第6話 港町ポートウェン

ドラゴンは、町から少し離れた森の中に降りたった。


やはりドラゴンは希少なようで、むやみに人前に姿を表すと、色々と面倒なことになるんだとか。


ーーそんな希少なドラゴンを、町に行くだけで呼び出せるアウラさんって何者なんだろう?やっぱり魔女ってすごいのか?


ドラゴンに話しかけているアウラさんへ、疑問の視線を投げかけたところで、答えは返ってくるはずもない。


アウラさんと一言、二言話したドラゴンは、バサリと翼をなびかせて、また空へと飛び上がっていった。


「また帰るときに来てもらうようお願いしておいたわ。それじゃあ、行きましょうか。」

「はい!」


鬱蒼とした森から少し歩くと、大きな土の道に出ることができた。


どうやら、これが町まで繋がっているらしい。


遠くに人影が見えるので、そこそこに人通りがあるようだ。


道の周りに生い茂る木は、家の近くにあったものとはまた違う形をしている。


とげとげとした葉を持つ木や、網のようなごつごつとしたものなど、まるで南国のような雰囲気を感じた。



だんだんと町に近づくにつれて、人通りが多くなってくる。足元も、ただの土の道だったものが、石が敷き詰められたものに変わっていた。


町の入口が見えてくると、そのの前には、いかにも兵士然とした男が、二人立っていた。


「あの、今更ですけど、僕って町に入っても大丈夫なんでしょうか?」

「ええ、大丈夫よ。」

「でも、この格好怪しくないですか?」

「そんなことないわ。この町は他国との貿易も盛んで、いろんな人種、恰好の人が集まる場所なの。心配いらないわ。」

「ならいいんですけど…。」

「もし何かいわれた時は、私の知り合いって言えば大丈夫よ。」

「分かりました。」


アウラさんの言うとおり、入口に立つ兵士達には、町に入る目的を聞かれただけで、別段咎められることもなく、すんなりと町へと入ることができた。


あまりにも簡単すぎて、少し拍子抜けである。


「さて、じゃあまずは服を買いに行きましょうか。他にも、必要なものとか、気になるものがあったら遠慮なく言ってちょうだいね。」

「はい、ありがとうございます。」


そうして最初にやってきたのは、アウラさん御用達の服屋だった。


カランカランとドアのベルを鳴らして店内に入ると、店員の女性がこちらに気づいて声をかけてきた。


「いらっしゃい!って、アウラじゃない。」

「こんにちは、カーラ。元気そうね。」

「ええ!そういえば、この前買い取った刺繍!評判良くて、すぐ売れちゃったわ!」

「あら、そうなの?嬉しいわ!」

「やっぱり、アウラの腕は一流ね!今日も新作を持ってきてくれたの?」

「いいえ、まだ作っている最中だから、またできたら持ってくるわね。今日は彼に合う服を見せてもらいに来たの。」

「あら、そうだったの。…そちらは、アウラの知り合い?」

「ええ。こっちに来たばかりだから、色々揃えないといけなくて。そうね…。5~6着ほどお願いできる?」

「分かったわ。何か好みとかあるかしら?」


店員の女性から、いきなり話しかけられて面食らうも、特段服にこだわりはない。


異世界のファッションがどういうものかも分からないし、ひとまず、おまかせでお願いするのが良いだろう。


「特にないので、おまかせしてもいいですか?」

「あら、そう?じゃあ奥から取ってくるから、その間、そこに並んでる新作でも見ていってちょうだい。」


そう言い残して、店員はバタバタと奥に走り去っていった。


店員が指し示した先には、色とりどりの服が並べてあった。


「気に入るものがあれば、なんでも言ってちょうだい。」

「はい…。あの、さっきの刺繍っていうのは?」

「ああ、服やハンカチに刺繍したものを、ここで買い取ってもらっているの。」

「へー。それって、魔女であることと何か関係あるんですか?」

「いいえ?ただの趣味なの。」


ーー…趣味?


目の前にある服をちらりと見る。


鮮やかな糸で細かく刺繍されたそれは、とても趣味レベルでできるようなものとは到底思えない。


アウラさんは、これと同程度の物を作れるということなのだろうか。


ーーこんなものを作れるなんて…。アウラさんって、なんでもできるのか…?


また一つ知ったアウラさんの謎を考えながら、目の前の服を見ること数分。


先ほどの店員が、奥から顔を出した。


「お待たせ!来たばっかりだって言ってたから、とりあえず必要そうなの一式持ってきたわ。」

「ありがとう。さすがカーラね。頼りになるわ。」

「服のことなら任せてよ!多分、サイズも大丈夫だと思うけど、ちょっとこっちで試してみてくれるかしら?」

「はい、分かりました。」


カウンターの隣には試着できるスペースがあり、そこに通される。


「これとこれと、あとこれね。じゃあ、ごゆっくり。」


シャッとカーテンが閉じられる。


中には全身鏡が置いてあり、日本の試着室と同じような造りになっていた。


手渡された服を着てみたが、中々悪くないように見える。


アウラさんと同じような、白いシャツと茶色のベスト、それに黒っぽいズボンを合わせている。


なんだか一気に、この世界に溶け込んだかのように感じる。


服を着たままカーテンを開けて出ると、店員がすぐさま反応し、駆け寄ってくる。


「サイズは大丈夫そうね。腕とかきつかったりしない?」

「ええ、大丈夫そうです。」

「なら良かった。じゃあ、他のも同じサイズで揃えるわね。こっちで選んじゃっていい?」

「はい、お願いします。」


正直、ファッションが分からない俺からすれば、選んでくれるのはとてもありがたかった。


「ソータ、こっちの服も似合ってるわ。」

「ありがとうございます。」

「この服は、このまま着ていく?」

「そうですね。さっきの服は、ちょっと窮屈なんで。」


そうして、着てきたスーツと新しい服を包んでもらい、店を出た。


結構な荷物になったが、この後も色々と買うことを考えると、大丈夫なのだろうか。


すると、アウラさんはおもむろに荷物を持ち上げ、肩から下げていたショルダーバックに入れようとした。


「いやいや、いくらなんでも、そんな小さいバックに入る訳…。」


と思ったのだが、見る見る間に、荷物がカバンに吸い込まれていってしまった。


「ア、アウラさん。それ、どうやったんですか?」

「うん?このバックはね、ちょっと特殊で、拡張魔術がかけられているの。」

「そ、それって皆持ってるものなんですか?」

「うーん、皆ではないわ。持ってる人はいるにはいるけど、あんまり人には言えないわね。」


そう言うと、アウラさんはおもむろに手を上げ、人差し指を濡れたように赤く色づく唇に当てた。


そしてこちらを向くと、少し首を傾げながら、怪しげで、でも一目で魅了されそうな妖艶な表情でこう言った。


「だから、秘密、ね?」


ーーっっっっ!!!


あまりの衝撃で動揺した俺は、じっと固まり、正気を保つのが精一杯であった。


この場で声をあげず、身悶えしなかった俺を、誰か褒めて欲しい。


この後の記憶はおぼろげで、ほとんど何も覚えていない。


買い物を終え、夕日に照らされるドラゴンの背に乗りながら、俺たちは帰路についたのであった。

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