第四傷 最期の、最期の復讐と約束 第43話

 利一に連れてかれた場所は、思っていた通りあの廃墟ビルだった。

 警察がキープアウトのテープを張り巡らせ、救急車が近くに止まっている。

 利一は不信感を覚えた。


「どーしたんですか? きいろは?」


 入り口にいた警官は利一だとわかると、かぶりを振った。

 そして、きいろの遺書とトマトジュースを渡す。


「九十九 利一くんだよね。

 これ近くに置いてあったよ」


 一目見るなり、利一の顔はさーっと真っ青になる。


「遺書って……きいろは死んだんですか? 殺されたんですか?」


「自害されたんだ。ご両親にも連絡したからもう少しで来るらしい。

 それまでに中、読んだ方がいいよ。君について書かれてるから」


 利一はガタガタと震えた手で、遺書を開けた。

 文章を読むのが得意な方ではない利一だが、火事場の馬鹿力という奴で一瞬で読み終えた。

 読み終えたあと、利一は膝からカクンと崩れ落ちる。

 地面に四つん這いになりその場で嘔吐した。

 濁音交じりの嗚咽が痛ましい。


「九十九、くん?」


 零はあくまでも知らない体を装った。吐瀉物を踏まないよう、片足を上げる。


「俺が、俺が、沙々も、きいろも殺したんだ‼

 俺のせいで‼ 俺のせいで‼」


「九十九くん。君のせいじゃない」


 警官の人に慰められるが、利一はぼろぼろと涙、鼻水と唾液を流す。


「俺のせいだ、俺が、俺が……‼」


「最後まで読んでくれ。

 君に生きて欲しいと書いてあるじゃないか。

 君は強くいきていかなければならないんだよ、九十九くん」


 ポジティブ発言は、今は傷口に塩を塗るだけだ。


「うっ゛うわ――――――――――――――――――――――――――――っ」


 利一は雄たけびを上げる。

 警官が号泣する利一の背中をさすった。

 そうしている間にきいろの両親が到着。


「きいろは⁉」


「今、病院に運ばれましたが、亡くなってから時間が経過しているので……」


 歯切れ悪く警官は言う。


 きいろの母親も利一のように泣き崩れる。


「病院はどこの病院ですか?」


 きいろの父親が警官に詰め寄る。


「駅前の病院に搬送されました」


「行くぞ。利一くんも来るかい?」


「……行きます」


 利一は懸命に切り替え、きいろの両親の車で病院へ向かった。


「君は?」


 残された零に警官が声をかける。


「……クラスメイトです。何か知らないかと訊かれていました」


「そうか……残念だね」


「実感が湧きません。わたし、帰ります」


「気を強く保って、気を着けて帰るんだよ」


 警官は零を優しく送り出してくれた。

 零はきいろの復讐が見れて、満足した。




 マンションに帰り、零はすぐさまエレベーターのボタンを押す。

 母親には階段を薦められているが、階段は疲れるし、気を抜くと転ぶので、母親にナイショでエレベーター一択だ。

 思えば陸上部に在籍しているが、ハードルが苦手なのは階段が苦手なのと根本が同じ気がする。


 自分の部屋に向かう途中、カレーの食欲をそそる香りが風に乗って鼻をくすぐる。


――今日はカレーだ‼


 零はルンルンで鍵を開けた。


「ただいまー」


「おかえり」


 出迎えてくれたのは、エプロンを身に着けた還太朗だった。

 柔らかい表情や声からして、学校での顔とは別人と疑いたくなる。


「今日カレー?」


「ああ、匂いか?」


「うん。いい匂いした」


「早く手洗ってこい。うがいもしろよ」


「わかってるぅ」


 零たちはまるで家族のような会話を交わしてから、洗面所へ足を運ぶ。

 洗面所の台の上には、三つのコップと歯ブラシセットが並んでいる。

 母親、零、還太朗の順番。


 言われた通りに綺麗に手を洗い、うがい薬でうがいをする。

 カバンを自室に置いてから、リビングのテーブルに着いた。


「はい、甘口」


「わーっ、分かってんじゃん」


「何年一緒にいると思ってんだよ」


 二人分のカレーと前菜を配膳すると、二人は手を合わせる。


 零はにこにこと笑顔でカレーを食す。

 その様子を見て、還太朗も顔をほころばせた。




 そう、これこそが還太朗の裏の顔なのであった。

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