[顔怒涛   ]出力

蜃気楼怪獣ロードラ

[顔怒涛   ]出力

 昔から怖い話が好きだった。


 幼少期に妖怪モノの人気アニメシリーズに嵌ったのを切っ掛けに、学校の図書館で怪談本を借り漁り、テレビはあまり見ないのにたまにやる心霊特集の番組は必ずチェックし、ネットの掲示板で投稿された心霊写真の真偽を議論し、契約したサブスクは専ら往年のホラー映画専用になっていた。


 年を重ねてもそういったものへの関心は薄まることはなく、むしろ年代を経てアプローチの仕方が増えていくことで一層それに触れる楽しみが増していた。


 そんな中でも最近はホラー寄りの都市伝説の収集に熱心である。社会人になって自由な時間が減っていくなかで、短い文章で構成されることの多い都市伝説は、スナック感覚で触れることができるからだ。


 その日も通勤電車に乗るとルーティンのごとくスマホで都市伝説のまとめサイトの新着欄を閲覧していた。するとその中で一つのものが目に飛び込んできた。


『画像生成AIに決して入力してはならない言葉がある』


 画像生成AI、様々な写真やイラストのデータを収集・解析し、それを基に利用者が入力した文章を表現した画像を生成するものだったか。そのデータを巡って物議を醸しているらしいが、門外漢の自分にはそっちはさっぱりである。ただシンプルで印象に残る表題に強く興味を抱いた。


 検索してはいけない言葉というのは聞いたことがある。実際に検索すると猟奇・グロテスクな画像がでてくるものが多く注意喚起的に浸透したものだったはずだ。これも同じように利用者が意図しない画像が出力されたりするのだろうか?表題をタップして紹介ページを表示させる。


 内容は妙に簡素なものであった。種類を問わずあらゆる画像生成AIには入力してはならない言葉があり、もしその言葉を入力して画像を生成すると非常に恐ろしいことが起こるというのである。その非情に恐ろしいことが何なのか知りたかったのだが。どうやらこれを考えた人物は、話題の生成AIに纏わる都市伝説を産み出そうとしたが、表題以外のアイデアに煮詰まり、中途半端な形でネットの海に放流したのであろう。落胆して新着欄に戻ろうとしたが、ページの下部に他にはない文章があることに気付いた。そこにはこう書かれていた。




 どうしても知りたい人の為にその言葉をこの文章の下に隠しておきますので、反転させてみてください。ただしそのまま載せると大変危険なので少々変換しておきます。




 <<ん~、それでそっちもその言葉を見ちゃったんですか>>

「そっちもってことは?」

 <<はい、俺もそこ見ちゃいましたwいやあの書き方は気になりますよ>>

 Twitterを通じて知り合ったホラー好きの友人とDiscordを通じて会話する。仕事を終えてアパートに帰宅、夕食を済ませた後に彼とこうやってホラーを交えた雑談を週に何度かするのが日課になっていた。


 私のPCのモニターに共有された彼のPCの画面には画像生成AIアプリが既に起動した状態にある。かねてから彼が画像生成AIを利用していたことを知っていたので、今日見た例の都市伝説の話をふったところ、実際にやってみようじゃないかという話になったのだ。


 <<さすがに一人でやる分にはちょっと気が引けちゃうけど、道連れがいるなら大丈夫です!>>

「俺道連れなんですか!?」

 <<えっ?一緒に死んでくれないんですか>>

「骨は拾ってあげますw」

 2人でくだらない会話に花を咲かせる。こうした彼とのやりとりが楽しむことが、今でもホラーを追いかける原動力の一つになっていた。


 <<じゃあ実際に入れてみますか>>

 彼のPC画面のカーソルがアプリの生成ワードの入力欄に重なる。


[|      ]出力


 そしてあのページに隠されていた言葉が入力されていく、彼のキーボードを叩く音がスピーカー越しに伝わってきた。


[顔怒涛   ]出力


 そしてわずかな時間の後、出力ボタンが選択され、waitと表示された後に画像が彼と私のPC画面に表示された。


 <<…怒ってますね>>

「おっさんが怒ってる絵ですね」

 出力された画像は激怒した表情の成人男性の顔のアップであった。波飛沫が背景に書かれていることから場所はどうやら海辺らしい。

 <<怒った顔は分かるけど海なのは何でなんですかね>>

「たぶん怒涛って言葉が元々強い波を意味するからかと」

 <<へー、じゃあむしろ何で怒ってるんだw>>


 この『顔怒涛』という言葉があのページに隠されていた言葉だ。あそこに書かれていたことを信じるならこの『顔怒涛』という言葉を何らかの方法で変換して、元の入力してはならない言葉に戻してやる必要がある。その元の言葉を見つけるが今回の趣旨だ。


 <<アナグラムか何かかな?>>

「とりあえずローマ字にしてみません?」

 <<ローマ字だとKAODOTOU…>>

「あ、最後のUはいりません、DOTOで怒涛になったはず」

 <<へ~そうなんですか、じゃあKAODOTOになるんですね>>

「安直だけど逆から読んでみるとかかな?」

 <<逆からだとOTODOAK、おとどあ…くでいいのかな?>>


 適当に出してみた言葉を彼が入力欄に入れていく。


[おとどあく  ]出力


 今度は躊躇することなくすぐに出力ボタンが押された。出てきた画像には手前に開かれたドアがあり、ドアの向こうの空間からは大量の音符がこちらに流れ込んでくる様子が描かれていた。


「音、ドア、く…ってことですかね?」

 <<音とドアしかないけどくの要素はどこにいっちゃったんですかねw>>

 どうやらハズレらしい。そもそも元々の出典も分からない話だ。本当に正解があるかどうかも怪しく感じられてきた。


「やっぱり眉唾物だったんですかね」

 <<う~ん、でももうちょっとすれば何か出てきそうなんですよね>>

 いつになく彼が真面目に考えている。変な探求心に火が付いてしまったのだろうか。

 <<最後がKになるのが違う気がするんだよなあ…>>

 悩む彼の声と同時にペンか何かで書く音がスピーカーを通して聞こえてくる。実際に文字を書いて色々試しているようだ。


 <<…これかな?>>

「何か出ました?」

「最初のローマ字の並びから母音と子音とをセットにして逆にしてみたんですよね」

 そうして彼が苦心して導き出した言葉をアプリの入力欄に入れていく。


[とどおか   ]出力


「とどおか…トドのキャラクターですかね?」

 <<水族館のマスコットみたいな名前ですねw>>

 そう言いながら、彼は三度アプリの出力ボタンをクリックした。



 出力されたのは不可思議な画像であった。トドではなく人間、成人男性の顔のイラストが出力された。中央ではなく左斜め前から書かれており、目はこちらの方を向いて小さく口を開けて笑っている。髪型は短めで髪の色は栗色、服装はYシャツの上に黄土色のジャケットを羽織っている。妙なのはこれまでの画像は長方形だったのに対し、この画像はTwitterアイコンのような円形で表示されている。


「…この人がなんですかね?」

 明らかにこれまでと違う画像が出てきたせいか、少し声が強張っているのが自分でも感じられた。彼はどう思ったのか気になったのだが…


「…………」


「…………」


「…………?」


 彼からの返事がない。

「もしもし?どうしました?」

 思わず大きな声をかけて見るがやはり返事はない。回線の不調を疑ったが、Discord上の表示は正常であり、実際に彼のPC上の時刻表示を見ても問題なく動いている。


「もしもし!?もしもし!?」

 いくら呼びかけても返事はない。回線が問題ないとすると彼自身に何か起きたのであろうか?不意の失神?意識障害?あまり考えたくない単語が頭を過っていく。募る不安からか呼びかけを続ける。

「もしもし!!もしもし!!」

「意味ないで」

「うわっ!」


 不意に声をかけられ思わず仰天してしまう。彼の声ではない。聞いたことのない男の声だ。関西弁のようであった。しかもスピーカーを通した声ではなく、ごく至近距離から言われたように鮮明に聞こえた。


 …誰が?当たり前だがこの部屋には自分しかいない。玄関には鍵をかけてあるし部屋の戸も閉めてある。先ほど会話に夢中だった時でも、侵入者がいたらさすがに気付くはずである。さらに奇怪なことに声は前方から聞こえた。前方にあるのは机とPCだけで後は壁だ。思わずPCを見るが表示されているのはDiscordで共有されている彼のPC画面、画像生成アプリと先ほど、とどおかという言葉で出力した男のイラスト。


 その時違和感に気付いた。イラストの男が口を閉じているのである。笑顔なのは変わらないが、さっき見た時は確かに口を開いていた。記憶違いであろうか。だが先ほど出てきたこの画像を観察した時には、確かに口は開いていたはずであ

「ちゃんと書いてあったやん」

え?

「非情に恐ろしいことになるて」



「うわああああああ!!!!!」

 こいつだ!このイラストの男が口を開いてこちらに話しかけてきたのだ!その瞬間これまで感じた事のない恐怖を味わった。こちらに向けられた目をみていると、どこかに連れていかれるような寒気を感じ思わず飛び退いた。その拍子でバランスを崩し、PCの電源コードに躓き、弾みでコードがPCから外れてしまう。途端にブゥンという音がしてPCが停止するが、そんなことに構っていられなかった。一刻も早くこの場から逃げ出したい。部屋のドアを開け、短い廊下を駆け、玄関の鍵をがむしゃらに開けて飛び出した。走った。ただ少しでも遠くへ逃げることしか考えられなかった。




 我に返った時には隣町で、既に明け方になっていた。人間というのは便利なもので太陽を見ると恐怖がだいぶ和らいでいるのを感じる。それより彼がどうなったのか、心配する気持ちが胸を支配していった。財布もスマホも持たずに出たので徒歩で帰るしかなかった。アパートに着いた頃にはすでに出勤時間を過ぎていたので、やむを得ず会社に体調不良を理由に欠勤を申し出た。部屋に入るのには最初抵抗があったが、アパートの他の住人が普通に行き交っているのを見て、自分も大丈夫と言い聞かせ玄関を開けた。


 当たり前だが昨夜飛び出た時のままである。鍵もかけず、電気は付けっぱなし、そして電源の抜けたPCは動作を停止したままである。再び電源を入れようかとも考えたが、あのイラストと声が脳裏にちらついてその考えを捨て去る。熟考したがPCはその日のうちに処分した。


 それよりも彼が無事かどうかである。スマホでTwitterを開き祈るように彼のアカウントを確認しようとするが…彼のアカウントが見つからない。フォロー欄にもフォロワー欄にも載っていない。ならばとアカウント名を検索するが。


「@〇〇〇〇〇〇」の検索結果はありません


「…どいうことだよ」

 最後の手段として自分が彼に送ったリプライから直接飛ぼうと自分の投稿を遡っていくが…見つからない、昨日の彼とのやり取りが無くなってる。彼の投稿だけでなく、自分の彼へ送ったリプライまでない。まるで彼のアカウントが最初から存在していなかったかのように。


 その時、あの都市伝説サイトに書かれていた一文が頭の中に浮かんできた。

 もし入力して画像を生成するとが起こる。


 あの夜から1カ月が経過した。未だに彼の所在は確認できていない。もしかしたらネット上にいないだけで、現実世界では何事もなくやっている。そんな風に願うしかできなかった。


 しかし彼の事を考えると同時に、あの生成された画像のとどおかという言葉から生成されたイラストが思い起こされる。なぜ彼と違って自分の身には何も起きなかったのか?自分はあのイラストを見ただけで、生成したのが彼だったからなのか。あのイラストの男が、彼という存在を消してしまったのだろうか。


 先ほど自分の身には何も起きなかったと言ったが、実際にはしばらくしてからある変化が自分にも起きている。少しずつだが、着実に彼の事を忘れ始めている。もし自分の中からも彼の存在が消えてしまったら、本当に彼がいたことがこの世から消え失せてしまうのあろうか。


 そんなことには絶対にあってほしくないが、現実には既に彼の名前も思い出せなかった。

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