第33話 事件


一通り研修が終わって5月からは、黎明は重丸に直接仕事を教わるようになった。暴力団組織の構図や力関係なども教わった。実際に事務所に行って事情聴取を行うこともあるからこそ、舐められない服装をしたり、強くある必要があるらしい。実際に若い連中に暴力を振るわれるようなこともあるらしい。そこで舐められると相手にしてもらえなくなるらしい。


「そのリクルートスーツ、いつまで着てはるの?」


5月1日、出勤した際に重丸に突っ込まれた。


「研修中はリクルートスーツで良いかと思ったんですが、今日はなんとなく着てきてしまいました」


「まず、今日は服買いに行こかあ」


「え?業務時間に?」


「これも業務や〜、古賀ちゃん付いてきぃや」


古賀は何やらふわふわもこもこのクッションを抱えていたが、


「はい」と無味乾燥な返事をすると付いてきた。


向かったのは、カタギが着そうにない派手なスーツが並ぶ衣料品店だった。


「重丸さん…私もそれ、必要ですか?」


「とりあえず、着てみー」


試着室に案内され数分後。


「どうでしょう…」


「あひゃひゃひゃ!極道の妻って感じやぁ〜!」


と、爆笑する重丸。ええ、そうでしょうよ、と思う黎明。


「次これ!」

渡されたのはテカテカした生地の服だった。


やだなぁ〜と思いながら着る黎明。


「ヒュー!セクシー!」

と、重丸。


「シゲさん、今の発言はセクハラと捉えられかねません」と黎明。


「シゲさん、旦那さんに怒られるからやめましょう」


「せやな、真木刑事にも怒られそうやわ」


「僕と組ませるなら僕に合わせるのはどうでしょう?」


「おお、ペアルックかよ」


「い、いえ、そういんじゃないですって」

と焦る古賀、気が小さそうだ。


そこで向かったのは、古賀が着ているようなパンクな服が売っている場所だった。店員はビジュアル系で、紫のメッシュが入った長髪にやたらと白いファンデーションをしている男だった。


「っしゃいませー」と店員。


「レディースありますか?」と古賀。


「ここからここまでがレディースになりまーす」と説明する店員。


「動きやすそうなのはどれですか?」


「動きやすいものですか…それですとこちらとかですかね」


案内されたものを古賀はいくつか手に取ると黎明に着てみてくださいと渡す。


数分後


「ただ可愛いバンギャやな」と、言う重丸。

ぶかっとしたパーカーにショートパンツ。そして厚底を合わせられた。


「そうですね、威圧感はないですね」


「威圧感、必要ですか?」と、黎明。


「うん、こいつマジで弱いから」

と、古賀を指差す重丸。


「はい、僕は弱いので少しでも強そうに見せてくれるとありがたいです」と古賀。


次に着たのは、レザーパンツに色々装飾のついたレザートップスだった。


カーテンを開けると

「女王様!!!」と店員と古賀と重丸がハモったのでサッと閉めた。


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「真木巡査、レザー似合いますね」


「お前、そういう趣味あったのか」

昼に3人並んでラーメンを啜りながら重丸がいう。


「いや、そうじゃないですけど!ライダースとか似合いそうです」と、少し焦りながら答える古賀


「ライダースならいいかもしれません、これから暑くなったら着れないですけれど」と、黎明。


「真木巡査はそういえば二輪は取ってますか?」


「免許センターにはぼちぼち通っていますが二輪は取る予定ありませんでした」


「じゃあぜひ二輪も取ってください、乗って欲しいものがあります」


「あれかぁ?お前が満を辞して買ったのに怖くて乗れなかったやつ」と重丸。


「言わないでくださいよぉ…」と古賀。


不思議そうな黎明。


「僕のハーレーです」と写真を見せる。


「おおお、かっこいいですね」


「そうでしょう?強そうでしょう?」

と古賀。よっぽど弱いのがコンプレックスなのだろうか。


「じゃあ黎明ちゃんの服装はライダースにレザーパンツで完成だな、トゲトゲついてるやつな」


「スタッズですね」と黎明。


「あと、この後良かったら僕の姉のところに行きませんか?髪型とかメイクとか考えてくれそうです」


「お前の姉ちゃんの話聞いたことなかったな?」


「僕の姉は彫り師です」


「彫り師ってお前!結構グレーな職業やないの」と重丸が言う。


「はい、僕が警察官目指していることを知っていて、医学部に進学して彫り師になってくれました」


「はーこれまた変わってはんな」


古賀の姉の店は、繁華街の一角の地下にある、”Masquerade”という店だった。


「姉ちゃーん、久しぶりー」


ボサッ!

黎明は飛んできた黒い塊にゾッとした。


「あんた!バカなの!来るなら前もって連絡しなさいよ!」と、怒鳴る姉は目の周りを囲うアイメイクで坊主に近い頭、カラコンは黄色っぽく猫のような目に見えるものだった。私もこう見えてるのかなと黎明は思い、もしかしてなかなか怖いのではと思った。


「すみません、弟がいつもお世話になっております」という彼女の腰は低い。


「いえいえこちらこそ突然来てもうてすまへんな」と重丸。


「僕の上司の重丸さんと、後輩の真木巡査だよ、真木巡査が今度僕と組むことになるから僕みたいな感じに怖くして欲しいんだ」


店の中はごちゃごちゃとしていて、小物なんかも売っていたりした。どれもいかつい。カツラが無造作に置かれていたりする。さっき古賀が投げられたのはカツラだった。さらに色々な種類の香水の匂いがした。そしてうっすらだが血の匂いもする。


「どうも義男の姉のショウコです。」

と、ご丁寧に名刺まで差し出す。


古賀正子

日本彫り師連盟副理事

皮膚科・婦人科専門医

Masquerade オーナー

Etc…


「兄弟合わせて”正義”やないかい」

初対面の人に対してちょっと失礼にも思えるが関西弁のおかげかまったく嫌味がない。


「そうなんです」と笑う正子。行動と見た目がチグハグだ。


それぞれ自己紹介を終えると、正子は黎明に向いた。


「入ってきた時から思ってたけど、美人さんねえ、ちょっと髪下ろしてみてくれる?」


「はい」そう言って後ろにまとめて一つに縛っていた髪を下ろすと、伸ばしっぱなしだったので、胸あたりまでの長さだった。


「ふんふん、髪ちょっと切ってもいい?」

と、聞く正子


「は、はい、どんな感じになりますか?」


「ハハハ!バリカンで剃ったりしないから大丈夫!前髪を作って少し毛先を揃えたいんだけど」


「大丈夫です、お願いします」

前髪は伸びてきてどうしようか迷っていたのでちょうど良かった。


「お二人は狭いけど座ってお待ちください、今の時間お客さん来ないので気楽にどうぞ」と、お茶を出す正子。


そしてパイプ椅子を出して来ると、黎明を座らせてサッと美容院のカバーのようなものをかけて、少し髪をとかすと慣れた手つきで切り始めた。


「美容師さんみたいですね」と黎明


「普段切ってるのはカツラだけどね」と笑う。一体何のために…と黎明は思うが聞かなかった。


「こんな感じかな」

そう言って、サッとカバーを外す。


「おお!お人形みたいやな」と重丸。


黎明は切り揃えた前髪、そして同じくレイヤーを入れず切り揃えた伸ばしっぱなしの髪、縛っていたのに綺麗なストレートのままストンと落ちている。


「あとは、少しメイクさせてもらうね」

と正子は嬉しそうに言う。


黎明はメイクされている間、三木に初めてメイクをされた時のことを思い出していた。

鏡を見ながらではなく、何か顔に描かれているような気がするところなどだ。


「できたよ!」


鏡を見ると、目の下に紫っぽい黒で植物の蔦のような線が描かれていた。リップは黒っぽい、アスミと初めてデパートに行った時に店員に勧められたのと同じような色で、自分ってこういうイメージなんだな…と思った。


「おおおお!めちゃくちゃ似合う!」と古賀、細い目が大きく開いている。


「お姉さんさすがやな!ぴったりやんか!」


そしてちょっとジャケット脱いでこのライダース着てみて、それでこのレザーパンツとブーツ履いてみて。


奥で着替えさせてもらうと、全てぴったりだった。


出てみると、重丸が驚く。

「おおおお!!!ぴったりやんな!!!強そうや!!!だからレザー似合う言うたやろ!!!」


「シゲさん、レザー似合うって言ったの僕です」と古賀。重丸は聞いていない。


「ありがとうございます、この服は?」

黎明が聞く。


「最近入荷したばっかりでスタッズは私がつけたの〜気に入った?」


「はい、着心地も凄くいいです」


「よっしゃ全部買うで〜!制服やから経費や!」


「えええ、本気ですか!?」黎明が聞く。


重丸はカードを取り出すとさっさと支払ってしまった。


「重丸さんの1着目のスーツはトラさんが買ってくれたそうですよ」と、古賀がこっそり言う。


「シゲさん、ありがとうございます!仕事頑張ります!」と黎明は重丸に言う。


「なんや〜経費や経費」という重丸。


正子は他に合いそうなゴツめのアクセサリーを見せてくれたので、黎明はイヤーカフやピアス、ネックレスなど数点を気合を入れて買った。


なぜ自分のサイズにぴったりの商品があったのか、服屋でもないのにと、黎明は不思議に思っていた。


店を出ると、繁華街の店は開店の準備に入り、出勤する夜の仕事の人々がちらほらと姿を現した。


「シゲさーん!」


「おお!坊主!元気かー!」


「元気ですよー!シゲさん最近来てくれないじゃないですか!」


「わりぃわりぃ!近いうち食べいくで!」


重丸がそう声をかけたのはラーメン屋で働く青年のようだった。


それからもスナック、キャバクラのお姉さんたちなど、重丸は色々な人と挨拶して歩いていた。


「これが俺の情報網や」と重丸が言う。


「研育大学の大麻事件で検挙された奴がこの辺で売人から買うたいうてんねん。ほんで今日は見に来たっちゅうわけ」


「なるほど、大麻を持っている人を見つければいいんですね?」と黎明。


「いやそんな簡単やないで、もうここらは全部聞き込みも終わったあとや」


「必ず人を通して売買されるのでしょうか?」


「いや、事前に連絡とって送金が確認された後にコインロッカーとかで受け渡しが行われる場合もある」


「なるほど」


話をしながら歩く3人。


「しげさんしげさん」黎明がコソコソと重丸の裾を引っ張る。


「あの郵便受け、匂います」


「なんやなんや」

黎明が指を刺したのは3人が立っている左手の古びた雑居ビルの郵便局受けであった。


重丸は訝しげな顔をしながらも見に行く。

郵便受けは、しばらく人が出入りしていないのか広告で溢れているところも何箇所かあった。


黎明は7階のあたりに顔を近付けている。


「どれや」と、重丸がその辺りの郵便受けをパタパタ開けて確認する。


すると、違和感のある封筒を見つけた。宛名も差出人もいない。


「しげさん、それに大麻が入っていると思います」と、黎明。


「何でわかるの?」と古賀。


「大麻の匂いがします」

冗談なのか本気なのかわからないトーンだ。


重丸が手袋をつけて触ると、細かい何か袋に入ったものが中にあるように感じた。


「これ、当たりかもしれへんで」と重丸。

驚く古賀。


「今日は長丁場になるかもしれへんな」

そう言って重丸は封筒を戻すと、辺りを見渡し、向かいのビルの2階の喫茶店に入ることを提案した。


喫茶店には客は少なく、高齢のお爺さんがスポーツ新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる他誰もいなかった。


黎明達は窓際の席に座ってビルを眺めた。

「暗くなってからやろな」と、重丸。


「今日中に来なかったら?」と黎明。


「代わりばんこでつらーいつらーい張り込みや」と重丸。


「売人がこの喫茶店から見張る可能性もある、会話には気をつけろ」


「了解です」と古賀と黎明が返事をする。


この喫茶店の客に売人がいるかもしれないと疑心暗鬼になってしまいそうだった。


「黎明ちゃん、本気で匂ったんか?」と聞く重丸。


「鼻は良いんです」と黎明。


「比喩なんか?」


「文字通りです」


「ほんまかいな、警察犬いうのは冗談やなかったんか」


古賀も驚いている。


3人はひたすら雑談をしたりしながら張り込みをした。


午後8時半


「お客さん、ラストオーダーですがご注文は?」


「飯食っとくか」


「はい、そうですね」と古賀。


「俺ナポリタン」と重丸。


「私はオムライスで」と黎明。


「僕もナポリタンで」と古賀。


「かしこまりました」


20分くらいすると、料理が揃った。


「ゆっくりで大丈夫ですよ」と店主。


「すまへんな、ありがとうございます」と重丸。


サッと食事を食事を済ませると通りに出る。

すっかり暗くはなっているが人通りはそこそこ多い。


「最終までに来んかったら今日は来んか、気付かれたかや」

黎明がふむふむと頷く。


「あのビル、全然人の出入りがありませんね」と、古賀。


「せやな、あの部屋の住人調べてもろうたんやが、空室やった」


「ビルの持ち主は?」と古賀。


「前科はついてない、昔っからの地主やろな」


「住人は?」


「まだそこまで調べられてないが、あたった方ええやろな」


3人の風貌は普通の街だったら目立っただろうが、裏社会で生きる者も多いこの街にはかえって馴染んでいた。


蓮には遅くなりそうだと連絡を入れた。

「了解、気をつけて」と返信がきた。


しばらく張り込んでいると住人とおぼしき人がやってきたが、別な郵便受けを確認するとそのまま上に上がって行った。


また、中から人が出てきたりもしたが、7階の郵便受けは素通りした。


「車、持って来るか〜」と重丸。


「狭い道ですし、ちょっと停めにくいですよね」と古賀。


時刻は21:40分。


と、その時、フードを被り、ハーフパンツを履いた男が現れた。男はあたりを見回している。緊張の匂いを黎明は感じた。古賀も重丸もホシが来たと気付いた。


男は郵便受けから封筒を取り出すと、リュックに突っ込み、立ち去ろうとする。


踏み出そうとする黎明を重丸が止める。

「ないとは思うが売人に接触する可能性もある、駅まで付けるぞ」


3人は尾行を始めた。古賀と黎明、重丸は少し離れて歩く。


ホシからはまだ警戒が感じられた。


交番の前を避けた道を選んだ。


そして、駅に着いた時、重丸が動いた。


「ちょっと君、話いい?」


突然話しかけてきたヤクザのような見た目の重丸に別の意味で警戒する男。


「なんですか」

若い男だった。スポーツをやっているのか日に焼けていた。


「ハッパ持ってない?」


「は?」


「ハッパ、持ってない?」


「な、なんで?も、持ってないですよ」と男は焦る。


「持ってるよね?リュックの中」


男が目を見開く。購入は初めてだった。何かの罠だったのだろうか。目の前の男はどう見てもカタギじゃない。


「か、金はちゃんと払ったぞ…」と男。


ニッと重丸の唇が弧を描く。


「署まで同行してもらおうか」


男の顔がサーっと青くなり、突然走り出す。


「巡査!」


「はい!」黎明が追いかける。古賀が一瞬で消えた黎明に驚く。通行人が何事かと振り返る。


走り出したはずの男は、いつの間にか地面を見ていた。転んだのかと思った。しかし腕が後ろに押さえ付けられている。


ガチャガチャ


はっとして上を見上げると、ダークな雰囲気の女の子が見下ろしていた。


「いやあ!巡査!噂通りの逮捕術だったね!」


「わざと逃しましたよね」


「へへっ」と笑う重丸。


「こらっお前も動けよっ」と叱られる古賀。


何だこいつら本当に警察なのかと混乱した目で見上げている男だった。


署では取り調べに黎明も立ち会った。

男は21歳の大学生で、SNSから買ったということだった。


どこでその情報を知ったか聞いたところ、友人経由で聞いたとのことだった。


友人は薬物を買っていたのかと聞いたところ、「たぶん買っていない」と、曖昧に答えた。


黎明は嘘に気付いたが、重丸も気付いていた。


その後巧みに質問を繰り返す重丸。友人の名前も聞き出す。


男は勾留され、黎明は調書の作成に追われてタクシーで家に帰れたのは深夜だった。


ガチャ


そーっと玄関を開ける黎明。


「おかえり」


「ただいま、先寝ててよかったのに」

と、焦る黎明。


「その顔、どうしたの!?あと、髪切ってるし」


「あ、忘れてた。威圧感を出すために改造された」


「はあ、やっぱマル暴なんだな…」と、蓮。


「そうだね、結局マル暴なんだね」と、黎明。


「なんかすごく似合ってはいるけど」と蓮。


「嫌じゃない?」


「どんな格好しても可愛いよ」と、ちゅっとしてくる蓮。やっぱり甘い。


「ご飯は?」


「9時くらいに食べた」


「じゃあ少しお腹減ってるだろ、軽く夜食用意しておくからお風呂に入っておいで」


「いいよ、蓮は先に寝てて」


「用意したら寝るよ」


「疲れてるのにありがとう」


黎明はシャワーを浴びた。いろいろな匂いが体に染み付いていたのでとてもスッキリした。


急いで風呂から出たが、やっぱり蓮は起きていた。


この時間帯、間接照明の温かい光が落ち着く。


「残り物で作ったスープだけどいい?」


「ありがとう!良い香り!」

きのことささみともち麦が入っている。タンパク質、野菜、炭水化物が全部しっかり入っている。


「すごくホッとする味。お肉ともち麦入れてくれてありがとう」


「良かった」蓮は電子パットで書類を確認しながら答えた。


「蓮、本当に先に寝てて」


「わかったよ、ありがとう、洗い物は明日でいいから黎明もすぐ寝たほうがいいよ」


「うん、ありがとう」


蓮は先に寝室に向かった。


髪を乾かして歯磨きをして、そっと蓮の隣に滑り込むと柔らかく抱きしめてくれた。


「おやすみ」


「おやすみ蓮」



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