第三傷糸と、糸が事故を呼ぶ 第34話

 利一は廊下のソファで目を覚ました。

 泣きじゃくったせいか顔がカピカピと乾燥している。

 それを服の襟ぐりで拭き、顔を上げる。


――俺が沙々に席を外せなんて、頼まなかったら……。


 自責の念に駆られて、利一は窓を開けて身を乗り出す。

 五月だが、夕方にあんり辺りが暗くなりはじめると、肌寒くなり、冷たい風が頬をなぶる。


――このまま落ちてしまえば死ねるだろうか。 

  死ねば沙々に謝れに行けるだろうか……。


 そんな思いが重心を前に乗せていく。

 沙々を安置所で見たからは沙々の両親、主に母親の号哭が未だに耳に入る。

 

――沙々、事故にあっても綺麗な顔のまんまだったな……。

  余命宣告よりせっかく長く生きったってのに、死因が事故だなんて、あんまりだよな……

  やってられないよな……。


「利一⁉」


 隣で寝ていたきいろに袖を掴まれ、我に返る。


「何してるの⁉」


 きいろの顔にも泣き顔が残り、目が充血し腫れぼったくなってり、アイラインかマスカラかが、黒く滲んでいる。


「……ごめん、誰かいた気がしたんだ」


 咄嗟に嘘を吐いて、言いわけを取り繕う。

 嘘を吐くことよりも、きいろを不安させる発言はしたくない。


「ホント?」


 きいろはわかりやすく安堵した。

 

――心配してくれる人がいるのっていいな。

  沙々もいつもはこんな気持ちなんだ。


 それからきいろも窓の外を除き見る。


「ねえ」


 きいろが目をこすりながら、利一の袖を引く。

 こんなことで胸がドキッと音を上げる。


「ど、どうした?」


「あそこにいる人、鬼塚オニツカくんと太刀川タチカワさんじゃない?

 ほら、今病院から出て来て、男の人が女の子をおぶっているでしょ」


「ホントだ……

 なんであの二人が?

 太刀川さんをいじめているのに?」


「わかんない、見間違えだよ。だってあの二人だよ?」


 きいろはソファに腰を下ろした。


「ねえ、利一だけはずっと生きててね」


「なんだよ、ずっと生きるのは無理だろ。生者必滅だぞ」


「利一の癖に、四字熟語使って来るとかムカつく」


 きいろは唇を尖らせ、腕を組む。


「なんだよソレ⁉ 

 俺にも四字熟語を使う権利をくれよ」


「ダメですー」


「なんでだよ⁉」


 廊下で二人は少しだけ日常に踵を返した。

 大切な友人を亡くした寂しさ、悔しさなどの複雑な感情を背負いながら。

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