第7話 これからどうする

ーーうう、重い…。苦しい…。助けてくれ。体が動かない。誰か、だれか…。


苦しい思いでハッと目が覚める。先ほどの夢のせいか、ひどく汗をかいていた。


気分を落ち着けるように息を吐くものの、上手く呼吸ができない。


その原因である、自分の腹の上にある物に目を向けた。


「おい!!何回言えば分かるんだ!いっつもいっつも!重いって言ってるだろう!!」


そいつをグイッと押してベットから突き落とす。


なんてことのないように、トンっと地面に降りたそいつは、悪びれもせずに、ふんっと鼻息をはいた。


「こんな起こし方しなくても、ちゃんと起きるってば!!」


こちらの世界に来てから、毎日のようにこうだった。


カピバラもどき、もといカイとの攻防は、毎日のように続いていた。


カイは、朝になると必ず俺の部屋に侵入してきては、毎回腹の上に乗ってくるのだ。


元の世界のカピバラは、かわいらしく癒し系というイメージがあったが、こいつのせいで大幅に下方修正させられた。


ぼーっとした顔も、こちらを馬鹿にしているようにしか見えない。というか、実際に馬鹿にされていると思う。


そうして、こちらの言葉など聞こえていないかのように、カイは部屋から出ていった。


ーーくそっ!ちょっとは謝れよ!


いつものように悪態をつきながら、ベッドから起き上がる。


カーテンを開けると、真夏の強い光が体を刺した。


日差しは暑いものの、風が吹くと涼しさを感じるくらいの暑さである。


家の中はひんやりとしており、クーラーなどなくても快適に過ごせている。


あの買い出しから、数日が経った。


俺は、アウラさんの家の横にあった、物置小屋で寝泊りさせてもらっていた。


元々客人が来た時に使えるよう、綺麗に整頓されていたこともあり、何不自由なく過ごさせてもらっている。


町で買った服に着替え、小屋を出る。


前に広がる畑を横切って、アウラさんの家に入ると、中からおいしそうな匂いがただよってくる。


「おはようございます。」

「おはよう、ソータ。ちょうどお湯が沸いたところよ。紅茶でいいかしら?」

「はい。あ、手伝います。」

「大丈夫よ。座っていて。」


アウラさんの言葉に甘え、テーブルに座ろうとすると、足元にあの茶色い毛玉が見えた。


バクバクと野菜にかじりつくカイは、さっきのことなど忘れたかのように、俺に見向きもしない。


ーー覚えてろよっっ!


そう胸の中で悪態をついて、席に着く。


するとすぐに、おいしそうな朝食が目の前に並べられた。


「お待たせ。今日は、昨日取れたディルテを使ったスープよ。召し上がれ。」

「ありがとうございます!いただきます!」


早速スープに手をつける。


コーンスープのような見た目のそれは、野菜の味がぎゅっと詰まっていてとても美味しい。


「美味しいです!」

「それなら良かったわ。」


アウラさんは、本当に料理が上手い。


この前の昼食に作ってくれた、パスタのような料理も、お店の味のように美味しかった。


朝から贅沢すぎる食事を満喫し、今日の予定を考える。


この世界にいる間、俺には特にすることがない。


アウラさんは仕事があるから、残念ながらずっと一緒にはいられない。手伝いを申し出ても、やんわり断られてしまった。


というか、アウラさんは仕事をしながら俺とカイにご飯を作り、家事もこなすハイスペ女子なのである。特技もろくに持たない俺が、手伝えることなど皆無であった。


このままでは、ごろごろと無為に時間が過ぎていってしまう。


そうした焦りから、せめて何かやることを見つけようと、色々と考えているのだが、いいアイディアは浮かばず今日に至るのであった。


「今日は仕事をするから、一日中、部屋に篭ってると思うわ。」

「分かりました。」

「お昼はサンドイッチを用意しておいたから、お腹が空いたら食べてね。」

「何から何まで…。ありがとうございます。」


その気遣いが、胸に突き刺さる。


「あまり遠くまで行かなければ、外に出ても大丈夫だから。好きに過ごしてね。」

「分かりました。」



朝食を食べ終えると、アウラさんは2階の自室に戻って行った。


さて、俺はどうしようか。


元の世界にいるときも、特段趣味があったわけではない。


最近は仕事ばかりで、休みはほとんど寝ているばかりだった。


ーー色々やりたいこともあったはずなのに、いざ自由になると、途端に思いつかないものだな…。


ただ座って考えてるだけでは埒があかない。


アウラさんも、外に出てもいいと言っていたので、せっかくだから周りを散策してみることにする。


玄関の扉を開けて外に出ると、真上に差し掛かりそうな太陽の光が燦々と照りつけていた。


ーー暑いけど、向こうより全然マシだな…。


元の世界での、強烈な日差しとアスファルトの照り返しを受けながら、人混みを歩いていたことを思い出す。


アウラさんに聞いたところ、時間の数え方や1日、1年の長さは、こちらと向こうで違うところはなかった。


つまり、こちらで1日過ごす時間と、向こうで1日過ごす時間は同じと言うことだ。


こっちで1年過ごしたら、向こうでも1年過ぎる。


精霊の力とかいうやつが切れて、俺が元に戻るとき、おそらく向こうの世界も同じだけ時が進んでいる可能性が高い。


アウラさん曰く、上手くいけば、こっちに来た日に戻れる可能性もあると言う。


ただ、さすがに戻った人の証言は残っていないため、断言はできないそうだ。


向こうでは、神隠しにでもあったと思われているんだろうか。急に息子が消えたと言われたら、両親も心配するだろう。とはいえ、今の俺にはどうしようもできないのだが。


望んで来たわけでもなく、望まれて来たわけでもない。本当に偶然、たまたま事象が起こった時に居合わせただけ。


それでこんな目に遭うなんて、たまったものではないのだが、精霊とはそういうものだから、諦めるしかないのだと言う。


今も、この森には精霊が集まっていて、不思議な力で何やかんやとしているらしい。


それを観測し、記録するのが、代々この森を守護する者の務めなのだそうだ。


正直、疲れ果てた現実から逃げたいと思ったことはある。だがこんな目に遭うとは、想定もしていなかった。


ーーまったく!!お前たちのせいで!!


そう思って何もない宙を睨みつけるも、精霊とやらは見えはしない。


そう、あれこれと考えているうちに、かなり遠くまで来たようだった。


森の中は一本道だったので、ずんずんと進んできたのだが、さすがにそろそろ戻らないといけないだろう。


歩いてきた一本道を引き返す。


この森は、変なキノコや光る植物など、元の世界では見たことがないものが生えてるけれど、それ以外は普通の森のように見える。特に獣などもいないようだし、安全な森なのだろうか。



しかし、進めどもすすめども、家にたどり着かない。むしろ、ずっと同じ場所をぐるぐると回っている気さえした。


さすがに、何かおかしいと気づくものの、どうすることもできず、ただ足を進めることしかできない。


家は、一向に見えてこない。

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