第20話 高天原の伍――伊織(二)
「キラキラ?ああ、髪の色なら、混血だからだよ。日本人とスウェーデン人とドイツ人の」
ライトブラウンの髪を軽くかき上げる仕種が、直人には見せ方が上手い奴だなと思うのだが、上手いだけにキャーキャー騒いでいる女子には刺さるのだろう。
そして、単純に顔がいい。
「そうじゃなくて、全体だよ。タテヨミ漫画だったら、絶対キラキラな感じに描写されてる王子か公爵かその息子辺りで、男でも綺麗な顔って連呼されてて、細っこく見えても脱げば何故かムキムキの胸筋とシックスパックが眩しいんだよ」
何だそれは。と直人が沈黙していると、伊織には意味がわかったようで、可笑しそうに笑って応じた。
「体育の着替えくらいしか脱がないから、女の子には見せないかな」
「うん。見せるのは学校の外で彼女だけがいいよ」
「べに。そのくらいにしておけ」
「ん。直くんが言うなら、このくらいにしておくよ」
「あはは、やっと自己紹介が出来るね」
伊織は笑って言った。
「初めまして、紅ちゃん。俺は《高天原の伍》高天原伊織。君や直人の2つ年上の兄だよ。よろしくね」
「ねえ、直くん」
紅が直人を見上げた。
「このお兄ちゃんは、僕がよろしくしても大丈夫なお兄ちゃん?」
そう言えば、紅はうっすら男が嫌いだと言っていた。
「まあ、いいんじゃないか?むやみに邪険にして敵を作るよりは」
「直人…普通に大丈夫だって言ってくれよ。俺は、ちょっと困った妹と違って、困ったことはしないんだから」
「困った妹?…って、は」
ちの
「べに。それは口にするな」
「ごめんごめん。俺がウッカリしてたよ」
しかし、伊織は声量を落としてコソリと言った。
「もう噂だけで不機嫌だ。紅ちゃんは当面会わせない方がいい」
「了解」
むぐぐぐ、と紅が抵抗したので、もう大丈夫だろうと思って、直人は手を放した。
「じゃー、よろしくだよ。いおくん」
「そう呼びたいの?いいよ」
「直くんって、きょうだいとはあんまり仲が良くないんじゃないかなあって思ってたんだけど、案外仲良しっぽいから」
「そう見えるのなら嬉しいよ。直人と仲良くしたいきょうだいの方が多い位なんだけど、直人は誰にでも無表情でつれないから」
……そう言えば、似たようなことを忍に言われたな、と直人は思い返した。
「違うよ。直くんは無表情なんかじゃない」
紅が、澄んだ声で言い切った。
「直くんは、僕が可哀想な子だから、僕がワガママでも困った子でも許してくれて、僕の傍にいてくれるんだよ。直くんは、とっても優しいよ。心が無い人間なんかいないのに、無表情だって決めつける人よりも、ずっと」
「…………」
伊織が言葉に詰まった所を、初めて見たと直人は思った。
紅の言葉を借りれば、困ったことがない人間はいないだろうし、直人が見たことがないだけなのだろうが。
「……そうだね。無神経な事を言ったね。ごめん、直人」
「別にいい。俺が無愛想なのは平常運転だから、伊織じゃなくても大概の人間はそう思ってる」
「紅ちゃんは、そう思っていないよ。きっと、継人兄さんもね」
伊織はそう言って笑った。そして、伊織もほぼ笑ってばかりだと直人は気付いた。
――――内心も笑ってばかりの訳が無いのに。
「ずいぶん懐かれたね、直人」
「失礼だね、いおくん」
また直人にぎゅっと身を寄せると、紅は伊織を軽く振り返り、艶麗に微笑した。
「懐いてるんじゃないよ。愛だよ」
「ふふっ、愛なんだ。直人が当主になれればいいね」
伊織はそう笑って立ち去った。
「何でかな?」
紅は、小首を傾げた。直人が実母の淑子とは険悪でも、同母兄の継人を特別に慕っているし、当主に相応しいと思っていると聞いていたのに。
「どうしたの?直くん」
「俺は、当主になる気は無い」
「じゃー、いおくんが言ったのってなぁに?」
「…………」
今、学校の球技大会ではしゃいでいる、『普通の』15歳の少女の笑顔を曇らせたくない。
「後で教える」
直人は改めて、高天原家が紅にとって一番危険な場所なのだと思い知った。
高天原家当主は、戸籍上の正妻以外に、三人までなら側室として正式な妻として扱うことが出来る。
戸籍制度が関与しない高天原家内部ならば、事実上の近親婚が可能なのだ。
大正、明治時代に遡れば、当主が姉や妹を娶った実例が存在する。
そのような近親婚の側室は、実際には正妻に匹敵する地位と、正妻以上の濃密な寵愛が与えられた。
古くから続く高天原家には、近親婚という純血の交わりは神聖なものだという信仰があり、財産の分散を避けるという実利的な側面もあった。
つまり、高天原家当主の息子達は、当主になれば姉妹を妻に出来るのだ。
父親である当主・高天原識でさえ、側室のうちひとりと『離婚』すれば、実の娘を、紅を妻にして子を生ませることが出来るのだ――――
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