第四傷 最期の、最期の復讐と約束 第39話

「待って、ヤだよ、わたし――」


太刀川タチカワさんには関係ないでしょ?

 だってあたしたち、友達でもなんでもないんだから」


「それは……」


 零は口をつぐむ。

 膝の上で手を堅く握り、トマトジュースに手をつけるのをやめた。


「そこで、クイズ。

 どうやったら利一はもっとダメージを受けると思う? 太刀川さん」


 ストローの先をマイクに模して、向けられた。

 零はきいろの顔色をうかがいながら、慎重に応える。


「こ、恋人同士になって、もっと好きになってもらう、とか?」



「ファイナルアンサー?」


 きいろの長いアイラインを引いた鋭い目つきに、零は気圧される。

 こくこくと素早く頷いた。それは反射に近かった。


「せーかいっ」


 きいろは突然、零を真正面から見て笑顔で言った。

 急に目が合い、同性である零も胸がドキドキした。


「太刀川さんは察しが早くて助かるわ。あの馬鹿利一とは大違い。

 でも、正解だけどちょっと惜しい」


 零は首を傾げた。


「利一のせいで、あたしが死んだことにするのよ」


「それって……」


「そうよ。だからあなたしか言えんかったの。

 それでね、お願いがあるの」


「な、なに?」


「そう身構えないで。

 ただ、あたしが死ぬところを見ていてほしいの。 それだけ。 

 逆にそれ以外しないで。あなたは透明人間となって、飲んだトマトジュースのパックと共にここを去るだけでいいの。救急車とかは呼ばないで。完璧に死にたいから。

 それとあなたの怪我を治す力? 信じてないけど、それもしなくていい。

 死にたい人間を無理矢理生かすなんて非道なことしないよね?

 あたしもあなたの力を外聞しないから」


 零に話す隙を与えず、一気にまくしたれた。

 というよりも、きいろに魅了されて喋る行為を忘れいたと言ったほうが正しい。

 きいろに魅入っていたのだ。


「ど、どうして、見てて、ほしい、の?」


「それはね『やっぱ死ぬの辞めよー』ってならなため。それと、あたしの死の証人になってほしいから」


 零はきいろの腕がカタカタと震えていることに気づいた。

 きいろは死ぬのを怖がっている。

 ただ平気を装って、野望を叶えるために奮起している一人の女の子だった。

 きっと濃い化粧も大人ぶった口調も、己を鼓舞するためだと、零は感じた。


「見守っている。それだけでいいの。お願い」


 トマトジュースを飲みほし、そこにゴミを置いたままにした。

 それからカバンから手紙――『遺書』と書かれた封筒をテーブルに置いて、沙々の分のトマトジュースを上に重しとして乗せた。

 四百ミリリットルのジュースパックだ。

 五階のビルでもそうそう飛ぶはずがない。


 そして椅子の上に立ち、ベランダの柵をよじ登った。

 柵の上に座って、零に身体を向けた。


「さよなら」


 そう言い放ち、きいろは柵から飛び降りた。

 まるで朝の朝礼で席を立つように。


 その日は風が穏やかな日だった。

 夏の香りが鼻をくすぐり始めた時期。

 服装の温度調節が難しい頃。

 学校ではグループが形成されて、夏休みはまだかと嘆き始める時間。

 四百ミリリットルのトマトジュースと遺書を残して彼女が天に上った瞬間。

 

 零は飲みかけのトマトジュースを持って、ビルの階段を急いで下った。

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