第4章 血族の嵐
第28話 成人の儀とお披露目(一)
高天原家当主の息子の《成人の儀》とお披露目は、通常15歳で行われる。誕生日からそう間を置かずに祝宴が開かれるのが慣例だ。
先月、四月三日で16になった直人が『今更』お披露目をされるというのは、かなり異例のことだ。
古くから続く名家において、慣例や前例というものは、暗黙の了解で『掟』に近いものであるからだ。
そして、その《成人の儀》は、次期後継者候補になったことを内外に知らしめることでもある。
だから、そのお披露目は通常正妻の男子一名か、そこに出生順の早い側室の男子が加わる程度という、限られたものだった。
後継者候補を絞ることで、「血筋として継承権がある」男子でも、成人の儀を経ていない者は、事実上次期当主の座から除外される。
ある程度候補者を絞っておかなければ、誰を担ぐかで高天原家の内部に亀裂が生じかねない――――大いに生じた《前例》があるからだ。
…のはずが、何で一層亀裂の種を蒔いてるんだよ…と、不本意な紋付袴姿の直人は胸の内で憮然と呟いた。
直人の立場は《高天原の漆》という第七子であり、当主・高天原識の五男だ。
直人を立てなくとも、《壱》の宗寿、《弐》の継人、《肆》の忍、《伍》の伊織というそれぞれ母親が異なる四名の男子が、既に同等の規模の儀式を行っており、乱立状態と言っていい。
そこに、新たに《不義の子》かもしれない五男の直人が加わるのだから、自分の身分や出世に関係しない者から見れば、非常に面白い成り行きだろう。直人は欠片も面白くないが。
直人だけなら、すっぽかせばいいだけの話だった。
当主や正妻の面子が潰れてもどうでもいいし、残念ながらこの程度で潰れてくれるような簡単な面ではないのが、政治家も媚びる権力者・高天原家当主でありその正妻なのだ。ムカつく。
やっぱり女の仕度は時間がかかるな…と思いながら待っていると、振袖姿の紅が慣れない草履でちょこちょこと駆け寄ってきた。
「わあ~!直くんすっごく格好いい!」
「すっごくは無い」
「うんうん、格好いいのは認めるんだね!そのくらいでいいんだよ。直くんって自尊心があるのか無いのかよくわかんないから」
別に認めているわけではないのだが、どうやら紅にとって直人は好みのタイプであるようなので、余程変な服装をしていなければ、何でも格好いいと言いそうだ。否定しても無駄のような気がする。
「髪の毛切ったんだね。イケメンが引き立っちゃうよ。クラスの女の子がね、直人君髪の毛切ればいいのにって言ってたから、もっとモテちゃいそうでちょっとジェラシーだけど」
「モテないし妬くな」
女子の「髪の毛切ればいいのに」は、「最低限見苦しくない頭にすればいいのに」という意味だ。直人は、中学三年の夏から散髪していなかったからだ。色々と面倒で。
「も~、直くんは、頭ポンポンで大人気になっちゃったんだよ?ダンクシュートなんて、みんなキャーって叫びまくるから、僕は耳がキーンだったよ」
そりゃあバスケ部でもないのにダンクシュートはレアだろうし、優勝したんだから男子も負けじと雄叫びを上げていた。でも、これも言っても無駄そうだ。
そんなことよりも、
「べに、綺麗だ」
「…………」
不動産的な価格の見事な振袖を見事に着こなしている、天女のような美少女の方が、明らかに称賛に値すると思う。
その名に相応しい深紅の地にふんだんに金箔を用いた花と蝶の柄の振袖は、始めから紅の為に反物から作られたかのように、よく似合っていた。
が、紅は、どっかの城の姫のようにお化粧した内側から、ぱあっと頬を染めた。…のも、とても綺麗だと思う。
「もーっ!直くんの天然殺し文句ーーー!!」
「何でだよ。反物やら帯やら小物やら、何でも似合う?って聞いてきて、俺が一番似合うって言ったやつにしたんだろ」
本当は、一流の呉服屋が勧めてくる品は、どれも超一流の品で紅に似合っていたのだが、『一番似合う』ものを直人が決定しないと紅が納得せず、振袖選びが永遠に終わりそうになかったので、結局直人の言う通りのコーディネートになったのだ。
「…でも、直くんって、いおくんみたいにペラペラなめらか~に女の子を褒めるタイプじゃないもん。だから一発の威力がすごいんだよ。撃ち抜かれちゃうんだよ」
伊織…ペラペラとか言われてんぞ。と思いながら直人はフォローした。
「伊織は社交性の権化だからな。男にも人気あるから、無駄にモテても男に叩かれない」
「へえ~、じゃあ男子にもモテてそうだねえ。ただでさえ、東千華学園高校の抱かれたい男ナンバーワンなのに」
「女子高生がそんなランキング作るなよ」
そこで、紅がぽふっと直人に抱き付こうとしたのだが、
「うわあああん!振袖って重装備すぎるー!この袋帯とかいうやつ何?鎧?直くんをむぎゅー出来ないー!!」
「…………」
直人は、宥めようといつも通り頭ポンポンをしようと思ったのだが、紅の髪の毛は綺麗にセットしてあるので、今触れると崩してしまうかもしれない。
サイドをアップにして、若い娘らしく上品なリボンの櫛を挿し、更にかんざしや小花のピンで飾っている。
後ろの長い髪は敢えて結わずに、濡羽色の滝のように背中から腰にかけて美しく流れ落ちていた。
「今は振袖着てろよ。お姫様みたいになりたかったんだろ?」
「……僕、お姫様に見える?」
「見える」
「ホント…?」
「振袖の姫なんて、べに以外に知らねえよ」
「うわあああん!直くんの天然タラシー!!」
「誑してねえよ。俺には、べにしか綺麗じゃない」
「……………………」
……俺今、とてつもなく気障な事言わなかったか?本当のことしか言ってないんだが。
と直人は思ったが、頬を染めた紅は、どうしてかしおらしく俯き加減だ。
「じゃあ…、直くんは、僕だけの王子様だよ…?」
紋付袴の王子って何だ。
でも、ふと思い出した。
魔法の時間が終わっても、王子は片方だけのガラスの靴を頼りに灰被りを見つけ出した。
紅は、魔法の時間が終わった後は、お呪いの時間だと言って、直人に軽蔑されるかも知れない、直人を失うかもしれないと思いながら、《本当の僕》を直人に見せようとした。
直人もまた、本当の紅に辿り付いた。そして、もう一度《依頼》の契約を結び直した。
(玄冬に《依頼》する。これからも、べにを、守って)
「柄じゃないけど、べにがそう思うのなら、思っていればいい」
「うん。ちゃんと柄だよ、王子様」
直人を見上げた笑顔は、嬉しそうで、幸福そうだった。
微笑を返した直人は、顔を上げた。
「ほう、ふたりとも見違えたな」
視線の先に、高天原家当主・高天原識とその正妻がこちらに向かってくるのが見えた。
紅の肩がビクリと震えた。か細い手が、キュッと直人の袖を握る。
「大丈夫だ」
紅にだけ聞こえるように、言った。
「玄冬が、べにを守る」
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