痛いの、痛いのさようなら

瑞木 玖

プロローグ

 カンカンカン、と二人の親子が自宅のマンションの階段を上っていた。エレベーターも設備されているのだが「運動のため」と母親が言うので、久しぶりに女子高生の娘は階段を上っている。女子高生の胸元には、高校の入学式の際に縫い付けてもらった花で彩られている。


――階段ってあまり好きじゃないんだよなあ。


 そう胸中で愚痴をこぼした瞬間。女子高生は段で足をひっかけ、つんのめる形で前にこけた。


 ドンッと思いのほか大きくぶつかる音がした。女子高生は即座に両手をついたが、膝から血を流していた。


――あ、やっちゃった。


「何してんのよ⁉」


 母親が焦って振り返ると、女子高生は手をあてがいながら、こう唱えた。


『痛いの、痛いのさようなら』


 そして女子高生は何事もなかったように立ち上がり、母親の下へ歩みを進めた。


「大丈夫? 傷になってるでしょう。家に着いたらすぐに洗いなさい。手当は自分でできるでしょ」


「大丈夫、ほら見て、傷なんて一つもないでしょ。わたし、身体だけは強いんだから」

 

 女子高生が片足を前の段に乗せて、擦った側の膝を見せた。

 そこには先程の流血からかすり傷まで一切姿を消していた。

 母親は目を点にして、その滑らかな膝をなでた。


「あらホント、よかったわ、入学早々に怪我なんて縁起が悪いしね。それにまだあのやってるの? 子どもねえ」


「だってまだ子どもだし」

 

 女子高生は唇を尖らせる。


 女子高生は両足で立ち上がり、血で濡れた手を滴らぬよう軽く握り自宅へつながる階段を上った。

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