いつも貴女の右側に ~悪役令嬢の右腕 右子さん奮闘記~

榛名

第1話「ふぁ・・・はっくしょん!!」

私の名前は一年葵、高校一年生。

名字の「一年」は「ひととせ」って読むんだ・・・変な名字だよね。「葵」の方は普通に「あおい」だよ。

「名字が変わってるから名前はわかりやすく」がうちの家訓なんだってお父さんが言ってた。


そんなお父さんの名前は一年太郎・・・確かにわかりやすいけど・・・ちょっとかっこわるいかも。

でもお父さん本人もそう思ってたみたいで、子供の名前は頑張って名付けたんだって。

もちろん私もこの名前を気に入ってるよ。


そんな私が通うのは私立姫ヶ藤学園。

お金持ちの家の子がたくさん通ってる超が付くくらいの名門校。

生徒の中には、政治家や大財閥の御曹司とかもいるらしい・・・うちは庶民なんだけどね。


私みたいな庶民がなんでこんな学校に通えるかと言えば・・・

「入試での成績上位者は学費が免除される」という特待生制度のおかげなのだ。

私の成績はなんと2位、学費全額免除に加えて各種教材も無料というおまけ付き。


でも何より有り難いのは、家から徒歩で通える距離だって事、これはすごく助かる。

私みたいな庶民には馴染みのない決まり事も多い特殊な学校だけど、

ここを出てるってだけで進学や就職に有利っていう話だから、頑張って卒業しないとね。



バイトに明け暮れた夏休みが終わって、今日は始業式___


『今日から新学期が始まります、まだ夏休み気分が抜けていない生徒はしっかりと気を引き締めて頂きたい。この9月は、古来より長月と言って・・・』


校長先生の長話は名門校であっても変わらない。

むしろ普通の学校よりも長いような気がする、熱弁を振るう校長先生も自信満々って感じだ。

うう・・・バイトの疲れが貯まっていたのか、眠気が・・・


『続きまして、生徒代表、二階堂さんお願いします』


全校生徒の代表として、壇上に立ったのは上級生である生徒会長・・・ではなかった。

私と同じ一年生だ・・・長い金髪がとても目立つので、一度見たら忘れようがない。

たしか名前は・・・二階堂綾乃グレースさん・・・私に負けず劣らず、変わった名前の人だ。


イギリス人の祖母を持つクォーターで、家はすごいお金持ちだとか・・・

その血が色濃く出たのか肌も白く、すらっとしたモデルのような体型・・・とても同じ人間には思えない。

「目の覚めるような美人」とはきっとこの人のような人を指すんだろう・・・でも、私の瞼の重みは止まらない・・・


『皆さん、本日はお集まり頂いてありがとうございます。精一杯のおもてなしをご用意しておりますので、どうぞごゆるりとお楽しみください』


あれ・・・この人何を言ってるんだろう・・・新学期の挨拶だよね?

彼女の発言の意図がわからずに困惑した私の目の前には、いつの間にか真っ白なテーブルクロスが掛けられたテーブル。

そしてどこからともなく現れたタキシード姿のお兄さんが、かぐわしい匂いのする料理の数々をテーブルの上に並べていく。


「え、えっ・・・なにこれ・・・」


フランス料理・・・なのかな?名前も知らない、テレビの中でしか見た事のないような高級料理の数々。

見た目にまで拘って作られたそれらに、私の眼はすっかりくぎ付けになってしまった。

眠気なんてきれいさっぱり吹き飛んでいる、今は睡眠欲より食欲だ。


『さぁ、遠慮なくお召し上がりください』

「た、食べていいの?」


いつの間にか私の隣に立った二階堂さんが、私の手にフォークとナイフを握らせながら優雅に微笑んだ。

この人は天使か。


『もちろん、もう皆さん召し上がっておられますわ・・・でも、庶民の貴女にこの量は多過ぎたかしら?』


なかなか料理に手を付けない私を、彼女は心配そうに覗き込んでくる。

その言葉に嫌味はなく、純粋に私の事を心配している様子だ・・・そうか、お金持ちはいつもこんなに食べてるのか。

だが私にも庶民の意地がある、食べきって見せようじゃないか!



テーブル狭しと並べられた豪華料理の山に、私は戦いを挑んだ___











「これが・・・運命の強制力というの・・・」


そう呟いてしまった後で、私はえらく厨二病めいた台詞を口に出してしまった事を自覚する。

案の定、隣の席から視線を感じた・・・私と同じ顔をした双子の妹だ。


「・・・姉さん?」


おとなしい性格で、普段はあまり表情を表に出すことのない妹が、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

・・・自分の姉が何の脈絡もなく突然こんな事を呟き出したのだから、心配になるのも無理はない。

すまぬ妹よ・・・姉さんは決して漫画やアニメの影響を受けた痛い子じゃないぞ・・・たぶん。


「な、なんでもないわ・・・気にしないで」


なおも心配そうに私を見つめてくる妹を無視して、私は思考に没頭する。

妹には申し訳ないが、今は目の前に差し迫った状況をどうにかしないといけないのだ。


『続きまして、生徒代表、二階堂さんお願いします』


今日は9月1日、始業式の日だ。

校長によるスピーチの後、生徒の代表が壇上に立って新学期の挨拶を行う予定になっている。

本来ならそれは生徒会長の役割なのだが、今壇上に進んできた女生徒は生徒会長ではない。


彼女の名は二階堂綾乃グレース様、大企業である二階堂グループ会長の御令嬢にして、誰もが・・・かどうかはわからないけれど、少なくとも私が羨む華やかな美貌の持ち主。

地味でいまいちパッとしない現生徒会長が代役に頼むのも頷ける・・・のだが。


おかしい・・・


事前に生徒会からこの話が来た際、私は上級生である生徒会長を立てるべきだと助言したはずなのに・・・

その時は綾乃様もしっかりと同意してくれていたのに・・・

だが、現に壇上に立っているのは生徒会長ではなく綾乃様だ。


そして私の数メートル先の前方では、我らの宿敵たるチート庶民が、早くも「うとうと」し始めていた。

彼女の名は一年葵、一年と書いてひととせと読む、二年生になっても一年葵だ、きっと三年生になっても一年葵である。

先程からゆらゆらと揺れ動いていたその頭が、一点に落ち着いて動きを止める・・・どうやら完全に夢の世界に旅立ったようだ。


すやすやと寝息を立てながら、涎を垂らして眠るその顔が目に浮かぶ。

今すぐ、その緩みきったほっぺをつねってやりたい・・・だが私と彼女の間には、パイプ椅子に座った生徒達の列が立ちはだかっている。

もう綾乃様のスピーチは始まってしまったのだ、席を立つわけにもいかない。

私に魔法か超能力の一つでも使えたなら、不埒なあの庶民を叩き起こせたのだろうが・・・残念ながら私にはその手の異能は与えられていない。

どんなに視線に力を入れてみてもただ目が疲れるだけだ。


仕方がないので庶民をどうこうする事は諦め、私はもう一方の人物へと目を向ける。

彼は私とは別のクラスだが、その姿を探すのには困らない、彼はとにかく目立つのだ。

なんなら、よそ見をしている女子を見つけてその視線を追っても良い、だいたい4分の1の確率でたどり着ける。


4分の1の理由は単純だ、「4人」いるから。

この学園には、女子生徒達が思わず見ほれてしまうような殿方が4人いるのだ。

そして彼こそ、そのイケメン四天王の一角、十六夜透様。


優雅に腕を組んだその姿はファッション雑誌の1ページのよう・・・座っているのがパイプ椅子なのが残念だが。

パリで活躍する有名ブランドデザイナーの十六夜隆を父に持ち、その跡を継ぐべく幼い頃からデザイナーとしての英才教育を受けているらしい。

また、その恵まれた長身を生かしてモデルとしてステージに立つこともあるという話だ。


新しいデザインでも考えているのか、彼は額に手を当ててアンニュイな表情を浮かべているように見える・・・が、実は爆睡中であることを私は知っている。

誰も気付いていない、と言うか醸し出される雰囲気のせいで、周りは勝手に勘違いしてしまうのだ・・・寝顔まで絵になるイケメンならではの特権だ。

それが無防備な寝顔とも知らず、チラチラと様子を伺う女子生徒達の視線の多いこと・・・こうしてガン見している私も他人の事は言えないわけだが。


しかし、このままではまずい。

もうすぐスピーチが終わる・・・綾乃様の最後の一言の後、静まり返ったその瞬間にあの庶民がやらかすのだ。


(「もう食べられない・・・いいえ、私はこんな事じゃ諦めない!必ず食べ切ってみせる!」)


響きわたったその力強い声と、あまりにもふざけた台詞・・・自分が寝ぼけていたことに庶民が気付くも時既に遅し・・・

ブチギレる綾乃様、居眠りをしていた庶民への厳しい処罰・・・まぁそこまでは良い。

だがそこで、この透様までもが居眠りをカミングアウトしてしまうのだ。

処罰は公平に下さねばならない、そこで二人は一緒に補習室送りになり、一気に関係が進展する・・・これはそういうイベントなのだ。


そうなれば透様はあの庶民のイケメンハーレム入りまっしぐらだ・・・なんとしても阻止したい。

しかし透様が座っている席も距離が離れている・・・起こしに行く事など不可能。

何か・・・何か手段はないか・・・私の手元には『新年度を迎えて』と題されたプリントが一枚あるだけだ。

この薄っぺらい紙を筒状に巻いたところで透様はおろか、あの庶民にも届かないだろう。

ならば丸めて投げるか・・・ダメだ、あの庶民はそれくらいじゃ起きない、入学当初に受けていた嫌がらせの数々をものともしなかった彼女はとても図太い神経の持ち主なのだ。

では透様の方に・・・こちらもダメだ、そんな事をしては親衛隊によってどんな目に遭わされるかわかったもんじゃない、きっとそれはあの庶民が受けた嫌がらせの比ではないだろう。


今や彼女は夢の中、幸せそうにすやすやと寝息を立てている。

綾乃様に見守られながら、大量のごちそうを一人で食べる夢だ、私は夢の内容まで知っているぞ。


『話が長くなってしまって申し訳ありません、私からは以上とさせていただき・・・』


綾乃様がスピーチの締めに入った、もう終わってしまう。

もはや打つ手なしか・・・

まるで運命の女神が私に告げているようだ・・・このイベントの発生は不可避だと。


思わず握り締めた手の中でプリントが捩れ・・・私の方へと向いたその端が視界に入ってくる。


!!


諦めかけた私の頭に天啓が閃いた・・・だが、そんな事をしたら私は・・・

いやもうこれしかない、やるしかない。

一瞬の閃きに突き動かされるままに、私は自分に出来る最速で手を動かし・・・次の瞬間。



「ふぁ・・・はっくしょん!!」



そのくしゃみは、想像以上の音量で響き渡り・・・約二名を夢の世界から連れ戻したのだった___




今日は始業式だけで授業はない。

始業式が終われば、生徒達は全員帰宅となる。


他に誰も居なくなった教室に、綾乃様と私・・・それに双子の妹が残されていた。

綾乃様はまっすぐこちらを見つめている・・・私が残された理由は明白だ。


「・・・右子さん」

「も、申し訳ありません!綾乃様にお仕えする身でありながら、綾乃様のお顔に泥を塗るような事を・・・」


そう、私の名前は右子・・・妹の左子と共に幼い頃から綾乃様にお仕えしている使用人のような身だ。

あのような場で恥をかかせてしまった私に、綾乃様がお怒りになるのは当然と言える。

もちろん言い逃れなどしない、私はただ誠心誠意頭を下げて許しを請うのみだ。


「姉さん・・・」


私の隣で一部始終を見ていたであろう左子は困惑した表情を浮かべていた。

プリントを丸めたこよりで、わざとくしゃみをするなど・・・本当にわけがわからないだろう。

もしもこの子が見た全てを綾乃様に話したら、私は裏切者として処分されてしまうかも知れない。

だが幸いな事に左子は何も話さなかった・・・元々無口な子だからか、黙って綾乃様の様子を伺っていた。


「もう・・・しょうがないわね」

「綾乃・・・様?」


お叱りを覚悟している私に対して、綾乃様の声は柔らかかった。


「顔を上げなさい・・・私は気にしてないから」

「でも、私は・・・」


言いかけた私の口に、柔らかいものが触れた。

しーっと言うように人差し指を立てた綾乃様の指先だ。


・・・たったそれだけで私は、魔法に掛かったように何も言えなくなる。


「確かにあの時は少し恥ずかしかったけれど・・・生理現象だもの、誰も右子さんを責められないわ」


やはり恥ずかしかったのは事実らしく、綾乃様は少し顔を赤らめながらはにかんだ。

普段の大人びた彼女の姿とは違った、少女らしいその笑顔に私は思わずにいられない。



・・・この人を護りたい、と。




ここは乙女ゲーム『Monumental Princess』を忠実に再現したかのような世界。

名門の学園、攻略対象の5人のイケメン達、発生するイベント・・・ゲームをプレイしていた私は全部知っている。



何の因果か、この世界に転生した私が選んだのは・・・



主人公である一年葵のハーレムフラグをへし折って、ライバルの綾乃様を勝たせる



・・・そんな生き方だった。

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