第四傷 最期の、最後の復讐と約束 第37話

 葬儀を終え、家に帰ったきいろは塩を身体に振ってから、利一の家に訪れた。


「きいろ、どした?」


 利一も家に着いたところで、学ランを脱ごうとしたタイミングだった。

 突然、押しかけられ利一は目を瞬く。


「利一、ちょっと話があるから公園行こ」


 きいろは抑揚なくいった。

 片手にコンビニ袋を提げている。


「あ、うん」


「話あるの、聞いてくれる?」


 きいろはさり気なく上目遣いをした。


「いいぞ、行くか」


と言って利一は学ランのボタンをとめた。



 公園の街灯が照らされているベンチに、二人は腰を下ろす。

 街灯に蛾がたくさん集っている。冷たい風が頬を撫でる。


「見て、これ沙々が事故前に買ったアイス。

 沙々にしては珍しいよね。いつも同じ物しか買わないのに」


 そう言って、コンビニの袋からTHEシーズンズ味のアイスと木製スプーンを二組取り出した。


「ん」


「あれだけ食べて、また食うのか?

 太るぞ」


 きいろは利一を小突く。


「野暮だなー。やけ食いだよ、やけ食い。付き合ってくれてもいいでしょ」


「わーったよ」


と言ったのと同時に、利一の腹の虫が鳴った。


「腹ペコはどっちー?」


「うっせーな、精進料理は腹に溜まらないだろ。

 あんなの食べたうちに入らない」


「もー、何それ」


 ふっときいろが吹き出した。


「でも、きいろが笑ってくれて嬉しい」


 利一は白い歯を見せて、あどけなく笑った。


「い、いいから、食べるよ」


「これうまいのか? 四つも味が混ざったら、大変になるだろ」


「蓋のフィルム舐めちゃダメだからね」


「わかってるつーの」


「前、ケーキのフィルム舐めようとしたのにねー」


「直前でとどまっただろ」


「ドヤ顔することじゃないから」


「はいはい、食べ物の前でケンカしない」


 利一が声を高くして、きいろの真似を誇張して言う。

 思わずきいろの口角が上がる。


「何それー」


「「いただきます」」


 アイスを一口スプーンですくって食べる。


「お、うまい」


「意外といけるかも。味が混ざっても美味しい組み合わせになってるみたいね」


「変な色しってけど、見て、舌何色になってる?」


 べーっと舌を出し、きいろに見せる。


「うーん、紫っぽい? なんかけばけばしい色してるよ」


「なんだよ、けばけばしいって」


「うまく言えないの」


「じゃあ、きいろの見せろよ」


「わたしはそんな下品なことしないもん」


 ぷいっとそっぽを向く。


「なんなんだよー」


「ふっふふ」きいろに再び笑顔が宿る。

 つられて利一の頬が緩んだ。



 アイスを食べ終えた後、ゴミをコンビニ袋にまとめる。

 そのうち、利一がどことなくソワソワしていた。

 何の話があるのか、と顔に書いてある。

 きいろは臍を固め、意を決して口を開いた。


「あのね、利一。今、言うのは違うかもしれないけど……」


「どう違うんだよ」


「もーバカッ」


 きいろは紅葉を散らして、利一に優しいグーパンをお見舞した。


「告白の返事だよ、バカッ」


「へ?」


 利一にもきいろの熱が一瞬で伝染した。


 しばらくこそばゆい沈黙に包まれる。


「そ、それで、返事は?」


 利一が恐る恐る問う。

 きいろはじわじわと利一に手を重ねた。


「……いいよ。付き合おう」


「マジか⁉ ヤッ――」


 利一が雄たけびを上げようとするので、きいろが即座に唇に人差し指を当てる。


「しっ、こんな時間に騒がないの」


「ご、ごめん」


 二人の距離がぐっと縮まる。

 そして腹を探り合いながら、不器用に顔を近づけていく。


――するんだよね、するよね、付き合ったんだから。

 でも、いいの? いや、ここは一つ、芝居を打たねば。


 きいろは利一の襟を掴み、引き寄せた。

 空気とアイスで冷え切った唇が重なり合う。

 ゆっくりと張り付いたシールを剥がすように、慎重に唇を離した。

 二人はしばらく見つめ合い、お互いの虹彩、呼吸を感じる。


「ふっ」きいろが吹き出す。


「利一とこんなことする日が来るなんて思ってなかったー」


「俺も、俺も夢みたいだ」


 利一は顔に手の甲を当て、照れ隠しをしている。


「嬉しい?」


 きいろはわざと利一の顔を覗き込んだ。

 

「……当たり前だろ」


「へぇー」


 揶揄い交じりにきいろはニヤニヤする。

 利一は動揺して恥ずかしさを隠すためか怒りを示してきた。


「き、きいろはどうなんだよ⁉」


 そこできいろがくしゃみをした。

「くちゅん」とくしゃみの威力を抑えた、可愛いくしゃみ。


「さみーの?」


「アイス食べたから冷えちゃって」


「これ着てろ」


 そう言って利一はきいろに自身の学ランを羽織らせた。

 利一の匂いがふわりと香る。

 利一の汗と制汗剤の爽やかな匂いがした。


「……気が利くじゃん」


「早く家に帰ろうぜ。それ家まで着とけ」


 利一は立ち上がり、帰路につこうとした時、


「ん」


 きいろが利一に向かって手を差し出した。

 利一は目を点にして、きいろの手を眺める。


「マジックでもするんか?」


「違うって‼ 手、手繋ぐの‼ これだから利一は‼」


「そういうこと。ほら」


 利一はきいろの手を取り、立ち上がる手伝いをする。

 それから手を繋いで、二人は歩いた。


「汗すごくない?」


「緊張してんの‼」


 それを紛らわすように、利一は激しく前後に手を振る。


「誰かに見られたらどうする?」


 いたずら心が働き、つい訊いてみたくなった。


「……そしたら、フツーに言えばいいだろ。付き合ってるって」


 きいろは利一の目を見て、にっこりと笑った。

 たちまち利一の顔が赤くなる。

 それが面白くて仕方がない。傍から見ればフツーのカップルに見える。

 が、きいろの腹の底で禍々しいモノが渦巻いていた。

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