第一傷初めて、初めての裏垢男子と鐘 第3話

 沙々が保健室へ向かう途中、廊下にいる生徒たちにジロジロとハートの瞳で見られて、飽き飽きしていた。


――動物園じゃないか。それにしても、どうして……。


 靴箱に入っていた手紙の内容が頭によぎる。


 沙々が保健室に入ると、そこには先生がおらず、巡回中とドアに看板が出ていた。


――そこまで計算されているのか。


、僕だ、綾小路沙々だ」


 そう宣言すると、


「やっ、来たかい?」


 カーテンから同じクラスの女子が顔を出した。顔は見たことあるが、名前が思い出せない。


「あ、えっと」


 戸惑う沙々を見て、クラスの女子は笑った。


「憶えてなくて当然だよ。わたし、クラスじゃ空気の扱いって決まってるから」


 その女子は重めのショートカットヘア。

 取り立てて可愛いと言えないが、喋り方から儚いがどこか芯があり、どこか心をくすぐられる何かがある子だった。

 形状できないモノを持っている感じがした。


「そっか、ごめん。声、初めて聞いた」


「いいよ、そういうだから。わたし太刀川零タチカワ レイっていうの、よろしくね『アーシャ_男子高校生の病み垢@Asya10Riti』くん」


 そう言って零は、アーシャ_男子高校生の病み垢と書かれたSNSのアカウントが映ったスマホを見せた。

 包帯が巻かれた手首だけを映したアイコンをしている。


――どうして⁉


「そのアカウント……どこで知ったの?」


 沙々は額に油汗を滲ませた。

 普段、代謝が悪いので汗をかかない方だが、SNSの自分のを知られてしまった以上、動揺が止まらない。


『アーシャ_男子高校生の病み垢@Asya10Riti』とは、沙々が秘密裏に利用しているアカウント、通称裏垢というやつだ。


「やっぱり君であってるんだね、アーシャくん♡」


「その名前で呼ばないでほしい」


「おー案外、冷静だね」


「それで、どうして僕を呼んだの? 理由ワケもなく呼び出さないよね」


――まさか、バラすとか言わないよな……。


「見てこれ、学校一のイケメンが自傷行為をしていたなんて」


 画面をスクロールして、投稿写真を見せつける。

 そこには、腕や太ももなど身体を剃刀で切ったボディカットの写真や、注射器から血を抜く瀉血シャケツをしている動画などが流れてくる。

 流血する写真や映像ばかりだ。これぞ、THE病み垢といった投稿である。


「こんな投稿をしてるなんて、どうして?」


スマホの画像から沙々は目を背ける。


「そんなの、君にはわからないよ」


 自傷行為をした片腕を握る。傷跡が制服の繊維でちくちくと傷む。


「そっか。それは置いといて、その傷、消したくない?」


 寝転んでいた零が上体を起こし、ベットに腰かける。


「へ?」


 視線を零に向けた。


――何を言っているんだ?


「だって、いつまでも隠してたら、君の望む普通の高校生活を送るには限界がある。傷をつけるのは否定しない。ただ、その傷を治してもらえるってなったらどうする?」


「ほ、本当にそんなことができるの?」


 目を糸のように細め、疑心暗鬼の目を向ける。


「じゃあ、実際にやってみよう。消せたら、君にとって大きなメリットにならない? 取り合えず、腕出してみて」


 ベットの隣に座れと零に促され、渋々ベットに腰を下ろした。


「わ、わかった」


 それからブレザーを脱いで、ワイシャツの袖のボタンを外し、腕をまくる。

 腕には包帯がぐるぐると器用に巻かれている。包帯を外すと、そこにはSNSの投稿通りの自傷行為の痕が刻まれていた。

 肌がぱっくり横に割れていて、充血した大きな瞳のような傷跡だ。


「どう? 引くでしょ」


 顔を引きつらせ、その腕を零の前に差し出した。

 零は予想に反して、目を輝かせ傷跡を眺めている。


「何、どうしたの? 気持ち悪くない?」


 零は真顔に戻り、かぶりを振った。


「ううん、傷は見慣れてっるから。見てて、治してあげるから」


 沙々は固唾を飲む。


『痛いの、痛いのさようなら』


 そう唱えながら、沙々の傷を指で撫でる。

 すると、傷が赤い光となり、零のてのひらに回収されていく。

 みるみるうちに傷が混じりけの無い陶器肌に変わっていった。

 傷が治る過程に気を取られていたが、零の目が真っ赤な血色に輝きを放っていた。  

 突然の超常現象に目を丸くして凝視していると、

「終わったよ」

と零が言った。


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