第6話「泣いたりしないでよ?」

「二人とも・・・本当に行ってしまうのね・・・」

「もう、大袈裟ですよ綾乃様、1週間後には帰って来るんですから」

「でも・・・こんなに早く出掛けなくても・・・」

「・・・もうお昼過ぎてますからね?」


学校は夏休みに入り、私達姉妹が帰省する日がやってきた。

ギリギリまで引き留めようとする綾乃様に付き纏われながら、私達は屋敷の門をくぐり抜ける。

綾乃様はまるで今生の別れでもするかのような悲壮な面持ちだ。


「お二人がいないとお嬢様は心細いのですよ、なにしろ、お一人では夜中にトイレに行く事も出来ませんので・・・」

「な・・・せ、千場須!私はそんな子供じゃありません!」


顔を真っ赤にして千場須さんに反論する綾乃様だけど・・・

実際、あの肝試しの日以来、夜中に綾乃様のトイレに付き合わされる事が何度かあった。

本当にもう克服してると良いんだけど・・・


「なら私達がいなくても大丈夫ですね」

「でも・・・・・・二人がいないと・・・寂しい・・・」


消え入りそうな声だったけれど、しっかり聞こえてしまった。

金髪美少女にそんな風に嘆願されると、ちょっと心が揺らいでしまう・・・でも私にも重要な使命があるのだ。

今は心を鬼にして、聞こえないふり・・・鈍感な恋愛漫画の男主人公のように。


「ほら左子、車に荷物を乗せるわよ」

「・・・ん」


駅までは千場須さんの車に乗せて行ってもらう事になっている。

実家まで送ってくれる気だったみたいだけど、それは遠慮させてもらった・・・路線とか調べたかったからね。

実家へのルートを調べるついでに、姫ヶ藤学園の最寄り駅なんかもチェック済みだ。

左子と二人で力を合わせ大きな旅行鞄をトランクへと押し込む。

荷物はそこまで要らないんだけれど・・・母親へのお土産として渡された品々が詰め込まれている。


放っておくとどこまでも付いてきそうな綾乃様を振り切るように、車は敷地の外へと進んでいった。


「みぎこー、ひだりこー」


後方から悲痛な叫びが聞こえる・・・綾乃様、本当に大丈夫かなぁ・・・夜のトイレ。

程なくして車は駅に到着した、ここから先は二階堂家とは無縁の時間だ。


「それでは、また一週間後にお迎えにあがります」

「はい、お願いします」


予め用意された特急乗車券を手に、私達は改札をくぐり抜ける。

私達の母親が暮らす実家は、そんなに遠くはないけれど県を跨ぐ程度には距離があるのだ。

地元民か鉄道マニアしかわからないようなマイナーな特急列車だけれど、夏休みとあってそこそこの乗車率だった。


「・・・」


左子はいつものように無言だけど、何を考えているのかは察しが付いた。

きっと母親の事を考えているんだろう、二階堂の家に来てからは一度も会ってないからね。


(お母さんか・・・)


私は前世の母の事を思い出していた。

私の母は何と言うか・・・なんて言うべきなんだろうね・・・


だらしない人・・・かな、特にお腹のお肉が。

妹の世話とか家事とか私がやれるって気付いてから即丸投げしてきたし、家にいる時は何もしないでごろごろしてる。

その上、我儘を言う子供にほいほいゲームを買い与えちゃうし、学校サボっても何も言わないくらいに甘々・・・その結果が私だよ。

お世辞にも良い母親とは言えないんじゃないかな・・・蒸発したお父さんの気持ちも少しはわかる。


「姉さん・・・着いた」

「ん?・・・ああ、はやく降りなきゃ、何のんびり座ってるのよ!」

「・・・」


ジト目で睨まれた・・・はいそれは私ですね、ごめんなさい。

慌てて荷物を抱えて電車を降りる・・・停車時間が長めの特急列車で助かったよ。

ここからはバスに乗って移動だ。


「左子、お母さんに会うの楽しみ?」

「・・・うん」


左子がちょっとはにかんだ・・・割とかわいい。

私もこれと同じ顔出来るってことだよね?・・・練習しとこうかな。



私達双子の母親、三本木朱鷺子さんは育ちの良さそうな美人さんだった。

父親は病弱だったそうで・・・私達が生まれてすぐにお亡くなりになっている。

実はもうその時点で二階堂家が私達を引き取ろうとしたのに反対して、可能な限り自分で育てると言ったらしい。

こうして考えると、前世と今、それぞれの母親は結構対照的だ・・・なんで似てるって思ったんだろう。


「お母さん、私達の事わかるかな・・・見分け付くかな」

「・・・たぶん」


私達が屋敷で暮らし始めるのと同時に、母には二階堂家から結構な額のお金が渡されているらしい。

ひょっとしたら贅沢な暮らしに溺れて別人みたくなっているかもしれない。


「・・・むしろ私達の方がお母さんってわからなかったりしてね」

「!」


左子はぶんぶんと顔を振って否定した。

お母さん大好きっ子なんだねぇ・・・


「もう、お母さんと会っても泣いたりしないでよ?」

「う・・・」


たしか、バスを降りてすぐのマンションの7階だったはず・・・それほどの高さのマンションは一つしかなかった。

特に迷うことなく、私達は備え付けのエレベーターに乗り込んだ。

このエレベーターのボタンには見覚えがある・・・デジャヴじゃない、7階のボタンに手が届かなかった頃の記憶があるよ。


・・・ピンポーン、ガチャ。


私がインターホンを押すと、まるで玄関で待っていたかのように内側から扉が開いた。

や、待ってたんだろうね・・・今日来るって連絡は行ってるだろうし。

きっと左子が泣き出すだろうから、フォローしてあげなきゃ。


「右子、左子、お帰りなさい」

「た、ただ・・・い」


・・・油断してた。


扉の向こうにあったのは、昔とあまり変わっていない母の姿と・・・全く変わっていない我が家の姿。

右子という名前の通り右側にいたせいで、角度が・・・母の背後に見えてしまったのだ、子供部屋が。

そこで過ごした思い出は、私の中にも確かに残っていた。


そして追い打ちをかけるように母は私達を抱き抱えた・・・懐かしい匂い。

ただいまの「ま」の口がなかなか出来ない。


「辛かったでしょう・・・ごめんね・・・ごめんね」

「う・・・」


・・・なんでこの人は謝っているのか。

そういえば前世の母もそうだった、確かあの人も私に謝りながら・・・病室で・・・

記憶がフラッシュバックする・・・二人の母の姿が・・・被って・・・



「ごめんね・・・他の子みたいに普通の暮らしをさせてあげられなくて、ごめんね・・・」



そうだ、あれは高校三年の夏。

いつものように家でごろごろしていた母が、突然変な事を言い出した。


「ちょっと救急車、呼んでもらえる?」


お買い物行って来て、くらいのノリで・・・救急車?

何の冗談かと思ったけれど・・・冗談だったら良かったのにね。


私は知らなかったのだ・・・実は結構前から具合を悪くしていた事を。


色々と誤魔化して生活してきたらしい、それがついに限界を迎えたのだった。

そこからは早かった・・・母の容体は一気に悪化して・・・


「あなたに色々押し付けて・・・辛かったでしょう・・・ごめんね」


そんな事ない、私は学校をサボって何時間もゲームしてたんだよ?

家の事を言い訳にして・・・妹にも呆れられてたよ?



「ちゃんと育ててあげられなくて・・・ごめんね・・・」



なんで世界を跨いでまで同じ事を言うのだろう、この母親って生き物は・・・


「うわぁあああああぁぁあああ」


ほら、やっぱり左子が泣き出しちゃったよ。

あの子ってば、こういう時は大きな声出すんだね・・・あれ・・・視界がにじんで・・・左子の顔が見えない。

それに左側からすすり泣く小さな声も聞こえて・・・じゃあこの泣き声って・・・まさか・・・私?


それから泣き疲れた私達が眠ってしまうまで、お母さんはずっと私達を抱き締めてくれていた。



「ねぇ左子・・・起きてるわよね?」


どうやら一緒の布団に入れられたらしい・・・私の言葉に反応して左子の身体がわずかに動いたのを感じた。

良く干されたおひさまの匂いがする布団は、私達二人が入るのに十分な大きさだ。

時刻はやっぱり朝6時・・・染みついてるなぁ。


「私ね、今日・・・出掛けたい所があるの・・・私達の将来を左右するかもしれない、すごく重要な場所」

「・・・」


視線を感じる。

左子は体勢を変え、私を真っすぐ見つめてきた・・・一緒に行きたいって、左子の視線がそう伝えてくる。

だから私は・・・


「ダメよ、左子はここにいて・・・お母さんと一緒にいてあげて」

「・・・」


私もお母さんと一緒に居たい、次いつ会えるかもわからないお母さんと離れるのは嫌だ。

でも私にはやる事がある・・・ここで行かなきゃ、きっと何も始まらない・・・このままゲーム通りに進めば一生あの女、綾乃グレースの付き人の人生だ。

そしたら、お母さんとも二度と会えなくなってしまうかも知れない。


「お願い、お母さんを一人にしたくないの・・・こんな事は左子にしか頼めないわ」

「・・・うん・・・わかった」


私の気持ちがどの程度伝わったのか・・・左子は納得してくれたみたいだ。

それから私は身支度を整え、後ろ髪引かれる思いで生まれ育った我が家を後にする。


目指すは私立姫ヶ藤学園・・・3年後に約束された「私達の戦い」に勝利するために。

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