第一傷初めて、初めての裏垢男子と鐘 第1話

 今日は、綾小路沙々アヤノコウジ シャシャの余命宣告一年を越す記念すべき一日だった。それが高校入学して二日目のことだった。


 沙々は可愛らしい名前に反して、正真正銘の男子高校生である。そして、大きな持病を抱えていた。幼い頃から病気がちで、中学生の頃はほとんど学校に通学することができなかった。


 それもこれも持病が原因不明のためだった。なので病院ができることとしては、定期健診と体調が悪化した時の入院のみ。そして、中学三年の春、余命宣告を担当医から告げられた。そう「余命は一年ほど」と。沙々はとてつもない絶望に駆られたが、幼馴染の栗栖きいろ《クリス キイロ》のサポートのおかげで高校進学を果たした。


 そして沙々は大きな壁にぶつかっていた。普通の高校生活を夢見ていたが、それは彼に訪れることはなかった。その原因は――




 下校時間が当分過ぎた時間。下校しようと、沙々が靴箱を開けると大量の手紙が雪崩れ落ちてきた。「わっ」と思わず驚きの声がもれる。


「綾小路くん、入学式で一目惚れしました。付き合ってください……これはラブレターってやつ?」


 そう、その原因は彼が美男子過ぎるからである。


 隣にいる幼馴染のきいろに問いかける。すると、きいろはあちゃーっと額に手を当てた。


「わー、この学校はを知らない子が多いみたいね。教え込まなくちゃ」

 

 きいろが腕をまくって奮起した。

 下校時間を遅くしたのは、沙々に人が群がらないようにするためのきいろの狙いだ。


「きいろ、ルールってなんのこと?」

 

 沙々の問いに、きいろは目を見開いた。それから二本の指を立てる。


「ルールっていうのは、沙々に話しかけていい人が決まっていることと、沙々には絶対告白をしちゃいけないことよ。中学校で沙々が普通の学校生活を送れるように、わたしがつくったルールなの。当の本人はあんまり来れてなかったから、知らなくて当然だけど」


 きいろはルールを一生懸命築きあげてきたことを知られなかったことに対し、言葉尻には皮肉が混じっていた。皮肉を皮肉とも受け取れない沙々は、驚くことも照れることもせず、飄々と返す。


「へー、そんなルールをつくってくれてたんだ……ありがとう、きいろ」


 きいろに向けて柔らかく微笑んだ。殺人級の笑み。きいろはさりげなく顔を背ける。そむけた頬は赤く染まっていた。


「どーいたしましてっ。それと学校であんま笑ったりしたらダメだからね」


「どうして?」


 きょとんと首を傾げる沙々に対して、きいろは手を顔の前に突き出した。


「それっ、それよっ。そういうので女子だけじゃなく男子もドキドキしちゃうの‼ あんた自分のスッペクわかってる⁉」


「す、すぺっく?」


 またも呆けた反応に、きいろは膝のあたりまで勢いよく膝を抱えた。


「わかってないの⁉ なら、教えてあげるわよ‼」

 

 沙々を強く指さす。


「まず、その白い肌‼ 儚げでしかもパーツが整っている、中性的で美人な顔立ち‼ それに細身で身長は百七十五センチっていう高身長‼ おまけに学校に通わずとも、首席の高成績‼ 三高が揃ってんのよ‼」


「さんこうって何?」


 沙々の質問にきいろが腐る。それから爆発したように捲し立てる。


「゛もう‼ 三高ってのは、高身長、高学歴、高イケメンのことよ‼」


「そっかー、教えてくれてありがとう。でも、僕の病気を知ったらみんなきっとよく思わないよ」


「それよっ、そのイケメンなのに無自覚で気取ってないところもモテの一因なのよ‼ 熟語で表すなら、佳人、美人、麗人なのよ‼ 早く高嶺の花として布教して、みんなにアイドルのファンになってもらわなくちゃ。わたしの人望を生かす時よ‼ 明後日、いや明日にはラブレターなんか廃止させるんだから‼ このラブレター全部貸して、名前とクラス覚えるから‼」


 メラメラと野心を燃やすきいろと天然無自覚男の沙々は校舎を出た。


 その背後で、沙々をこれから脅かす人物の影が潜んでいることも知らずに。

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