第2話「いけ好かないお嬢様の付き人だなんて!」

それは、風に花びらが舞い落ちるようにひらひらと・・・

私の目の前に現れたのは一羽の白い蝶だった。

何も考えずに伸ばした私の手をすり抜けて、蝶は気ままに飛んでいく。


「ちっちょ、ちっちょ・・・」


まだろれつの回らぬ舌っ足らずの声を出しながら、私は蝶を追いかける。

蝶は意外と素早く、なかなか捉える事が出来ない。

必死になって追いかける私の動きが、がくんと止まった・・・何者かに不意に後ろから掴まれたのだ。


「右子、一人で勝手にどっか行かないの!」


それは何者でもない母親だった。

振り返るとその後方では、一人で取り残された妹がべそをかいている。

母親に叱られながらも、私はそれを一度どこかで体験したような・・・そんな何とも言えない気分を味わっていた。


・・・既視感。

所謂デジャヴと呼ばれるその感覚に遭遇する事が、昔から他人より多かったと思う。

今思えば、それらは本当に一度体験した記憶に近いものだったのかも知れない。


でも、この頃の私はまだ何も知らない小さな少女だ。

母と、妹・・・左子と3人で暮らしていた幸せな日々・・・・うん、幸せだったんだと思う。

だから私は、この頃の夢をよく見るのだ。






___それは私達双子が小学校に上がる頃の事だった。



私と左子は母に連れられて大きな公園のような所に来ていた。

広い草原のような芝生の広がる丘に、赤いレンガで出来た道のようなものが綺麗な曲線を描いている。

その道の両側に沿うように植えられた花壇はよく手入れがされており、季節折々の花を咲かせていた。


美しい花々に目を奪われる左子を余所に、私は花壇を乗り越えて丘の上へと駆けだす・・・私と煙は高い所が好きなのだ。

それを見た母は慌てて・・・しかし今度は左子を置き去りにする事なく、その手を引きながら・・・私の後を追いかける。

私はというと、丘の上から見えたその光景に驚き、足を止めていた。


「なにあれ、すごい・・・」


小高い丘の向こうに見えたのは・・・川のように長く伸びた赤レンガのその先・・・


「ママ、左子、あれ見て!はやくはやく!」


その光景にすっかり興奮した私は、後から来る母と左子を急かす。

きっと二人も驚くはず・・・早くこの気持ちを共有したくてしょうがない。

ようやく追い付いた左子が丘の向こうの光景を見て息を飲む・・・当然だ、と隣で私は得意げな気分になった。


「すごい・・・お城?」


そう、お城だ。

まるで絵本の中から飛び出してきたかのような・・・

あるいは、多額の予算を費やして作られたテーマパークのような・・・

そんなお城としか思えない大きな西洋風のお屋敷が丘の向こうに鎮座していたのだった。


「ママ、私あのお城の中見てみたい!」

「で、でも・・・中に入れるのかな?」

「ええー、見ーたーいー!左子だって気になるでしょ?!」

「うん・・・」

「ママー、お願い!」

「もう、中を見るも何も・・・」


左子を巻き込み駄々をこねる私に、母は顔色を変えることなく・・・こう答えた。


「・・・あなた達二人は、これからあそこで暮らすのよ」



「「え」」


その言葉の意味がわからず、惚ける私達の手を取り母は歩みを進める。

不思議な事で、歩いていると次第に頭が冴えていく・・・そうなると母が言った言葉が気になってしょうがない。

暮らす?あのお城で?


左子と顔を見合わせると、左子も同じ事を考えていたらしい。


(お姉ちゃん、私達お姫様だったの?)

(うん、実はそうだったのかも知れない)


さすがは双子の姉妹、視線だけでも意思の疎通が出来た。

やがて辿り着いたお城の入り口には、タキシード姿の老人が立っており、私達に向かって深々と一礼した。


「これは三本木様、ようこそおいでくださいました」


執事だ、セバスチャンだ!

彼は重そうな扉を開けて、私達を室内へと促す。

これはいよいよ期待に胸を膨らませる私達に、母は心なしか声を震わせながらこう言った。



「二人とも、本家の方々に失礼のないようにするのよ」




私の名前は三本木右子、読みはそのまま「さんぼんぎみぎこ」だ。

双子の妹の左子の方も「ひだりこ」と読む。

三本木家は二階堂家の分家の一つであり、本家と分家の間には主従関係のようなものがあるらしい。


そしてこのお城こそ、二階堂本家のお屋敷だったのだ。

つまり私たち姉妹がここで暮らすというのは・・・



「ううっ・・・」

「お姉ちゃん、大丈夫?」


・・・頭がズキズキと痛む。

このお屋敷の中に入ったあたりからだ・・・そして例の既視感。

屋敷の内装、飾られた高そうな調度品、絵画・・・それらの全てに見覚えがある。


私たち三人は応接室に案内されていた。

やっぱりここも見覚えがある・・・一体なんなんだろう。

謎の頭痛に頭を抱える私の背中を、左子が心配そうにさすっている。


この応接室で母は先程のセバス・・・千場須さんというらしい。

彼から説明を受けていた。

本来は二階堂家の当主が直接話す事になっていたらしいが、急用で今は海外にいるらしい。


私たち姉妹は、この二階堂本家のご令嬢の傍仕えとして住み込みで働く事になっているらしい。

それは、私達がご令嬢と同じ年に生まれた時点で決まっていた事のようで・・・

通う学校もご令嬢と同じ学校、同じクラスになるように既に手配してあるらしい。


とは言え、しばらくは見習いとして千場須さんから教育を受ける事になるようだ。

そして・・・私達が仕えるご令嬢の名前が・・・


「二階堂・・・綾乃・・・グレース・・・!」

「綾乃さま?それともグレースさま?」


独特の名前をどう読んでいいのか左子が困惑しているその隣で・・・

私は・・・前世の記憶を思い出していた。



二階堂綾乃グレース


それは私がハマっていた乙女ゲーム『Monumental Princess』の登場人物。

所謂恋敵、ライバルキャラ。

庶民出身の主人公を何かにつけて虐めてくる大金持ちのお嬢様だ。



私はこのキャラが・・・大っ嫌いだった。

家の権力を自分の能力だと勘違いして、いつも上から目線で偉そうに見下してくるのだ。

そして金魚の糞の如く、このお嬢様にいつもくっついてくる左右対称の双子・・・それこそが・・・


「うわぁああああああああああ!よりによって、いけ好かないお嬢様の付き人だなんて!」

「お姉ちゃん?!・・・落ち着いて」

「これが落ち着いていられるかぁあああああ!」


あの後、私たち姉妹は母との別れを惜しむ間もなく、屋敷の一室・・・ここが私達の部屋になるらしい・・・に連れていかれた。

そこそこの広さの割には二段ベッドがぽつんと置いてあるだけの寂しい部屋だ。

ベッドには二人分のメイド服が置いてあり、明日からこれを着て過ごすように言われている。


「これから私達奴隷のようにこき使われるのよ?!世間知らずの我儘お嬢様に!おはようからおやすみまで一日中一年中一生ずっと」


あのお嬢様が主人公にしてきた事の数々が思い浮かぶ・・・私達も何をやらされるかわかったもんじゃない。

主人公はイケメンたちが助けてくれるけれど、私達にはそれもない逃げ場がない。

私、前世でそんな悪い事した覚えないよ?!何の罰ゲームなの?!


「ぐすっ・・・」


これから自分を待ち受けるであろう運命に絶望する私の耳に、鼻をすする声が聞こえた。

左子だ・・・そうだ、何も知らないこの子も私と同じ目に合うんだ。

絶望に取り乱した私の姿は、彼女の不安を煽ってしまっていた。


「そんなのやだよぅ・・・おうちに帰りたい・・・」

「左子・・・」


私がなんとかしなきゃ・・・泣き出した彼女の姿を見ていると、そんな気分になってくる。

私はもうすっかり冷静になっていた・・・そうだ、ゲームの内容を思い出せ。

シナリオCG回収率100%になるまでやり込んだゲームだ、私に知らない事なんてないはず。



「大丈夫、大丈夫よ・・・」


自分と同じ顔をした左子に私は、自分自身に言い聞かせるかのように声をかける。


「お姉ちゃん・・・」


不安そうに私を見上げる妹を抱き締め、安心させるように頭を撫でる。

脇役だって幸せにになっていいはずだ・・・私も、この子も。


「大丈夫、左子には私が付いてるからね・・・」

「うん・・・」


泣き疲れたのか、眠ってしまった左子をベッドに横たえる。

その瞼に残った涙をぬぐいなら・・・私は決意する。


___このゲームで勝つのは、私達だ。

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