第3話「私は騙されないっ!」
可愛らしいお子様メイド服に着替えた私達姉妹は屋敷を一通り案内された後、応接室のソファーに座らされた。
執事のセバス・・・じゃなくて千場須さんによるメイド教育は思ったよりも簡単なものだった。
もっとこう、厳しい躾みたいなのを想像していた私は拍子抜けしてしまった程だ。
「お二人はまだお客様のようなものですからな、屋敷の事は今後少しずつ・・・そう、お手伝いして頂く事になるでしょう」
この屋敷の中は国の法律の届かない独自のルールが支配する場、といった感じもするけれど・・・さすがに未成年に労働させるのは問題だという事か。
いずれやらされるらしい「お手伝い」とやらが言葉通りのレベルであることを祈るばかりだ。
「じゃあ、私達は・・・その・・・何をすれば良いんですか?」
先程からすっかり緊張してしまっている左子が私の手を強く握ってきている。
きっと慣れない環境で心細いのだろう・・・ここはお姉ちゃんががんばらねば。
私は千場須さんの目を真っすぐ見て問いかける・・・その声がちょっと震えたのは気のせいだ。
「ほほぅ・・・」
千場須さんはそう言って深く頷いた。
いや、質問の答えは?一人で納得されても困るんですけど・・・
一番肝心な「お嬢様のお世話」について聞きたいんですよ、私は。
恨めしそうに見つめる私の視線に気付いているのか、いないのか。
千場須さんは部屋の隅に置かれたカートへと視線を向けた・・・食事やティーセットなんかを運ぶやつだ。
シンプルな四角い形の箱型で、木製の台には薔薇の意匠が描かれ、アンティーク調の大きな車輪が上品さを演出している。
これの扱い方でも教えるつもりなんだろうか・・・ちょっと興味はある。
「お二人にご紹介したいので・・・そろそろ出てきていただけませんか、お嬢様」
ガタッ・・・っと音がした。
そしてカートの後ろにちらりと見える金色・・・あ、誰かいる。
私達3人の視線が集まる中、カートの後ろからおずおずと姿を現したのは・・・金色の髪と青い瞳を持つ少女。
(か、かわいい・・・)
「あ・・・あ・・・あぅ・・・」
そのかわいい生物は、小動物の鳴き声のようなものを発した。
誰だこれ・・・いや本当に何者?
あのゲームにはこんな美少女は登場してないぞ?
「やれやれ・・・では私めが代わりにご紹介いたします、このお方が二階堂家のご息女、二階堂綾乃グレース様でございます」
へ・・・
この子が?聞き間違いじゃなく?
私の知ってる二階堂綾乃グレースは、確かに美少女ではあるけれど・・・もっと高笑いが似合う感じの・・・
えぇぇ・・・これが育つとアレになるの?!
あの高飛車女と目の前の美少女がどうしてもイコールで繋がらない・・・同じなのは髪と瞳の色くらいだ。
アレか?影武者なのか?きっと本物はどこか別の所にいて・・・
「お嬢様のお世話と申しましたが、お二人には硬く考えず・・・そう、お嬢様のお友達になって頂ければ・・・と」
私が目の前のこの状況を受け入れられずにアレコレ考えている間に、千場須さんはどんどん話を進めてしまう。
要は、両親が不在な事が多いこのお嬢様の遊び相手になっていれば良いようだが・・・
「・・・それでは私めは屋敷の仕事に戻ります、どうぞこのお部屋でおくつろぎくださいませ」
そう言い残すと、千場須さんはカートを引いて部屋を出て行ってしまった。
部屋に残されたのは幼子が3人。
金髪美少女・・・なんか影武者っぽいけど、一応綾乃様と呼ぼう・・・は落ち着かない様子で私達姉妹を交互に見ている。
「双子が珍しいですか?」
「えっ・・・あ・・・うん」
私の言葉に、びくっとしながらも綾乃様が頷いた。
綾乃様の身長は私達より低く、ちょっと上目遣いになるのが、かわいさを増幅させている。
「私は右子、こっちが妹の左子、これからよろしくお願いしますね」
「よ・・・よろしくね・・・」
私の言葉に、左子がおずおずと続く・・・そういえば、この子もおとなしいタイプだから・・・
「みぎこ・・・ひだりこ・・・おともだちになってくれるの?」
「はい、もちろんです・・・と言うか、もうお友達ですよ、ね?」
こくりと左子が頷いた。
余程友達が出来たのが嬉しかったのだろう、綾乃様の表情がぱあっと輝く。
しかし、その後が続かない・・・
「あ・・・あ・・・」
「その・・・なんでもない・・・です」
友達になったと言っても、おとなしい性格の二人が急に打ち解けられるものでもない。
ずっと一人で過ごしてきたのか、綾乃様は言葉を発するのにも緊張している。
左子も左子で、何か言おうとしては引っ込める状態だ。
あ・・・これ、私が盛り上げないといけないやつだ。
二人とも仲良くなりたい気持ちは十分伝わってくる。
何かきっかけがあれば良いのだ、何か・・・何かないか。
ゲームなり漫画なり、絵本でも良い。
何か遊びに使えそうな物を求めて部屋を見渡すが・・・さすがはお金持ちの家、無駄な物が何一つない。
目につく物と言えば高そうな花瓶や絵画・・・さすがにこれらで遊ぶわけにもいかない。
ああもう、どうすればいいのよ!!
ろくな考えが浮かばず頭を抱えた私の右手が・・・そこにあったものに触れた。
これだ!
私の髪は右側に纏めて縛ってある。
左子は同様に左側に髪を纏めている・・・この髪型の差が、私達双子を見分けるポイントだ。
私は自らのアイデンティティたる髪型を解き、それを手にした。
ヘアゴムである。
びよんびょん伸びるゴムは言うまでもなく、子供にとっては良いおもちゃだ。
私はそれを右手の人差し指にひっかけ、小指まで伸ばす・・・所謂ゴム鉄砲だ。
「綾乃様、ちょっと見てて・・・」
そう言って高そうな花瓶に狙いをつける。
もしも割ったら大変な事になるだろうが、ゴム鉄砲くらいではびくともしないだろう。
「ばん」
狙いはたがわずゴムは花瓶の真ん中に命中する。
「すごい、どうやったの?」
よし、食い付いた。
「じゃあ右手をこの形にして・・・」
そう言いながら左子に目配せする。
左子も髪を解いてヘアゴムを装着して見せた・・・私たち姉妹は何度もやっている手軽な遊びなのだ。
私のヘアゴムを綾乃様に渡し、左子をお手本にやり方を覚えてもらう。
「・・・こうでいいのかな?・・・あれ」
「ゴムはこっちに・・・」
遊びを通じて会話が始まった。
目論み通りの展開だ・・・だが・・・
「えいっ・・・あ・・・」
綾乃様が放ったヘアゴムが、花瓶に生けてある花に命中・・・したのは良いのだが。
勢いを失ったヘアゴムは重力のままに落下して、花瓶の中へと・・・
「みぎこのごむが!・・・」
「あ・・・まっ・・・」
慌てて花瓶に駆け寄る綾乃様。
凄く嫌な予感がした私は彼女を止めようと手を伸ばすが、間に合わず・・・
ヘアゴムを取り出そうと綾乃様が手を突っ込んだ拍子に、花瓶は大きく傾いて・・・
カシャン
お値段を想像させるような澄んだ音色と共に、花瓶は砕け散ったのであった。
・・・更に追い打ちをかけるように、コンコンと扉がノックされる。
「お嬢様方、お茶とお菓子をお持ちしまし・・・」
気を利かせて紅茶とお菓子を持ってきてくれた千場須さんだ。
割れた花瓶と、その水でびしょ濡れになった綾乃様を見て、その表情が固まったのを私は生涯忘れないだろう。
その後すごく怒られた・・・普段温厚な人を怒らせてはいけないって私、覚えたよ。
その状況から、実行犯が綾乃様である事が明白だったせいか、金銭的なお咎めはなかったのが不幸中の幸いだ。
しかし、この体験がきっかけになって私達3人はすっかり打ち解けたのである。
屋敷でも学校でも、いつも一緒の仲良し3人組だ。
「だが、私は騙されないっ!」
そう叫びながら、私は「マル秘ノート」と書かれたノートを高々と掲げた。
このノートは方眼紙になっていて、数日かけて私が調べたこの屋敷の間取りが書き込まれている。
不思議そうに見つめる左子に、私はここぞとばかりに解説した。
「この間取りを見ていて何か気付かない?外から見た屋敷の形に対して、部屋が足りないのよ!」
「え・・・それって」
「そう・・・隠し部屋よ、この屋敷には隠された秘密の部屋があるっ!」
金持ちのお屋敷には隠し部屋がある・・・ミステリーの定番だ。
そしてそれはこの屋敷も例外ではなかったようで・・・案の定不自然な空間があったのだ。
きっとそこには本物の綾乃グレース・・・性格の悪いあの女が潜んでいるに違いない。
そこから監視カメラを使って、影武者に騙されている私達をあざ笑っているのだろう。
「隠された入口もだいたい察しがついてるわ、ここ数日の千場須さんや使用人達の動きから、この辺りに何かがあるのは明白!」
そう言いながら鉛筆で見取り図にぐりぐりと書き込む。
そこは旦那様の書斎・・・旦那様は仕事で海外にいるはずなのに使用人の出入りがあるのだ。
しかも、何らかの物資が運び込まれているようなのだ・・・これは無茶苦茶怪しい。
「さっそく明日の朝、早起きして調べるわよ」
「そんな事していいのかな・・・」
・・・もちろん良くなかった。
「おやおはようございます、お二人ともこんな所に何のご用ですかな?」
「せ、千場須さん?!」
翌朝、気合いを入れて早起きした私達を待ち構えていたのは、もっと早起きをしていた千場須さんだった。
「ちょっとトイレにいくつもりが道に迷っちゃって・・・ホラ、このお屋敷広いから・・・ね、左子」
私に言われるままこくりと頷く左子・・・二人で道に迷うとかちょっと無理があるか・・・
「ふむ、仕方ありませんな・・・ですが、この辺りは旦那様のお部屋ですので、みだりに近付かないようにお願いいたします」
うわぁ、顔は笑ってるけど目が笑ってないよ。
「ご、ごめんなさいっ!」
慌てて180度方向転換して引き返す・・・千場須さんがいる限りは無理だ、諦めるしかない。
どこか彼のいないタイミングに探るしかないだろう。
「お姉ちゃん・・・やっぱりやめよう?」
「でも、これで確信が深まったというか・・・絶対あそこには・・・」
「トイレはあちらですよ」
「!!」
ひぇぇ・・・今気配がなかったんですけど・・・この執事さんただものじゃない!
千場須さんにお礼を言いつつトイレへと駆け込む・・・危うく別の意味で漏らす所だった。
「どうやらあの様子では、気付かれていると見てよさそうですな・・・」
右子達が走り去るのを見送る千場須。
キィと小さな音を立てて、その後ろにある扉が開いた。
「あともう少しなのに・・・なんとか隠し通せそう?」
「少し脅かしておきましたので、まだしばらくは大丈夫かと・・・」
「そう・・・お願いね」
扉の影から金色の髪が覗く・・・千場須は恭しく頭を下げながら答えた。
「はい、仰せのままに・・・お嬢様」
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