第3章 奪われた羽衣
第19話 高天原の伍――伊織(一)
直人にとって、前例のない事態に陥っていた。
今日は、球技大会だ。
直人は、中学校時代から学校行事にはほぼ参加したことが無い。球技大会は勿論、体育祭も、文化祭も、合唱コンクールも、全て不参加だった。
特に、運動系の行事については、直人の身体能力がチートだからだ。同じ理由で体育の授業も参加したことはない。
超人ぶりを発揮すると目立って面倒だ。力を抜いてぬるい時間を過ごすくらいなら、自己鍛錬の時間に充てた方がいい。
しかし、紅は学校というものを楽しんでいる、明るく前向きな、普通の女子高生だ。当然、友達と一緒に仲良く参加したいので、直人はそれに巻き込まれてやるしかない。
「直くんっ!今年はちゃんとバスケかバレーボールをやるんだよ?逃げちゃったらお風呂場に突撃しちゃうんだから!!」
「安心しろ。鍵閉めるから」
おお~と無責任にどよめく、特に男子。コイツら、自分が風呂に入っている時に妹に突撃してきて欲しいのだろうか?
「ずるいー!僕はお風呂入る時、絶対に鍵を閉めないからねっ!」
「お前は鍵を閉める習慣を付けろ」
ざわ、と揺れる教室の空気。
今のは、失言かもしれない。紅に説教する程度に、事故が発生したことがあると勘ぐられそうだ。否、既に勘ぐっている奴がいる。しね。
そんな訳で、直人はバスケットボールに参加することになってしまった。紅がバスケだというので、同じ体育館の方がいいからだ。
むやみに施設が充実しているこの学園では、体育館は中高学校それぞれに四つ存在し、放課後の運動部があぶれないようになっている。そのほかに武道館もある。贅沢だ。
「紅ちゃんって、運動神経いいんだな」
「足めっちゃ速い」
女子の試合を観戦している男子の話し声がする。直人も、同じ感想を持った。
学校に行ったことが無いと言っていた通り、ルールは覚えたがバスケそのものが上手いというわけではないのだ。
だが、手先から足先まで体の動きが器用で、俊敏だ。
また、動体視力がいい。バッティングセンターに連れて行ってやれば、剛速球に喜びそうだ。
それらの能力は天性のものなのか、何らかの訓練か経験の積み重ねで身に着けたものなのか。
取り敢えず、運動部からやたら勧誘が来そうだなと思いながら、直人は楽しそうな紅の姿を見ていた。
男子も、試合というよりも紅を見ている。
「ボクっ娘でも体操着でバスケやっててもお嬢様だよな。姫って感じ」
「ストレートのロングヘア、こう、くるっとターンした時にヒラッてなるのがいーわ、天女の羽衣っぽい」
バスケやる天女っているのか。
「美脚の天女だな」
「胸がいい感じに揺」
「どこ見てやがる?」
淡々とした、静かなのに不思議によく通る声の不穏な言葉に振り向くと、いつも通り無表情な高天原直人がいた。
「すみません!!見ません!!」
「土下座やめろ」
無駄に目立つのでやめさせたところで、試合が終わった紅が、その俊足で直人めがけて走って来た。
「直くん、勝ったよー!!」
「加速してダイブするな」
「えへへ、思い切り飛び付いても大丈夫って信じてたもん」
直人はよろめきもせずに受け止めたが、はしゃいだ紅がぎゅうと首筋に捕まっているので、ぷらーんと抱き上げたままになった。土下座よりも目立つ。
女子はキャッキャしているし、男子は羨ましそうだし、お前ら一体何を考えてるんだ。
「仲良しだね」
近付いて来る気配はわかっていた。
これだけふたりで人目を集めていても、こいつは単体で人目を集める。主に女子の。
「直人、久しぶりだね」
「そうだっけ」
「春休み前から会っていないよ?」
研究所に入り浸りの忍とは違い、
直人は特に用は無いし、伊織もそうだと思うのだが社交的だ。正妻に軽んじられた不義の子疑惑の直人にも、気さくに声をかけてくる。
直人の首筋に絡んでいた紅の手が緩んで、トンと爪先が床に降りた。
そして、直人相手に臆すことなく友好的に話しかけてきた、長身の男子生徒を見上げた。
「キラキラだねえ。君だぁれ?」
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