・・お金持ちのお嬢様にはちょっと辛いんじゃないかな、やめた方が良いよ」
「な・・・」
あ・・・これはまずい。
葵ちゃんは純粋に心配してくれてるんだろうけど、完全に綾乃様煽っちゃってるよ。
「綾乃様、ちょっと落ち着きましょう・・・まだ夏休みは先だし、バイトの話はまた今度ってことで・・・」
「・・・右子も、私には出来ないと思ってるの?」
「え・・・いや、そんなことは・・・」
「じゃあ決定ね、今年の夏休みはアルバイトをするわ!」
綾乃様は飲みかけのティーカップを掲げて、高々と宣言した。
ううぅ、夏休みのイベントが・・・用意していた攻略プランが・・・
それに綾乃様がバイトとか、葵ちゃんじゃないけどすごく嫌な予感がする・・・なんとか考え直してもらえないかなぁ・・・
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