第32話 トレーニング
研修の間も土日が休みだったので、とても生活しやすくなった。蓮と休みが一緒なのは黎明はとても嬉しかった。誠一郎や暁とも時間が合えば食事をしたりした。
ある日の土曜、蓮が暁にナイフを持った相手との戦い方を教えて欲しいと頼み、夜の公園で練習をすることになった。
「蓮さん久しぶりです」
「久しぶり暁、今日は付き合ってくれてありがとう」
「いえいえ久しくみんなでキャットラン行けてなかったですし嬉しかったですよ」
黎明も加えて3人で、折角なので桜が綺麗な公園に行った。深夜の公園は流石に誰もおらず、3人は練習用の切れないナイフを使って練習を始めた。
「まずは1本から」と、暁が言い早速攻撃に入る。1本の場合は蓮は素早く身をかわし、ナイフを持った手を捕らえると攻撃を無効化した。暁が超人的動きを控えていれば制圧は容易だった。
「普通ナイフを持った相手にここまでできる人はいないんですけれどね。蓮さんには1本だと簡単すぎましたね、じゃあ2本で行きますよ」
今度は近付けない。
「それめちゃくちゃ強いよね」と、黎明も言う。
「うん、これだと前に黎明がヌンチャク使ったのは正解だったよ。ヌンチャクは軽い飛び道具みたいなものだから、ナイフよりリーチが長くなって効果的なんだ」
「なるほど、ヌンチャク持ってくればよかった」
「軽犯罪法違反になるからやめてくれ」と蓮に言われた。
「警棒での護身なら習ったけど、やっぱり俺は素手である程度対応できるようになりたい」
「わかりました」
そうすると、暁は蓮はゆっくりと動きを確認しながら蓮に教え始めた。
暁のように両手でナイフを器用に使える者は少ないらしい。大抵利き手に動きが集中するために、それを見極めて隙を見つけることが重要だと暁は教えた。
また、完全に素手ではなく、着ている衣服で目眩しをしたり、周りにある物を使って防御する方法なども教えてくれた。
3人は汗を流して夢中になって練習した。
そして、警察官は習わないナイフの使い方も蓮は習いたいと言った。
ナイフ対ナイフの戦いは互いに攻撃を絶え間なく仕掛けるとても激しいものになった。何度か攻撃を当てられた場所はアザになりそうだなと蓮は思った。
暁は、ナイフにだけ集中せず、空間を使ったり脚技を試したり色々な攻撃を試す蓮がとても面白かった。
「ちょっと待ってください!今のもう一回やってかれませんか?」
そう言って蓮にナイフの技の途中に挟んだ脚技の攻撃をもう一度やらせる。
「こうしたらもっと効果的かもしれません」と暁が少し変えてやってみせる。
そんな風にして新しい攻撃の仕方などを編み出しながら集中していると、向こうの方から、男性が走って来た。
3人は「やばい…」と顔を見合わせた。
「ちょっと何してるんですか?通報入ったのですが、喧嘩ではないですよね」とお巡りさんが3人をそれぞれ見て、ギョッとするほどの美形の集まりにたじろぐ。
「何かの撮影とかですか?」
と、3人の顔を見ながら言う警察官。
「ちょっと練習中だったんです」
と、暁が言う。
「練習…持ち物確認させてもらっていいですかってそれナイフ…」
「いえいえ、これは模造刀です」と黎明が手に打ち付けて見せる。
「職務質問ご協力お願いできますか?」
と、怪しむお巡りさん。
黎明と蓮が顔を見合わせる。
「彼女と私は警察官です」と蓮が答える。
「は?」と鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするお巡りさん。
苦笑いをしながら警察手帳を取り出す蓮。念のため持って来てよかったと思った。
「失礼しました!」と蓮が警視であることに気付いて敬礼するお巡りさん。
「いえいえ、こちらこそこんな所で疑わしいことをしてご迷惑おかけしてすみませんでした」と黎明が頭を下げる。
「巡回ご苦労様です」と蓮がいうと挨拶をして走って帰って行った。
「やっぱり、山にすればよかったね」と暁。
「今度はね、でも今日は桜が綺麗で来てよかったわ」
「そうだな、夜桜が楽しめてよかった」
散り始めて、夜風に舞う花びらは昼間と違って幻想的かつ少しだけ妖しげでとても美しかった。
「どこかトレーニング場所欲しいね」と、暁が言う。
「確かに、近くにあった方が気軽に練習に集まれるね」と黎明も言う。
「体育館貸し切りとかしか思い付かない」
「使われていない倉庫とか理想的」と暁
「不法侵入はだめよ、あとそんなのドラマのセットぐらいでしか聞いたことないよ」
「ロケで使われてる倉庫とか借りるか」と、蓮。
「穂積なら知ってるかも」と黎明。
後日映像制作会社に務める穂積に相談すると、公にスタジオとして貸し出してはいないが穂積の会社と個人的付き合いがあってたまに撮影で借りている倉庫のオーナーに話をしてくれた。警察官の友人がトレーニングに使える場所を探していると言うと快く貸し出してくれることになった。業態が変わり、倉庫を使わなくなったのでたまに利用してもらった方が管理のために助かると言われたが、流石に無料で好きに使うのは憚られたので、レンタル料を払うと言うと破格の値段で使わせてもらえることになった。
時間が空いた時は自由に練習をしたり、障害物を設置して訓練などもできるようになった。
蓮は映画で見たと言う目隠しをしての訓練をしたがって、エコロケーションの話をするとクールな顔なのに目だけキラキラさせて羨ましがっていた。
手探りのまま暁と黎明で蓮にボールを投げたり、攻撃を仕掛けたりと、練習をしていたが、ボコボコ当てられて痛そうだった。
「蓮大丈夫?」と黎明が心配する。
「大丈夫!無理なことに挑戦してるのはわかってるけど、どうしてもやってみたいんだ」
と、蓮が譲らない。
しかし、いくつものアザを作ったのち、徐々に感覚を掴んだみたいだった。
暁や黎明が五感の鋭さをもとに状況を判断しているのに比べ、蓮はほぼ第六感に近いものをフルで働かせているようで、2人よりもより野生的とも言えた。
繰り返して練習しているうちに感覚は研ぎ澄まされて行って、ついには3人で目隠しをしたままタスキを奪い合うゲームができるようになった。
「蓮さんの身体ってどうなってるんですか!?俺は特殊訓練を積んだベテランから教えを受けてきましたけれど、蓮さんの成長速度、筋力、体力異常じゃないですか!?」
「蓮は頭がいいから、感覚だけで戦ってるとやられる」と黎明が額の汗を拭いながら言う。
「いつもトレーニングした後、使ったことない身体の使い方するから身体がバキバキになるよ」と息を切らしながら蓮が答えた。
「もしかしてキャリアなのにSATより強かったりして」と黎明が笑う。
「黎明は小さい頃から蓮さんとだけトレーニングしてるからわからないかもしれないけれど本当に特殊部隊レベルだと思うよ⁉︎」と何もわかっていないと思われる2人に暁は力説した。
「俺はそこまで最前線にいないから試しようがないな」と蓮は笑った。
「なんかフラグに聞こえるからやめてよ」と黎明が不安げに言う。
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5月の初め、ゴールデンウィークの直前だった。平日の昼下がり、このまま何もなければゴールデンウィークはゆっくり休めるかもしれないと思っていた最中のことだった。
横浜市西区で銀行強盗発生。実行犯は3人組と見られ、利用客を人質に取って金銭を要求。
「銀行強盗!?」署内はざわついた。
「現場に向かっているのは?」蓮が聞くと
「近くの交番署員が既に到着しておりますが、中の様子が見えないと、また機動隊が向かっています」
「わかった、俺たちも向かうぞ、拳銃を携帯するのを忘れるな」
現場に向かう途中、第二報、がないことに違和感を感じていた。
現場には20分かかるかかからないかとという場所で一刻も争う。
運転していたのは巡査部長の立花礼央だった。そのまま突っ切ってしまいたい勢いだったが交差点でスピードを落とさなくてはならないのがもどかしい。
そう思いながら、交差点の手前、蓮がふと周囲を確認した時に目に入った光景に目を疑った。
「立花!!!左のコンビニに入れ!!!」
「は!?」と立花が眉をひそめる。ただでさえ急いでいるこの状況でなんだと言うのだ。
「強盗だ!!!」
無線で第二報が入ったのは、その時だった。
「現場の交番署員から中で犯人と対峙しているとの報告。機動隊が2分で到着予定」
「なんだと!どうやって中に入ったんだ!」蓮が怒鳴り気味に言う。
「横側につけてもらえる」
「はい!承知しました!」
「110番して」そう立花に告げながらドアを開ける。
「課長!防弾ベストは!?」
「ちゃんと着てる」
「正面から突入するんですか!?」
「まだ犯人はレジの外側で脅してるだけだ」
そう言って蓮は店に向かう。
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事件発生から約30分、銀行内では悲鳴を上げたりしていた客も静まり、実行犯の命令通り一つの場所に固められていた。
誰もが目を付けられたくないと目を伏せている。
「早く金を詰めろぉ!死にてぇのか!」
カウンターで詰め寄るのはがっしりした体つきの男だ。黒のミリタリージャケットに帽子にマスク、目しか見えていない格好だ。
支店長と見られる男性が怯えながらもたついて何度も同じことを聞いたりして時間稼ぎを試みている。
実行犯は3人のようだ、それぞれ体格が良く銃を所持している。
「犯人は少しでも変な動きをしたら人質を殺すと要求しています」
と中に入った交番職員から無線が入る。
「くそっ!SATはどうした!」
現場の刑事が痺れを切らす。
「西区でコンビニ強盗発生、男が銃を所持して店員を脅している現場を発見した捜査一課の2名が対応中」
まさに今銀行強盗の真っ只中というのにすぐそばで発生したコンビニ強盗に皆唖然とする。
「現場に向かったのは誰だ!」
一課の重鎮警部中園が怒鳴る。
「真木課長と立花巡査部長です」警部補が答えた。
「店内に客は!」
「客は5名と店員2名とのことです」
中園は焦りと苛立ちで怒声のような唸り声をあげる。
犯人が凶器を持っている以上下手な動きはできない。
「応援は要請は?」
「まだ何も、こちらの銀行強盗の状況もあり渋っているのかと」
「共犯がいないとは限らない。こっちから捜査員を何名か送る、お前も行け」
「ですが…」
「膠着状態だ、何もできやしない」
「わかりました」警部補は数名の警察官と共にコンビニへ向かう。
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現場には、客が5名と店員2名。客側に共犯者がいるか今のところ判断がつかない。逃走車両は…白いバンが2台、バイクが2台、自転車が一台か。後部座席は2台ともスモークがかかっていて中が見えない。しかし2台ともどこかあやしいと感じる蓮。
「立花、突入する。客側に共犯がいたら応援に入ってくれ」
「応援を待たないんですか?」
「カウンターの外側に犯人がいる今がチャンスだ」
ピロリロリロー…ピロリロリロー…
呑気な音を立てて自動ドアが開く。
店内にいた者たちの視線が一気に蓮に向く。
「警察だ!武器を捨てて伏せろ!」
蓮が銃を向けて、少しずつ距離を詰める。男はこちらに銃口を向けない。安全装置は上がったままだ。体格は中肉中背168センチくらいの身長だろうか。年齢は顔が隠れているが声からしてそれほど若くない。
「お前が捨てろ!さもないとこいつを撃つぞっ…!」
男がいい終わるか終わらないかのタイミングだった。
バーン!
「うわぁ!」っと男が声を上げる。
と同時に蓮は銃を持つ手を蹴り上げ、瞬く間に男を捻じ伏せて手錠をかけた。
男の足元には蓮の撃った銃痕。
その瞬間!
「課長!」立花が入ってくると同時に、店内にいた若者の男性2人が立ち上がって
「うわぁ〜!!!」と叫びながら向かってきた。その手にはナイフが握られている。
「立花ぁ!!!こいつを頼んだ!!!」と蓮が叫ぶ。
立花はハッとして、抵抗しつつ横たわる男を押さえつける。
2人がナイフを両手で握り、蓮に襲い掛かるが、2人の足並みが蓮の手前で鈍り、一瞬互いに目を見合わせたその瞬間。
ひゅっとナイフを持つ手ごと引っ張られステンと転ぶ、次にもう片方が向かってきたところを交わして首を肘打ちするとガクンと崩れた。そして転んだほうの人物の手をナイフが握られたまま踏みつける。
「ぐぁぁ!」苦痛の叫びを上げてナイフを離した。
「手錠、一個足りないな」と蓮がつぶやく。
立花は目が点になっていた。この人キャリアだったよなと思う。警察学校で何度も逮捕術を練習させられた自分とは違うのだ。
「西区のコンビニ強盗実行犯3名確保」
蓮が無線で報告する。
そこへ捜査一課の警部補が到着。
「お疲れ様です。手錠を貸していただけますか?」と蓮が何事もなかったかのように要求すると。状況が飲み込めず、口を半開きにしたまま警部補は手錠を差し出した。
「あと、外のバン2台チェックしてください」
案の定バンの鍵を所持していたのはナイフを持った若者2人であった。
そしてバンからはライフルが見つかる。
「銀行強盗とは共犯か?」と蓮が実行犯のリーダーに聞いた。
「何のことでしょう」という男。
「これは逃走用のバンか?」
「違います」
「俺はコンビニ強盗の逃走用なのか聞いたんだ」
罠にハマった。男は動揺を見せた。
「他の車両はどこにある?」
「何のことだかわかりません」
しら切るつもりか。
「コイツらは銀行強盗の共犯です。2台のバンは、銀行強盗逃走用も兼ねている、すぐに中園警部に報告してください、俺たちも被疑者共々銀行に向かいましょう」と、警部補に伝える。
「あと、拳銃は偽物だったとも伝えてください」
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コンビニ強盗が確保された情報は銀行内にいた交番警官にも知らされる。
するとなぜか動揺する警官。3回咳払いをする。
実行犯の男が金が入ったバッグを持って、スマホのメッセージアプリに「車両3」と打った。警察を撹乱させてさらに、コンビニから人質に扮した闇バイトの2人を持ってくる手はずだったが失敗だ。武闘派を置いたのに簡単にやられあがって。
銀行の扉が開き、実行犯3人と人質になっている警官、そして人質がもう1人、女性が出てきた。
SATが盾を構えつつ備える。
中園はできることが限られた状況下で、銀行にいる交番警官の管轄警察署で照会を行なっていたが、出てきた警官の顔が違っていることに気付いた。さらに、銀行強盗の前に、振り込め詐欺の事案で通報が入り、交番からその職員が駆け付けていることがわかった。
「はーん、なるほど。警官襲ったのは拳銃のため、俺たちはずっと犯人と会話してたのか、こっちの情報もダダ漏れで」
中園はすぐにSATの指揮権者に、拳銃は一丁以外偽物である可能性、警官が変装した犯人でいることを伝える。
犯人が出てくるとすぐに、白いバンが到着。
「人質を解放しなさい!」とメガホンから流れる虚しい要求。
当然聞かれるわけがない。下手な動きをすれば女性が真っ先に撃たれる可能性がある。
バンのドアを開き男たちが足を踏み入れた時。
「待て!!!人質の交換を提案する!!!」
「コンビニ強盗の実行犯と人質2人を交換だ!」
メガホンで叫んでいるのは蓮だ。警官が偽物でいることは承知である。
「良いだろう!ただしコイツだけだ!」と女性を差し出そうとするリーダー。
若い女性は泣きながら震えている。バッグなどは持っていない。スマホのGPS対策だろう。
「こっちは3人と譲歩してるんだ!2人返してもらわないと!」と蓮は言う。決して怒鳴る風ではない。しかし声色に焦りもにじませる。
変装が気づかれていないのか?と思う実行犯。
「だめだ!」
そう言って反応を見る。
そこでSATも応戦する。
「警察官を抱えたまま逃走する気なのかい?ただのお巡りさんだって舐めないほうがいいよー降ろしちゃった方楽だと思うなあ」
リーダーは焦り始める。こんなやり取りをしている時間はない。包囲網がどんどん完成していくだけだ。県外に出れなくなってしまう。変装が見抜かれていないなら今がチャンスだ。拳銃もある。強硬突破してしまえばいい。
「わかった!まずは1人交換にしようか!」
男は了承する。
「中園警部、主犯格を渡すつもりです。おそらく他2人は雇われです。主犯格を渡したところで逃走に踏み切ると思われます」
「了解」
「SATの準備は大丈夫ですね」
「ああ」
そして、主犯格の男と女性が交換される。
救急隊員に囲まれると腰が抜けたのか座り込んでしまった。
主犯格の男は車に着くとと同時に全員が乗り込み猛スピードで車が走り出す。
それが制圧の合図であった。
道路に轢かれた撒菱のようなものを踏んでタイヤがパンクする。そしてSATに囲まれると制圧は一瞬であった。
取り調べの結果、コンビニにいた主犯格の1人は元自衛隊員、他の2人は闇バイトだった。
蓮は一瞬で元自衛隊員とナイフで武装した2人を制圧したその判断力と身体能力で刑事たちからはもちろん警備部からも一目置かれるようになった。
しかし蓮はそんなことより黎明と過ごせるゴールデンウィークが潰れる方が重大な問題であった。
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