第三傷糸と、糸が事故を呼ぶ 第33話
「今回の事故について教えてくれないかな」
――敬語忘れたんか?
零はうつむき加減で、外用の面で口を開く。
あのぼそぼそとした根暗の零だ。
――ここで、沙々くんと言うべきか……?
「
先に相手が引き出してくれたので、頷いて首肯する。
「……くんが、勉強会に誘ってくれて……テストが近いので一緒に勉強しようって」
――お礼のことは避けておこう。わたしの力のバレる。
「そしたら、途中に
そしたら、急に彼が走り出して、そのままトラックに……」
零は大袈裟に顔を両手で覆った。
声もわざと滲ませて、泣いている様相を演出する。
――わたしが沙々くんの引き金を引いた。
こんなことになるとは思わなかった。
「君が一番初めに彼に接触したという証言があるけど、その時は綾小路くんに息はあったかい?」
若い方の刑事がメモを取りながら、そう問うた。
――しつこいなあ……。
「……わかり、ません。
ただ、息? はしてたと思い、ます。かすかに。
でも、わたし気が動転してて、それが本当だったかは、わかりません。
わたしの見間違え、かもです。
もう混乱でいっぱいいっぱいで……」
「そうか、それ以上はいいよ。ありがとう」
年配の刑事が話を畳もうとすると、若い方が再び質問を投げかけてきた。
「綾小路くんとの関係は?
――チッ。
零は心の中で舌打ちをする。
「……恋人っていっても、仮というか、お試しで、恋人らしいことなんて、したことない、です。
ただの友達と変わらない、です、よ」
「そっか、ありがとう。じゃあ我々は失礼するよ。
しっかり休んでね」
労いの言葉を添えて、刑事二人は出て行った。
廊下を歩いていると、年配の刑事に向かって青年がぶつかってきた。
その姿は猪突猛進、停まることを知らない全速力で走ってきた。
青年は刑事のことに留めず、走り去った。
「まったく今の若いのは……」
と若い刑事がそうぼやいた。
「零っ」
走っていた青年は帽子を外す。
その素顔はなんと、あの鬼塚
「大丈夫か⁉」
還太朗は異常なまでに零を心配していたのだろう。びっしりと汗をかいている。
あの不良な還太朗とはまるで別人のよう。
「あんま大きな声出さなでよ。余計、頭が痛くなるから」
零の方もあのいじめられっ子ではなく、フランクに応えた。
「これおばさんに頼まれた服」
「還ちゃん、バイトの服のまま来たの?」
還太朗は引っ越し業者の制服に包んでいた。
脱いだ帽子も制服のひとつ。
「急ぎだから、途中で抜けてきたんだよ。
近くの引っ越しバイトだから大丈夫だろ」
還太朗は零の母親が備えていた、緊急用の着がえが入った巾着を差し出した。
「ありがとう、還ちゃん」
あの還太朗を『還ちゃん』呼びである。それを還太朗も許しているようだ。
満更でもない顔をしている。
「……おう」
「着替えるから、カーテン閉めて」
「応」
カーテンを閉める際、さらりと還太朗もカーテンの内側に入る。
「何居座ろうとしてんの、速く出てって‼」
「へーへー、わがままなお嬢様だこと」
「プライバシーの観点から当たり前のことしか言ってないけど」
カーテンの外側に出た還太朗に向かって枕を投げるける。
「おい、枕落としたぞ」
「待って、入ってこないでよね‼
落としたんじゃなくて、還ちゃんに投げつけたの‼
どーしてわかんないかなー。
ねえ今日の夕ご飯なにー?」
話が二転三転するが、還太朗は動せず、
「何がいい?」
と言った。
「なんか、嫌なことをふっ飛ばしてくれるうような濃い味のがいいっ」
「着がえ終わったか?」
「まだだって。そんなに急いでるなら先帰れば?」
つい、つっけんどんな言い方をしてしまう。
それも零が還太朗に気を許している証拠だろう。
「ヤダね。
せっかく抜けれたんだから、ゆっくりさせろよ」
「でも、別々に帰らないとバレちゃわない?」
「それはそうだな。
俺、もう帰ったほうがいい?」
「ま――」
零が言葉を発しようとした瞬間、バフっとベットに倒れ込む音と、ベットが軽く軋む音がした。
「零⁉」
慌てて還太朗がカーテンをめくると、零が頭からベットに倒れていた。
「零っ、零っ」
還太朗はナースコールを何度も鳴らす。
その間に着かけいた上着を着せてあげる。
「どうしたの、還太朗くん‼」
通りかかった零の母親が血相を変えて来た。
「おばさんっ、零が突然倒れて……」
母親は零の口に耳を傾け、首に指を添えて呼吸と脈を確認する。
「大丈夫、気絶したみたい。
初めて事故なんか見たからかな。
零のために来てくれてありがとうね、わたしまだ帰れなくてさ」
「いいって。おばさん零の靴だけ持ち帰ってくれない?
俺がおぶって帰るからよ」
「あら、いいの?
零をよろしくね。今日も帰りが遅くなるから」
「うん、いつものことだし」
還太朗は軽々と零をおぶって病室を出た。
トマトジュースと血でまみれたシューズだけが残る。
「まあ、洗ってもおちないでしょうね。
新しいの買ってあげるか」
母親は靴を回収して、零が帰ったことを看護師に伝える。
それから猛スピードで仕事に戻った。
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