第7話「私達はこの学園に一緒に通うのよ」
___私立姫ヶ藤学園。
乙女ゲーム『Monumental Princess』の舞台となる超名門校。
広大な敷地内に統一感のない様々なデザインの校舎が立ち並んでいる・・・設定資料集によると、海外の名だたる建物をパク・・・参考にしたという話だ。
中でもひときわ目立つガラス張りの建物は、焼失したというイギリスのクリスタルパレスがモデルになっている。
ゲーム内では背景としてしか見た事がないんだけど・・・実際はどういう使われ方をしているんだろう。
私は今、この学園の校門付近に立っていた。
この辺りの歩道は一面に赤いレンガが敷き詰められており、近所を歩くだけでもこの学園の存在を感じずにはいられない。
果たして地域住民はどんな風に思っているんだろうか・・・残念ながらゲーム内ではあまり語られていない。
人通りはほとんどなく・・・今は夏休みとあって、生徒は一部の部活動の為に通ってくるだけ。
男子の制服はちょっと地味かな、一方で藤色のスカートを身に着けた女生徒の姿は印象的だ。
ゲームの主人公、葵ちゃん(仮)もこの制服に憧れたりしたんだろうか・・・
そんな事を考えながら、私はとりあえず学園の周りを一周する。
学園の敷地は背の高い壁に覆われていて、中の様子を見る事は出来ない・・・と思ったら途切れてる所があった。
裏側は壁じゃなくてフェンスになっているみたい、歩きながらグラウンドを覗く事が出来た・・・広いなぁ。
鮮やかな緑色の芝生の中で綺麗に陸上トラックが浮かび上がっている・・・これ人工芝か。
少し進むとテニスコートが見えてきた、フェンスに扉がついてて、ここからも出入り出来るみたい。
見た所コート内は無人で・・・鍵が開いてる・・・不用心な。
好奇心に駆られた私が扉に手をかけた瞬間、道の前方から走って来る一団が・・・あ、テニス部員っぽい。
慌ててその場を飛び退くと、テニス部のお姉さんたちは私をチラ見しながらコートの中へと入っていった。
「あの子、中学生かな?」
「かわいい~」
なんか言われてる・・・私は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらその場を立ち去った。
今はこんな事をしている場合じゃない、葵ちゃんの家を探すのだ。
ゲームの彼女は毎日家から徒歩でこの学園に通っている、つまり自転車を使うほどの距離ではないのだ。
こうして学園の周囲から少しずつ探索範囲を広げていけば・・・そう長くは掛からずにたどり着けるはずなのだ。
・・・存在していれば、の話なんだけどね。
彼女が存在していないパターン、存在するけど名前が異なるパターンというのは充分あり得る可能性だ。
ゲームでは主人公名をプレイヤーが変更可能、全然違う名前の場合は3年後の見た目を頼りに探さないといけない。
中学時代の葵ちゃんかぁ・・・どんな子だったんだろう。
やっぱりこの学園へのトップ入学を目指して猛勉強中なんだろうか・・・一生懸命な努力の子っぽい感じがする。
となると今頃は自宅か、それとも図書館か・・・この辺りに図書館なんてあったかな・・・
そろそろフェンスが途切れ、再び学園を囲む壁が見えてきた頃・・・その継ぎ目の辺りに誰かいた。
足の付け根の辺りがナチュラルなダメージで破けているジーンズと、水色の・・・いやあれは白だ、ジーンズと一緒に洗って色が移った100均のTシャツ。
わかるぞ・・・前世で同じような格好をしていた私にはわかる!あれは貧乏家庭の子だ。
しかしそんな子がなぜこのお金持ち学園に・・・フェンスと壁の間の隙間に手を突っ込んでいる?
「ちょっと、あんた何してんのよ!」
「えっ・・・」
その少女の不審な行動に、思わず大声を上げてしまったが・・・問題はその後だ。
振り返った少女のその顔に・・・私は見覚えがあった。
「葵ちゃん?!」
「なんで私の名前を・・・」
わ、本当に葵ちゃんなんだ。
まだゲーム本編の3年前なのに、顔はほぼそのまんまって感じ。
でもなんでこんな所に・・・って・・・ああ、憧れの学園を見に来たのかな。
そうと分かればこんな所で動揺してる場合じゃない、当初の目的を思い出せ私。
ゲーム主人公の彼女と仲良くなって親友のポジションを手に入れる・・・これが私の秘策。
CG回収率100%の私の知識で彼女をサポートすれば向かうところ敵なし、全キャラ同時攻略のハーレムルートも余裕だ。
そうなれば、あの性悪女綾乃グレースに媚びへつらう必要もないし、「主人公の親友」の私達は二階堂家に匹敵する力を持ったイケメン達が助けてくれる。
ひょっとしたらイケメンの一人くらいチャンスあるかも・・・うへへ。
その為には今ここが肝心だ、ここでがんばって葵ちゃんと友達にならねば・・・
かつて左子が私に見せた「はにかんだ笑顔」・・・あれを再現すべく頬に力を入れ、私は彼女の攻略に乗り出した。
「そっか・・・私もね、この学園に通うつもりなんだ・・・それでね・・・」
「え・・・この学園に?」
「そう・・・今から3年後、私達はこの学園に一緒に通うのよ」
「え?・・・私は通わないけど?」
「へ・・・なんでよ?」
「だってうち貧乏だし、こんな高そうな学校に通うお金なんてないし・・・」
「それは、成績が良ければ免除されるんじゃ・・・」
「そんなの無理に決まってるじゃない、期末テストも平均点以下だよ?」
「え・・・と・・・そ、そこは今から必死に勉強して・・・」
「えー、家の手伝いもやらないといけないのに、そんな時間ないよ」
「・・・マジで?」
「うん、マジ」
うそ・・・この子諦めてる!
まさかまさかの入学しないルート、ゲームが始まりもしないなんて・・・困る、それはすごく困る。
いくら私に乙女ゲームの知識があっても、所詮は適当な設定のモブキャラ・・・主人公たる彼女の力なしに綾乃グレースに対抗出来るとはとても思えない。
な、なんとかこの子に思い直してもらわないと・・・
「やる前から諦めててどうすんのよ!あなただって、こんな場所からこっそり覗くくらいこの学園に憧れてるんでしょう?!」
「えっ?違うけど・・・」
「その気持ちを忘れないで・・・うぇええっ?じゃ、じゃあ何でここに・・・」
「それは・・・」
私の疑問に葵ちゃんが答えるより早く、解答の方が歩み寄って来ていた。
にゃー。
「あ、おいでおいで・・・こっちだよ」
・・・猫。
それも一匹じゃない、ひぃふぅ・・・5匹もいる。
茶トラ、鯖トラ、雉トラに三毛、白・・・この猫達、見覚えがあるぞ・・・たしか昼休みに葵ちゃんがこの猫達と戯れてる所にイケメンが通りかかるイベントCGが・・・
「かわいいでしょ?ここの生徒達に餌を貰ってるみたいで、人間にすごく懐いてるんだ」
「つまり、ここは猫ポイント・・・」
「うん、そう」
猫ポイント・・・それは、地域の野良猫たちのたまり場になっている場所。
例え家で猫を飼っていなくても、ここに行けば猫に会えるっていう奇跡の場所・・・猫好きにとってはちょっとした聖地だ。
では葵ちゃんにとって学園はどうでも良くて、ここにいたのは猫目当て・・・
「そうだ、この学園に入学すればこの子達といっぱい遊べるわよ!ちゅるちゅーるっていう手で直接あげれる餌もあってね・・・」
「そんな素敵な物が!・・・でもそれ、お高いんでしょう?」
「や、値段までは・・・でもカリカリよりは高そう・・・」
くぅぅ・・・ひょっとしたらお手軽価格かも知れないけど、嘘をついてもバレるからなぁ・・・
一瞬食いついた葵ちゃんも、すぐに暗い表情になってしまった・・・おのれ貧乏。
「もういいよ、高校に入ったらあっちで別の猫ポイント探すし・・・」
「・・・ど、どこの高校に行くとかはあるの?」
「奈那高校」
おや即答だ・・・まだ中一なのに進路決まってるんだ。
近場で交流のありそうな学校なら、上手い事やれば勝負できるかな・・・
「公立で、家から近くて、偏差値高くない所だと・・・あそこしかないんじゃないかな」
「ちなみにそこって、偏差値いくつくらいの・・・」
「40」
わぁ、お買い得・・・って低っ!
こう言っちゃ悪いけど、変なのがいっぱいいそうだよ?・・・私の地元でも偏差値40の所はやばい噂立ってたし。
少なくとも名門の姫ヶ藤がそんな学校と交流なんてあるわけがない。
「せ、せめてもうちょっと良い所いかない?」
「いいよ、高望みなんかしても辛いだけだからね・・・我儘言ったらきっとお父さんも怒るし」
ん?
ゲームに出てきた彼女の父親、一年太郎はそんな事で怒るような人には見えなかったけど・・・
むしろ娘のためなら多少の無理は厭わないような親馬鹿だったような・・・
その辺もゲームとは違う?・・・いやいや、今の葵ちゃんを見ているとなんだか・・・
「葵ちゃん・・・嘘ついてるでしょ?」
「え・・・べ、別に嘘なんて・・・」
「本当は行きたいんだよね、姫ヶ藤学園」
「う・・・だから無理だって・・・」
彼女の視線がお魚のように泳いだ・・・ああ・・・やっぱりか。
「この際無理かどうかは置いといて・・・行きたいんだよね?」
「・・・それは・・・行けるなら、みんな行きたいんじゃないかな」
今の彼女は昔の・・・中学時代の私だ。
ちょうどこの頃が、他の子達との差を意識し始める時期なんだと思う。
それまでは気にならなかった普通の家庭で普通に育った子達と自分との境遇の差・・・それが見えてくるんだ。
「でもみんな行かない、諦めてる・・・だから自分なんてもっと無理、って思ってるでしょ!」
「そうだよ・・・常識的に考えて無理だよ・・・」
自分は普通じゃない、普通になんてなれない、普通の将来なんてない・・・重く伸し掛かって来るその感覚が、正常に自分を評価出来なくしてしまう。
天狗の鼻が折れる事はあっても、低い自己評価は裏切らない・・・それが当たり前の現実になり、本当にダメな人間への道を進んでしまう。
まぁ私の場合は本当に根っからのダメ人間だった可能性も否定できないけど・・・この子は違う。
「でも行きたいんだよね?制服もかわいいし、この猫達と戯れたいし、豪華だって噂の学食も気になってるんでしょ!」
「う・・・うん・・・」
やっぱり本心はそうか・・・だってゲームで見たもん、学食の数量限定スペシャルセットに感動してたよね。
影武者の綾乃様とは違う、完全に葵ちゃん本人だ。
ならば・・・アレも・・・
「『Monumental Princess』にもなりたいよね!学園祭で綺麗なドレスを着たいんだよね!」
「・・・」
おや・・・これは通じなかったか?
ゲームのタイトルにもなっているこの学園を代表する淑女「姫ヶ藤の姫」の称号・・・彼女が胸に秘めた願いであり、一応ゲームの主目標のはず。
実際はイケメンの攻略が本題だけど・・・専用エンディングもあったから、これをトゥルールートと呼ぶ人もいる。
「・・・なりたい・・・なりたいよ・・・」
あ、通じてた。
葵ちゃんの声が震え、その栗色の瞳には涙が滲んでる・・・むしろ効き過ぎたかも知れない。
でも私だって彼女に諦めてもらうわけにはいかない、ここは畳み掛けるよ!
「なれるよ!葵ちゃんなら絶対なれる!だから諦めないで」
「でもうちは本当に貧乏で・・・お父さんが・・・」
「お父さんには行きたいって話したの?」
「ううん・・・言えるわけないよ」
だろうね・・・あのお父さんなら応援するに決まってるし・・・正規の学費だって工面しかねない。
逆に言えば、今お父さんに相談させてしまえば、彼女の入学は確定するだろう。
「じゃあまずはそこからよ、今から行きたいって言ってきなさい、今すぐによ!」
「ええええ」
「大丈夫、あなたのお父さんもそんなに弱くないから・・・むしろ入学のためのお金隠してるかもよ?」
「さすがにそれはないと思うけど・・・」
「いいからいいから、ホラ家どっちよ?」
「・・・ついてくる気なの?」
「うん、ちゃんと言えるか不安だからね」
「い、言えるよ」
嫌がりつつもちゃんと家に向かってくれるらしい。
どことなく表情が明るい、さっきまでの後ろ向きな表情はきれいさっぱりなくなっていた。
彼女の家は徒歩10分くらいの距離だった・・・もしあのまま探してたら今日中に見つかったどうか怪しいかも。
「まさか、家の中までは来ないよね?」
「仕方ない勘弁してあげよう・・・でも、ちゃんと言うのよ?」
「わかってる・・・諦めたくないもん」
その瞳には強い意思の光を感じる、この分ならきっと大丈夫だろう・・・あ、そうだ。
今まさに玄関の扉に手を掛けた葵ちゃんを呼び止める、最後にプレゼントをあげよう。
「葵ちゃん、誕生日と血液型教えて」
「?・・・12月10日生まれのO型だけど・・・」
ほほぅ・・・
あまり早いと好感度が稼げないうちに一年目の誕生日がきてしまうけど、12月か・・・なら二人くらいいけるかな。
そして、射手座のO型ね・・・ゲームだと入力した誕生日の星座と血液型の組み合わせで初期能力値が決まるんだけど・・・これはこれは。
「全ての科目をまんべんなく、同じ点数を取れるようになりなさい、入試の目標はオール90点よ」
「ふぇ・・・さすがにそれは・・・」
「大丈夫!出来るから!ホラ行った行った」
「そんな押さないでよ、ええと・・・まっ」
まだ何か言いかけた葵ちゃんの背中を押して強引に押し込む。
後はお父さんが来る前に撤退だ。
きっとこれで最悪の事態は避けられただろう。
葵ちゃんの家の位置もわかったし、首尾は上々・・・私も早く帰ってお母さんに甘えよっと。
彼女に名前を名乗る事も忘れたまま、私は鼻歌交じりに帰路に就いた。
・・・しかしこれが、「最強の敵」を生み出してしまった瞬間だった事を、この時の私はまだ知る由もなかったのである。
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