第四傷 最期の、最期の復讐と約束 第36話

 きいろと利一が付き合い始めたことはあっという間に広がった。

 元々、利一が他校の人間の中でも有名人だったというのが大きいだろう。

 きいろが付き合って、きいろに想いを寄せていた人は陰ながら涙し、友人たちは喜んで歓迎してくれた。

「沙々の同盟は卒業したんだ」という声や「沙々の代わりとして付き合ってる」など賛否分かれる反応を受けた。

 それから利一とデートを重ねているうちに、月日が流れ、ゆっくりと二人で日常に戻っていった。


 そんな平和が戻りつつあった中で、きいろは突然、零を遊びに誘った。

 もちろん二人切りでの誘いだ。


「急に呼び出して、ごめんなさい。

 俺以来、関りがないから寂しくてね」


 きいろは駅前に集合場所を指定した。

 ゴールドチェーンの黒い革のカバンに、全身を黒のコーデに包んだきいろが先に着いていた。

 恰好を事前に聞いていたので、休日の駅前でもきいろと一目でわかった。


「遅くなって、ごめん、ね」


「いいのよ、いいのよ。時間通りだから、行きましょ、行先はもう決まっているの」


 そう言って、零と合流するなり出発した。

 きいろの表所はどこか吹っ切れてさっぱりとした顔つきだtった。

 濃い化粧といい、口調や仕草からどこか大人の女を感じる。

 いつもと違う、その違和感が零の心をざわつかせた。


 そう言って連れてかれた場所は、廃墟になった五階建てのビルだった。

 人気がなく、通行人もいない細い道が前に通っているだけ。

 入り口に立ち入り禁止とテープが張られていたが、不良たちが開拓したあとが残っており、スムーズに入れた。


栗栖クリスさん……こんなことして、いいの? 不法侵入、だよ」


「いいのよ。最期くらい悪いことをしても罰は当たらないわ」


 そう一蹴して、おどおどと怯える零には取り合ってくれない。

 歩く度にきいろが提げているビニール袋がシャカシャカと擦れる音がする。

 そして二人が階段を上る音だけの音がビルの中に反響し、恐怖が倍増する。


「何度も、来たことあるの?」


「ええ、いい所を知っているから、教えてあげる」


 堂々と歩くきいろの後を零が身体を縮こませながらついて行く。


「ここ」


 そう言ってベランダのドアを開けた。

 ピョンときいろはベランダのサッシを越える。


「おいで」


 零はためらったものの、ベランダにまばらだが椅子やテーブルが置かれており、人がいた痕跡が残っているのを確認して、そろりそろりとベランダに入った。


「ようこそ。わたしのバーへ」


「ばぁ?」


「そ、そこ座って」


 零は綺麗そうな椅子に腰かける。

 きいろは机を介して、零の前に座った。


「はい、お客様。トマトジュースでございます」


 きいろがビニール袋からトマトジュースのパックをテーブルに置いた。

 零は先の言葉の意味を理解した。


「バーってそういう、こと、なんだね。マスター」


「そう、あたしも飲んじゃお」


 きいろはもう二つトマトジュースを取り出して、片方にストローを思い切り挿す。

 じゃあ、わたしも、と零もトマトジュースにストローを挿し口をつける。


「乾杯」


 そう言ってきいろはもう一つのトマトジュースに当ててから、口に含む。

 零は思わず咳き込む。


「ごめん、先飲んじゃった」


「いいのよ」


「その分は誰の? 二つ、飲むの?」


「違う、違う。沙々の分と、わたしの錨」


 沙々の分と聞いて、零も沙々の分に乾杯を捧げた。

 錨と何なのか、分からない。


「ふふふ、いいのに」


 きいろは黄昏ながら、外の景色に目をやった。

 五階のベランダだ。高くて礼には下を見る気にはなれなかった。


「憶えてる? 事故の日、沙々が買ってくれたトマトジュースのこと」


 零はうなずく。


「あたしね、こうして偶に飲むの。

 あの日のことを忘れないように。戒め」


「い、ましめ?」


 零は首を傾げた。


「そう、これが最後の晩餐になるわね」


「……待って、用って……?」


「あたし、沙々が死んで決めたの。

 沙々を殺した自分と利一に制裁を下すって」


「は、はい?」


 突然の告白に零は戸惑う。

 きいろは構わず、遠い目をしてトマトジュースを吸う。


「だから、どうしたら自分を含めて、利一に最もショックを与えられるのか、考えたの。それで」


 きいろは長いためをつくった。

 ゆっくりと口紅が塗られた唇を開く。


「利一はあたしのことが好きでしょう?

 だから、そんなあたしが死んだら、利一も大きなダメージを受けてくれると思ったの」


 『死ぬ』というワードに零の心臓がドキリと音を上げた。

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