第12話 JK天女

 直人が教室に入った瞬間、微かに緊張した空気が流れた。こういうのが鬱陶しいんだよなあと思いながら、適当に近くにいた男子に尋ねた。


「俺の席どこ?」

「え、えっと、高橋!」


 男子が助けを求めた『高橋』には見覚えがあった。中学校時代に生徒会委員をやっていたので、今はこのクラスの学級委員なのだろう。


「あ……その、こっちです」


 脅えた感じの敬語やめろ。と思いながら直人は「どうも」と返し席に着いた。

 直人は《はち》の柳子やなこと違い、高天原姓だからといって威張ったこともないのに、心外だ。


 チャイムが鳴る前に担任教師が教室に入って来て、雑談していた生徒達は慌ただしく自分の席に戻った。

 これは、直人がつい先程職員室で、さっさと来い少しでも遅れたら略、と言ったからだが。


 そして、教室が一気に華やいだような錯覚に陥る。――――否、錯覚ではない。


 眩いばかりに美しい少女が、すぐ傍にいる頭髪の乏しい教師が霞む感じに、可視化できそうな天女のオーラを放ってそこに立っていた。

 身に纏う制服が、深窓の令嬢風味のような神秘的で可憐な気品を引き立てている。紅の予告通り、間違ってもぱんつが見えそうなミニスカートではない。


 真逆だ。旧服のスカートが『膝頭が隠れる長さ』という校則なのを逆手に取って、まさかのロングスカート。

 ふくらはぎのラインで揺れる裾広がりのドレープが上品で、「ミモレ丈は流行遅れだけど、ピチピチの若い子が着ればお嬢様な演出が出来ちゃうんだよ!」だそうだ。


 つまり、直人としては、『よくわからないがよく似合っているし、何もしなくても目立つだろうに一層目立ってどうするんだ』と思うが仕方が無い。


 因みに、今朝は


「ねーねー直くん!似合う?」

「似合ってるんじゃないか?」

「僕が聞いてるのっ!」

「……ああ、似合ってる」

「可愛い?」

「そうだな」

「何それー!どうでもよさそうな感じーーー!!」


 腹違いの兄かもしれない男のコメントなんて、そんなに重要なものだろうか?重要とも思えないが、


「可愛いに決まってんだろ」(素材が美少女だから当たり前)

「うきゃあああ!!今度はサラッと決めてきたー!天然タラシーーー!!」

「誑してねえよ」

「じゃあね……今の僕、綺麗?」

「綺麗だ」(シンプルに答えることにした)

「……ホント?」

「本当」

「どのくらい、綺麗?」

「べにより綺麗な女って知らねえよ」

「うきゃあああああ!!殺し文句ーーー!!!」


 ……というやり取りを、やって来たばかりだ。


 因みに、似たような会話を、振袖を選ぶ時にもやった。

 着物と伊達衿の組み合わせ、帯とその付属品、髪飾りに至るまで、紅はいちいち直人の意見を聞きたがり、褒めて欲しがるので大変だった。

 《仕事》とは違う意味で、どっと疲れた。

 

 東千華とうせんげ学園の制服は高価なので、卒業生が不要になった制服を学校に寄付する制度がある。経済的な負担を抑えたい生徒は、それを安価で購入出来る。


 つまりお下がりなので、当然サイズ、特にスカート丈が校則通りにならず見逃された結果、現在はブレザーと同じフレンチブルーの旧服の台形スカートと、タータンチェックの新服スカートが、意図的な改造版も含めて女生徒各自の好みで着こなされている。


 男子には、特にそういう楽しみはない。ズボンはチェックとネイビーのの新旧二種類あるが、ズボン丈は自分に合わせて直さなければ格好悪い。


 紅が着ている制服は、旧服がベースをしたフルオーダーだ。

 華奢な肩から発育良好なバスト、そこから細いウエストのくびれに程よくにフィットしたブレザーは標準よりも丈が短めで、


「Aラインのロングスカートと合わせると、足が見えなくても脚長効果なんだよ!それに僕、既製品サイズだと肩やウエストがだぼっと余ってイマイチなんだよね。でも肩やウエストに合わせると、今度は胸のボタンがぱっつんで困っちゃうんだよ」

「あからさまに言うな」


 という訳で、腰まで滑らかに滑り落ちる長い黒髪と相まって、お嬢様を通り越して姫の趣。


「今日は、編入生を紹介する。えぇと……高天原さん」

「紛らわしいよ。同じ学年に3人もいるんでしょ?」


 教師は明らかに、高天原家のお姫様をどう扱ったらよいものか困っていた。

 クラス内も、直人が教室に入ってきた時とは別の意味でざわめいていた。掃き溜めに鶴すぎる。


「先生が故障してるみたいだから、自己紹介するね」


 和風美人を極めたようなお嬢様でお姫様が、元気に気さくな口調で言った。


「はじめまして!僕は、高天原紅。高天原っていう偉そうな名字でわかると思うけど、そこにいる《高天原の漆》の直くんとも、まだ会ったことないけど《捌》の柳子ちゃんとも、お母さんが違う妹っていう《設定》だからよろしくね!」

「……………………」


 こうして聞いてみると、かなり乱れた家に聞こえる。というか実際乱れた家だな、と直人は思った。一般生徒が沈黙する程の事はある。

  

「直く~ん!一緒のクラスなんだね!もうこれ運命だよ。僕のこと、ずーっと傍で守ってね!」


 紅がひらひらと手を振ると、クラスメイトのチラ見の視線が一気に直人に集まった。やめて欲しい。


 真面目に言えば、運命ではない。1学年12クラスもあるのに、異母兄妹を同じクラスにするほど教師は悪趣味ではない。

 物理的に離れていては守りようがないので、同じクラスになるように直人が手を回そうとしたのだが、無用だった。淑子の計らいだろう。


 好都合ではあったが、何かが引っ掛かる。

 本来ならば、外部の庶子に過ぎなかったはずの紅を、淑子は思ったより気に懸けているような気がするのだ。――――どんな理由で?


「直くんのお隣の君、お名前教えて?」


 直人は窓際の席なので、隣の席はひとつしか無い。

 急に話を振られて、濡れた宝石のような黒い瞳で見つめられた男子生徒は、一気に真っ赤になり、あからさまにぽーっと見蕩れた。


 そして、紅は男にぽーっと見蕩れられるのが嫌いだ。大丈夫だろうか?


「えっと、あの、坂口勇弥です」


 にっこり、お姫様が笑った。

「勇弥くんね!このクラスで、僕が名前を覚えた第二号だよ。第一号はお兄ちゃんの直くんだから、二番目でごめんね?」


 小悪魔的なウインク。

 絶対今、関係のない男まで撃ち抜かれたな。と直人は思った。 


「ねえ勇弥くん。僕ね、編入してきたばっかりで心細いから、お兄ちゃんの隣の席に座りたいの。僕に譲ってくれる?」

「ど、どうぞ」

「うん、ありがとっ!」


 紅、直人の隣の席をゲット。

 

「あ、僕の名前は、可愛くちゃん付けがいいな。くれないちゃんでも、親しみを込めてくれちゃんって呼んでくれてもいいよ!ちなみに、直くんは僕を『べに』って呼ぶけど、読み間違いじゃなくて、直くんが僕の特別だからだよ。だから気を付けてね?」


 くれちゃん、は初めて聞いたし、自分はそう呼んで欲しいとは言われなかったなと直人が淡々と思い返していると、紅は打って変わって艶麗に笑った。


「直くん以外が『べに』って呼んだら……殺すよ?」


 教室の温度が一気に下がり、ゾクリとする感覚がした。――――直人以外の全員が。


「なーんちゃって。みんな、これから仲良くしてね!」


 春の日差しのような笑顔に白昼夢は終わり、教室の和やかな時間が戻った。

 直人は、胸の内で呟いた。


「高天原家の娘……か」


 この国で神々の頂点に輝く、天照大神の統べる神の国の名を名乗る、不遜な一族。

 この、圧倒的な美しさと存在感は、確かに《高天原の玖》の称号に相応しい。

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