第五傷 痛み、痛みを集めるために 第44話

「ほら、怪我治すから脱いで」


 零らは食事を終えると、恒例の還太朗の怪我を治す時間がやってきた。


「お、おう」


 還太朗は恥じらいながら、パンツ以外の全てを脱ぐ。

 脱いだ服は綺麗に畳む。


「筋肉付いたねーボディビルダーみたい」


――観察すな‼


 還太朗は心の中でそう叫ぶ。


 恥じらいをみせる還太朗に反して、見慣れている零はけろっとしている。

 幼い頃から見ているので、零にとって恥ずかしい行為だと思っていない。


――妙齢の女なんだから、ちょっとは意識しろよ‼

  俺って男として意識されてねえの?


「引っ越しのバイト始めたから、筋肉が自然とつくんだよ」


「そっか、還ちゃんの身体は丈夫な方だけど、ぎっくり腰だけは気をつけてね。

治したくないから」


「わーっとるわ、そんな年齢じゃねえし」


「でも十代前半の子で、ぎっくり腰を二回? だか三回体験している子がいるみたいよ。何かで見た」


「何かって何だよ。さっさと始めようぜ」


「今日は胸部が酷いね」


「肋骨がやべえ」


「何で殴られたの? すっごい青くなってるけど」


 還太朗の大きく育った胸筋周りには、皮下出血が密集している。

 他にも打撲の跡などがあるが、一番酷く痛ましいのが胸周りだ。


「一升瓶で殴られたんだ。骨折れってかも。

 薬飲んでから治せよ」


「ちゃんと食後に薬を呑んだから、効いてるはず。

 それにしてもお兄さん荒れてるね。受験生だからかな」


 零は細い腕を捲る。


「どーだろうな。クソ兄貴のことなんか、知らね」


「じゃあ、治すね」


「ああ、気を付けろよ。零の治せる範囲でいいから」


『痛いの、痛いのさようなら』


 そうおまじないを唱え始めると、零の瞳とてのひらがサイレンの如く赤く発光する。そのまま、還太朗の身体にそっと触れる。


『痛いの、痛いのさようなら。痛いの、痛いのさようなら――』


――嗚呼……痛みが徐々に取れていく。その分、零が痛い思いをすんのか……。




「はい、治したよ」


 猛烈に痛いはずなのに、零は笑顔で還太朗の背中を叩いた。


「ありがと。零、身体はどうだ?」


「こんなのへっちゃらだよ。いつも治してるんだから、これくらいじゃへこたれません。慣れだよ、慣れ」


――そんなのに慣れる必要なんてねーのに。俺のせいで……。


「まさか、申し訳ないとか思ってない?

 これは、わたしと還ちゃんのためののためなんだからね。

 それより還ちゃんの身体の方が心配。うち泊ってく?」


「ああそうする」


 還太朗が服を着始めた時、還太朗の携帯が鳴った。

 還太朗の携帯は兄のおさがりの携帯スマホだ。

 携帯を開き、還太朗の血の気が引いて行く。


「もしもし、どしたん兄貴」


 還太朗は急いで電話に出た。込み上げる恐怖で声がうわずる。


「兄貴じゃなくて、お兄様だろぉ‼」


 電話越しからでも唾が飛んできそうな勢い。

 絶叫に近い、怒号。


「早く来い‼ 生意気なんだよ‼」


「……わかった」


静かに電話を切る。


「ごめん、俺、帰んないとだわ」


「お兄さん、いつもの倍荒れてるね。

 気を付けて、命だけは」


 まるで戦へ出る主人を見送るような言い草。


「分かってる。俺、身体だけは頑丈だから心配するな」


「今日、お母さん夜勤だから、夜になったらうち来てよ。また治す」


 地獄を目前としている時に、零の優しさが染みる。


「ああ、頼む」


「うん。エプロンはいつもんとこ置いといて、洗うから」


「ありがとうな」


 還太朗は走りながら着替え終え、同じマンションの自宅へと戻った。

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