第34話 古賀の実力


ゴールデンウィークは、蓮が銀行強盗事件の後処理で忙しく、黎明も事件の後処理がそこそこあった。事件自体は所轄が扱うことになり、張り込みなどはしないで済んだが、それなりに仕事はあった。


休みもあったが、蓮も忙しかったし、暁は篠宮夫妻のいるスイスに行ってしまったので、誠一郎と食事をしたり、家事などをしていたらあっという間に過ぎてしまった。


所轄刑事の張り込みの結果、売人が捕まったのはゴールデンウィークが明けてからであった。やはり黎明達が先日逮捕した男の友人にも売っていたことが判明した。クラブで出会った亀田と名乗る男に売人の誘いを受けたという。

売買の場所、そしてクラブが他の管轄であったことから、本部との合同捜査になった。


売人の家からは、大麻のほか、覚醒剤も発見されたことから、売人を持ちかけた男は暴力団の可能性があると推察された。


亀田は、頻繁にそのクラブに現れているとの情報を得たため、黎明と古賀が投入された。


古賀は亀田がどの人物かわかっているという。どうしてわかったのかと聞いたが、曖昧に笑われた。これが虎さんが言っていたやつか…と思う黎明。


黎明は紫っぽいリップに、下まぶたまで暗いアイシャドウをつけて、耳にはイヤーカフとゴツいピアスを付けた。もちろんライダースを着ている。

古賀もいつものように怖い。三白眼に見えるコンタクトをしていた。


2人並ぶと誰も警察官だとは思わないしあまり絡まれなかったが、黎明だけは1人の時に欧米人に何度かナンパされた。しかし古賀が来ると流石に引いていった。強く見せるコーディネートが成功しすぎていて面白い。


「真木巡査」


「マキで良いですよ、聞こえるとアレなので」


「そうだね、名前っぽいし。亀田来たよ」


「どの人ですか?」


「あのシルバーフレームの40代くらいの人」


「普通のサラリーマンに見えますね」


「そうだよね」


「接触できたら良いね」


「他の人に売人を持ちかける前にそうしたいですね」


「じゃあちょっと持ちかけられてみようか」


「僕1人でちょっと行ってみる」

そういうと、古賀はふらっとバーカウンターに行き、注文すると亀田の近くの席に座る。


餌を探していた亀田の目に止まる。


手持ち無沙汰にグラスを回す古賀。

ゆったりと構えている。


ふと亀田の方を見てみる。

亀田と目が合う。


「おじさん、ナンパ待ち?」


「ハハハ!俺がかい?」


「冗談ですよ」


見た目によらず気さくな奴だと思う亀田。


「俺はこの前彼女に振られて女の子探しに来たのに怖がられちゃって全然だめですよ」


「ははは、それはお気の毒に」


「おじさんでよければ酒に付き合うよ」


「ちょうど誰かと話したい気分だったんですよ」


黎明は大音量の音楽の中、会話を聞き取るのがやっとだった。気分が悪くなりそうだった。


「君1人?」

ナンパだ。


「彼氏がトイレでゲロってる」と、気怠げでいかにも私はヤバい女ですという雰囲気を出しながら言うと、引いて去っていく。メイク効果だ。


“Hello, you look pretty cute “

この服装は欧米人にモテるらしい。


“I have VD”

と言うと、ドン引きして去っていく。もっと言い方はあるかもしれないが抜群に効果がある。


古賀の方は順調に打ち解け始めている。

古賀が金に困っているような話をし始めた。


しばらく聞いていると、突然亀田が声を落とし始めた。

「良い仕事がある…」


(きたか…) 古賀も黎明も緊張する。


薬物の売人を持ちかけられた。


「うーん、やっぱり捕まるのが怖いですよ」


「大丈夫だよ、直接渡さない方法だっていっぱいあるから教えるよ」


「確かに、それなら捕まらないかも」


「こんな楽に稼げる方法はないよ、今どきサラリーマンだって副業でやってるんだ」


「マジですか!?隠せる場所とかも考えないといけないし……どうしようかな…おじさん連絡先交換できますか?」


「ああ、これで連絡してくれ」


「ありがとうございます!後で連絡します!」


そういうと亀田は去っていった。


古賀が戻ってくる。

「やりましたね」と、黎明。


「うん、外の捜査員に連絡だ」

そう言って亀田と連絡先を交換したスマホとは別のスマホで、亀田の写真を送った。


その後、捜査員は亀田を尾行し自宅を特定、東日本を中心に広く活動している蛇沼会系の暴力団員であることが判明した。


購入したいと、古賀が連絡し、所持しているところを現行犯逮捕された。


所轄の刑事が逮捕したので2人に古賀の素性は知られないままとなった。


「古賀さんって結構すごいですよね」


と黎明は重丸に調書を提出していたときに話した。


「ああ、そうやろ。どこからその情報仕入れた?っていうの持ってきたりするんよな。マル暴の奴らはSって言われてる情報提供者を持ってる場合がいるんやけどその手のものなんかね」


「重丸さんもいるんですか?」


「それは言えんやろ」と笑う重丸。


黎明は古賀のお姉さんの店が気になっていた。カツラに色々な種類の香水。もしかしたらお姉さんが手伝っているのかもと思った。


「しげさん、蛇沼会は尻尾切りで今回も終わりですか?」

と、古賀がひょっこり顔を出す。



「いや、この前の研育大の一件以来にまた大学生を巻き込んでる上、亀田から芋づる式に売人が浮上してきた。亀田の家からは未知の合成麻薬が発見された。蛇沼会が製造に関わっている可能性がある」


「未知の麻薬ですか」と古賀。


「ああ、今科研が調査しているが金魚と呼ばれているものの可能性が高い」


「金魚…ですか」


「ああ、コカインの数100倍の依存性があると言われている」


「100倍…」

黎明が驚く。


「これが日本で製造されているとなれば、えらいこっちゃ」

虎雄が加わった。



「踏み込んだ捜査が必要やね」


「組対特殊機動捜査課を動かすよ」

と虎雄。


「ちょっと危険でグレーな任務を任せるかもしれないがいいか」

虎雄は古賀と黎明を見た。


「はい、覚悟します」と2人。


古賀とはなかなか上手くやれそうだと黎明は思っていた。古賀は弱いと言うが非常に優秀だった。


「まずは製造拠点を明らかにすることからだ、公安部にいる鈴木が亀田の携帯の記録を解析している、2人には足での調査を頼む」


「了解しました」

「了解です」




「マキ巡査、打ち合わせがてら昼飯どうですか」


「はい、行きましょうか」



2人が入ったのは霞ヶ関の少し落ち着いたレストランだった。


「マキ巡査、この捜査相当グレーなラインをいくから覚悟してね」


「と言いますと」


「この部署の存在自体が公になってないのはそういうことだと考えてほしいです」


「非合法な捜査ということですか…」


「…」


「わかりました」


「マキ巡査、荻野目とはどういう関係?」

黎明は驚いた。


「以前私がバイトで勤めていた警備会社のクライアントが荻野目さんのお孫さん家族でした」


「その家に一度警察が出動しているんだが、その記録が全く見つからない。そしてその日真木さん親子が負傷している、何があったの?」


「真木親子の負傷はたまたまタイミングが重なっただけです」


「荻野目は日本で有数の権力者だ。黒い噂も多い」


「はい、ですが、利害関係を持っているわけではなくクライアントと接する中でできた個人的な繋がりだけです」


「わかったよ、あとご兄弟がいるよね?」


「はい」


「申し訳ないのだけれど、ご兄弟の記録はある時期まで全く出てこないし、和泉家との繋がりはもっとよくわからない。君もご両親がいない、唯一身元を保証しているのが真木刑事親子だけだ」


「はい、不安に思われるのは理解していますが、私も私の兄弟も国や市民の安全を脅かすようなことは一切ありません」


「疑って悪かったけど、これからの任務がそれほど機密に触れることだとわかってほしいんだ」


「はい」


「まずこれ」

小さなタグのようなものをいくつか古賀が出した。


「これは?」


「追跡タグ、製造工場があるとしたら電車で簡単にアクセスできるところとは考えにくいから、きっと車だと思う」


「これを貼り付けると」


「うん、あてもなく尾行してもキリがないから」


「誰の車に?」


「とりあえず幹部の車かな」


「わかりました」


昼ご飯を食べると2人は車で事務所の近くに向かった。


「車止まっていませんね」


「そうだね、待つしかないね」


「暇ですね」


「そうだね、旦那さんとの馴れ初め聞いてもいい?」


「はは、良いですよ、彼とは幼なじみです」


「どのくらい昔からの?」


「さあ、物心ついた時からいた覚えありますね」


「結婚は随分前から決めてたの?」


「いえ、私が大学に入ってからです」


「そうなんだ、意外と最近だったんだね」


「そうですね、古賀さんは出身とかどちらなんですか?」


「僕は山梨県だよ」


「そうなんですね、ご兄弟はお姉さんだけですか?」


「うん」


「お姉さんのお店不思議でしたね」


「なにが?」


「カツラとか、あといろんな香水の匂いもしました」


「本当に鼻がいいんだね」


「古賀さん前もって私のこと教えていたんじゃないですか?」


「ばれましたか」


「だって服も靴もピッタリでした」


「そうだよね、気に入った?」


「気に入りましたけど」


古賀が笑う。


「お姉さんのお店、裏社会の人お客さんに多いんじゃないですか」


「そうだね」


「情報源ですか?」


「まあ多少はね、でも若い人が多いしね、姉は複雑な気持ちみたいだよ」


「どうしてですか?」


「ファッションなら良いけど、若い下っ端が来ると、どんどん表の世界から離れていく道筋を描いているみたいだって」


「そうなんですね」

古賀の目は悲しそうだった。


「シゲさんが言ってましたけれど、兄弟で”正義”なのはご両親の思いですか?」


「そうだよ、正しく育って欲しいって、かなり厳しく育てられたよ」


「だから警察官に?」


「僕は正義のために絶対生きなくてはいけないんだ」

その目には責任と覚悟があった。


「マキ巡査はなんで警察官を目指したの?」


「私は実は孤児院育ちで、悪意に振り回される子どもたちをたくさん見てきたんです。だから弱い立場の人を守れる警察官になりたいと思ったんです」


「真木刑事も立派な警察官だよね」


「はい、父の姿を見てきたことも大きかったですね、本当に立派な父です」


本当に父親のような存在なのだなと古賀は思った。


「あ!車がきた!」

いかにもという感じのスモークの高級車だ。


「あんまり見ないんだよ」


「はい!」


「全員降りたね」


高級車は事務所の一階部分の駐車場に綺麗に駐車されている。


「行ってきますね」


「防犯カメラがあるかも」


「あったら戻ってきます」


「わかった、気をつけて」


黎明は車を出ると駐車場に向かう。

人通りはない。駐車場に入る。防犯カメラはない。


古賀は焦った。運転手が戻ってきたのだ。このままだと見つかる。


黎明は車の後ろ部分から出てこない。


続いて組長も降りてくる。


まずい!


車が発進したらバックミラー、いや高級車だからカメラにも映る可能性がある。


車はそのまま出発する。


(あれ!?どこへ行った?)


黎明は駐車場のどこにもいなかった。そのまま車は目の前の道を通り越して角を曲がろうとした。

そのとき、車の下から何かが出てきた。

少しホラーだった。


「嘘だろ車の裏に掴まってたっていうのかよ」


黎明は何事もなかったように堂々とした足取りで歩いてきた。


「マキ巡査、今の何」


「やむを得ず…」


「君は一体なんなの」


「猫は車の下が好きなんですよね」


「何言ってるの」


「ハハ、すみません、ウエットティッシュを私のバッグから出していただけないでしょうか」

黎明の手は真っ黒だった。


やっぱりこの子は何かあると思った古賀だった。


その後数日かけて6台の車に追跡装置を仕掛けることができた。

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