第一傷初めて、初めての裏垢男子と鐘 第9話

「あっ、急いでたからつい」


「今の子がウワサの利一リイチくん?」


「違う、よ」


 沙々シャシャの目が若干泳いだ。


「でも名前で呼んでたじゃない。証拠は押さえてますから」


 レイがしめしめと笑いながら、スマホをタップすると「利一っ」と嬉々に満ちた沙々の音声が流れた。


「そこまで聞いてたんだ。彼が利一。いつからいたの?」


「最初からずっとついてきてたよ。気が付かなかったんだ。わたし影薄いってよく言われる」


「今度からはこんなストーカーな真似しないで。僕にもプライベートがあるから」


「恋人のことを知りたいのは当たり前のことじゃなくて? いいじゃん、他校の子なんだから。あっ」


 勘付いたように、零はわざとらしく口を片手で覆った。


「まさか、彼が――」


「もう止めて。それ以上言うなら、デートいかないよ」


「わかった、もう言わない。代わりにさ、そのバトミントン大会にわたしも連れていってよ」


「バミントン、な」


「バドミントン、ね。失礼しました。でさ、同じ所に一緒にいなくていいからさ。わたし、友達っていう友達いないから、そういう青春ワード満載のところに行ってみたいんだ。今回のデートも初めてだし」


「えっ、デートも初めてなの? 慣れてる感じしたから、てっきり何度も行ってる物かと」


 零はかぶりを振った。


「彼氏ができたのも初めて。だから、デートって何するのか分かんないんだよね。フツーに遊べばいいのかな? でもわたし友達いないし……あ、映画、映画見に行かない? 今わたしが見たいスプラッタ系の映画やってるの。どう? ショッピングモールに映画館も併設されてるよね」


「すぷらった? ってどんな映画なの? あんまり映画見ないから分かんないや」


「血がたくさん飛び出るグロい映画だよー。R18なんだって」

 

 いたずらな笑みを浮かべて、零は言った。


「えっ、でも僕たち16歳だよね。年齢が達してないから見れないよ」


「だいじょーぶ。わたし何度かR指定の映画見た事あるけど、誰にも止められなかったよ。ね、見てみない? 大人の世界」


――きいろは過保護で絶対こういうの見せてくれない……だからこそ、大人の世界が気になる。


「うん、見てみたい‼」


 沙々は買ったコーンポタージュを差し出した。


「そうでなくっちゃ」


 零はハイタッチをするう勢いで、コーンポータジュを受け取った。


「あっつい‼」


 わちゃわちゃと両手で持ち替えながら、コーンポタージュの熱さに慌てる零を見て、沙々はクスクスと小さく笑った。

 零は目を丸くする。


「笑った‼」


 すぐに真顔の端正な顔に戻る。


「熱いなら、僕が少し持ってあげるよ」


 沙々からコーンポタージュの缶を受け取った。


「猫手なんだね」


「猫手って何……?」


 零は首をかしげる。


「え、知らないの? 猫舌ってあるでしょ。それの手バージョン」


「へー、そんなのあるんだ。初耳」


「あ、電車来た」


 駅のホームにゆっくりと電車が停車した。それから空気が抜ける音がして、ドアが一斉に開いた。


「来た、乗ろ」


「うん。あ、買ったけど飲めなくなっちゃったね」


「ね、冷めちゃうね。それまで沙々くんのカイロとして使っていいよ」


 彼女は不都合を吹き飛ばす無邪気な笑顔で笑った。

 特別可愛い顔立ちをしているわけではないのに、心が魅かれるモノがあった。まるで後ろ髪を引かれるような感覚。


 どこか地に足がついていない感覚のまま、零の後を追って電車に乗った。

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