第一傷初めて、初めての裏垢男子と鐘 第4話

 沙々は自分の差し出した腕を見ると、傷という言葉を知らない無垢で綺麗な肌に見惚れていた。

 霊の瞳もてのひらも元の色に戻っていた。


「わっ、本当に治ってる」


 ふと零に視線を送ると、苦虫を噛むように顔を歪め、身体を縮め悶えている。

 腕を押さえて、たらたらと冷や汗を垂らしていた。


「どう? 傷が治った感想は」


「う、嬉しい。どうやってやったの? 僕の傷が君に移ったの?」


 喜びと興味が合わさった眼差しを零に向ける。


「違う、傷を治しただけ。ただ、対価として君が傷を負った時と同じ痛みが襲ってくるの。気にしないで、痛いのは慣れてるから」


そんなことを知らずに、沢山の傷を治してもらったことが申し訳なくなる。


「そうなんだ……。そ、それで、目的は何なの? ただ傷を治したかっただけじゃないでしょ」


 零はベットから降りると、くるりとその場でターンした。


「傷を治してあげるからさ、わたしと付き合って」


 零はあどけない笑顔をつくった。

 ベットを囲むカーテンの色で夕暮れに染まった零が不思議なオーラを帯びていた。

 思わず見惚れてしまう。


「じゃないと、裏垢のことバラす。どうする?」


 沙々の人生終了を告げる鐘が脳内でゴーンゴーンと鳴り響いた。


「…………つ、付き合うって何?」


 零は沙々の発言に目を点にして、それから吹き出しケラケラと腹を抱えて笑い出した。

 ひ―っと言って、目じりの涙を指で拭う。


「恋人同士になるってこと。高校生なんだから、それくらいわかるでしょ」


「拒否したら……?」


「バラすって言ってるでしょ。それと、君の好きな人のこともね」


 その言葉に背筋がゾッと凍った。


――そこまで知られているのか……⁉


「考える、時間をくれないかな」


「だーめ。その間にわたしのことを誰かに相談するでしょ。君に猶予があるとお思いで?」


 そこまで詰められては、NOと言えなくなってしまった。


「……わかった。付き合おう。ただし条件がある」


 ブレザーを着ながら、沙々は応えた。にんまりと零が笑う。

 零が笑っているところを教室で見た事がないので、悪いことをしている気分だ。


「なに、条件って」


「君のためと僕のために、付き合ってることは他言しないでほしい。ナイショの付き合いに留めてほしい。僕、学校では注目を集めやすいからさ、君に迷惑をかけるようなことはしたくないんだ。これはお互いにとっても利があると思うんだけど、どう?」


「それ、わたしも言おうと思ってたところ‼ こんなクラスの幽霊みたいのが、学校一のイケメンと付き合うなんて、どんな事件を起こすのか想像に難い。ナイショの付き合い、それでいいよ。じゃあさ、取り合えず付き合った記念に、ライン交換しよ」

 

零はラインのアプリを起動した。


「う、うん」

 

 沙々はもたもたとアプリを出す。


「ってどうやって交換するのかなー。友達いないから、わからないんだよね。沙々くんは知ってる?」


――下の名前で呼ぶんだ。彼女だから? そういうモノなのか。


「僕も友達少ないからわかんないや」


 すると、零がプッと吹き出して笑い始めた。どうやら笑い上戸らしい。

 いつも教室で独り、仏頂面を貫いている女の子とは思えない。零がどこにでもいる普通の女の子だという事実に目を丸くする。


「そっか、そっか。どっちもどっちだね……。ここの+《プラス》のアイコンを押せばいいのかな。あ、いった。これで読み取るんじゃない?」


 二人で画面を覗き込み、試行錯誤する。

 そして、ライーンライーンと可愛らしい鈴の音が鳴った。

 新規の友達がと追加される。

 困難を達成できて二人は同時に深く溜息を吐き、安堵する。

 それが零の笑いのツボにはまったのか、「同時……っ」と声を噛み殺しながら笑う。沙々もつられて頬がゆるむ。


「0って名前で登録してあるんだ」


「そ、性別が分からないでしょ。そっちはフルネームに初期アイコン? じゃあよろしくね、アー沙々くん」


 握手の手を差し出される。


「今、僕のこと裏垢の名前アレで呼ぼうとしたよね。今後は気をつけて」


 沙々は強い眼力で零を見つめると、零は気圧されたのか素直に首肯した。


「うん、気を付けるよ。じゃあね、もう授業始まってるから行きなよ。手紙の方はわたしが持っておいてあげる。怪しまれるでしょ?」


 そう言って、沙々のカバンから零が渡した手紙を抜き取った。むっとした表情が出たのを零は読み取ったらしい。すぐに弁明された。


「大丈夫だよ。シュレッターにかけるから。誰にも見せない。約束する」


「そっか。絶対だからね」


 沙々は零の手を握った。交渉成立だ。


「うん」


 零は深く頷き、頬を赤らめた。

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