第四傷最期の、最期の復讐と約束 第35話

 五月中旬、希望を運んでくる青い風と共に、沙々は天に召し上げた。

 その葬儀が今、粛々と執り行われている。

 自宅葬という形を選び、同じクラスメイトと担任、そして利一も沙々宅へ訪れた。

 鬼塚 還太朗オニツカ カンタロウだけは欠席だった。

 加えて沙々を轢いたトラックの運転手と社長が参列した。


 きいろはあの日、涙が底をつくほど泣いたせいか、葬式では案外、冷静を保っていられた。

 それよりも、あまり沙々と関わったことのないクラスメイトと、業務的な担任が気持ち悪くて仕方がなかった。


――どうしてあんたらが泣くの?

  沙々のこと何も知らないくせに。担任は慣れてる感じがしてキショい。どーせ病気で死ぬとか思ってたんでしょ。

 

 ふと零に目が行った。相変わらず隅の方にちょこんと座り、まるで魂が抜けたようにたたずんでいた。

 沙々が死んだことをまだ受け入れられていない雰囲気を纏って、心から沙々の死を悼んでいるように見えた。

 きいろの中で零への好感が上がる。



 花を手向ける際、利一ときいろは沙々の両親とこんなことを話した。

 沙々の母親がハンカチを片手に、棺桶に入った沙々の頬を撫でる。


「見て、きいろちゃん、利一ちゃん……沙々、眠ってるみたいでしょ?

 顔には傷一つなくて、それだけは運がよかったのかな。

 ね、また起きてくれないかな……今まで病気で窮地に立ったことは何度もある。

 だから、今までみたいに起きて、起きてくれないかな……」


「よさないか。死んだ人間が蘇ることはない。そんなこと言うな」


 ぴしゃりと父親に注意される。沙々の母親は自力で立っていられなくなり、父親にすがりついた。


「……そうだね、おばさん。寝ているみたいだ」


 利一は泣き腫れた目で、沙々の混じりけのない陶器肌に視線を流す。


 だが、沙々の胸は呼吸で膨らむこともなく、眼球運動をすることもなく、新品の人形のようだった。


 きいろは珍しく言葉が出て来ず、ハンカチで口を押えたまま、黙って沙々を眺めていた。


「ねえ……なんで、信号を無視して、走ったのかなぁ……走っちゃ駄目って言われるのに走ったのよ……なんでそんな時に限って……真面目な子なのに……」


 母親は誰に問う訳でもなく、呟くように言った。

 沙々の父親と義弟はただ静かに、そんな母親を見守っていた。

 父親と義弟は前々から沙々を見放していたのだ。家族で沙々を愛していたのは、母親だけだった。母親だけが分け隔てなく、沙々と義弟を愛していた。

 父親はとうに沙々を亡き者として扱っていたのだ。だからだろう、悲しみの色が一切うかがえない。


「ごめんなさい……突然、沙々が電話をかけてきて……その時、同時に駅の鐘が鳴ったから、俺たち何が起きたのかさっぱりで、駆けつけたら、もう……」


「誰か、誰か、沙々がコンビニに行くのを止める人はいなかったの?」


 母親の問いに、二人は口をつぐむ。その様子を見かねた父親が言った。


「よさないか。今回は誰も悪くない。信号を無視したあの子が悪いんだ。

 他所様を責めるんじゃない、みっともない」


「みっともないって何よっ。もし一つでも違ったら、沙々はこんなことにならなかったのよ⁉」


 沙々の母親がこんなに取り乱す姿を二人は初めて目にした。

 穏やかで優しく柔和なあの母親が大きく取り乱している。


「……すまん、言い過ぎた。だが、人を責めるのはよさないか。

 彼の大切な友人を責めて、彼はどう思うだろうか。

 二人はもう、己のことを責めているように見える。

 これ以上の追及はよそう」


「おじさん……」


 冷たい人だとおもっていたが、沙々の父親が助け舟を出してくれた。

 父親の言う通り、利一もきいろも自分のことを責めてやまなかった。


「そうね……そうよね……そうかもね……ごめんね、二人とも。

 八つ当たりよね。二人はずっと沙々と仲良くしてくれたのにね……」


「いいよ、おばさん。悪いのは俺らだ」


「利一くん、君が一人で背負う問題じゃないよ」


「おじさん……」


 利一は固く拳を握った。


――普段、スマホを使わない沙々がどうして電話なんかしてきたんだろう……。

 

 きいろの心に厚い霧がかかっていた。

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