第31話 警視庁組織犯罪対策部特殊機動捜査課


黎明が蓮に配属先を告げた時、彼の顔に浮かんだのは困惑の表情だった。


「あの部署は全員兼任だと思ったけど」


「そうらしいね、プロパーは私が初めてだって」


「あそこができた経緯知ってる?」


「ううん、聞いてない」


「あれは元々虎さんの寄せ集めメンバーでできているんだ」


黎明は驚いた。


「数年前の怪盗X事件は聞いたことがある?」


「うん」

怪盗X事件とは、怪盗Xと名乗る人物が首謀するグループが日本を中心として世界各国で空き巣や強盗を繰り返していた事件である。


「あの首謀者を虎さんが個人的に目を付けて寄せ集めたメンバーが解決してしまったんだよ」


「ええ!そうだったんだ」


「そのメンバーも曲者の集まりで、他の部署で厄介者扱いされていた奴なんかも拾ってきて使ってて、結果成果を上げてしまったことから、とりあえず組織として手続きを踏んで事件に関われるように、とってつけられた部署名なんだよ」


「なるほど」


「ただ…」

蓮は苦々しい顔をする。


「かなり危うい任務が多い。正直俺は黎明が心配だ」


「心配してくれてありがとう。でも私なら結構丈夫だから大丈夫だよ」


「うん…そう信じてるけど、何度も言って悪いけど、無茶だけはするなよ」


「うん、わかった」


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警視庁がある皇居周辺、館長が集まる場所柄、通勤する人々と一緒にカツカツと低めのヒールを鳴らしながら歩くと黎明は緊張を感じて来た。1日目なのでリクルートスーツを着て来たけれど、逆に目立ってしまっている気がした。


エレベーターを上がり組織犯罪対策部のあるフロアへと進む。エレベーターを降りたところでフロアマップを見て、はたと気づく。

特殊機動捜査課がない…。そういえば自分以外兼任、ということはオフィスがないのではないか?黎明は冷や汗をかき始めた。


そこへ女性の職員が通りかかった。

「すみません、特殊機動捜査課はどこですか?」黎明は恐る恐る聞いてみる。


「はい?」


「組織犯罪対策部特殊機動捜査課に本日配属されたのですが場所がわからなくて」


「そんな部署はないと思いますが?」

と怪訝な顔で女性に言われる。黎明の胸元を確かめて職員証は持っているのだから部外者ではないだろうと思う女性職員。


「な、ない⁉︎」焦る黎明


「はい、聞いたことがありません。そこの電話で総務部に確認してみてはいかがですか」

そう言って女性はエレベーターフロアに設置された受話器を指差す。


「あ、ありがとうございます…」

黎明は受話器を取って、電話をかける。

プルルル…

プルルル…

出ない。就業時間前だからだろうか。黎明はいよいよ額に汗をかき始めた。時刻は午前8時26分。あと4分で遅刻だ。


仕方がない。恐らく虎雄の部署にいけば間違いないだろう。名刺に書かれた場所に向かう黎明。


(あ!虎雄の声だ!)


ドアの前で緊張しつつ3回ノックをする。


ドアの向こうが途端に静かになる。


黎明はノックに気付いているのに待っても返事がない。しかし、ドアの向こう、ドアの左側に背の高い人物が立っていることはエコロケーションで感じた。


「失礼します!」といかにも新人みたいな挨拶をして、ガチャリとドアを開ける。


スパンッ!!!


「お、おはようございます…」黎明は苦笑いする。黎明の左手は振り下ろされた竹刀を掴んでいる。


「おおお……」と部屋の中から声が上がる。


これは、どういう状況だろうか?と、黎明は混乱する。ギリギリに部署を訪れたことへの罰か、またはマル暴流の歓迎だろうか。


「おみごとー!!!!」と、竹刀を振り下ろした張本人である重丸が叫ぶと、拍手が起こった。


「合格!」と、虎雄がにやけている。


「手、大丈夫?」と、小柄で小動物のように可愛らしい女性が黎明のところにトコトコとやってきた。


「はっ大丈夫でございます!」と、変な返事をしてしまう。


「良かったぁ、やめた方いいって私は言ったんだけどね」と、眉が八の字になっている。パーマがかかった茶髪のボブ、つぶらな瞳に大きな黒目、キュッと上がった口角。黎明はどこかで見たハリネズミのぬいぐるみを思い出した。


「諸君!本日付で特殊機動捜査課に配属された真木黎明巡査だ。とりあえずうちの部署で基本仕事をしてもらうからよろしく頼む!」


「はい!真木黎明です!どうぞよろしくお願い申し上げます。」と、黎明は敬礼する。


「可愛い〜」と声が上がっている。


「真木巡査、ご存知の通り、プロパー職員は君が初めてだから、うちで抱えることになった。とりあえず教育係は重丸に頼むから詳しいことは彼から聞いてくれ」

と虎雄は重丸に丸投げする。


「はい、承知いたしました」


「じゃっ黎明ちゃんよろしく!」

この前よりはカタギ感のある服装だがピアスがチャラい。


「はい、どうぞよろしくお願い申し上げます」不安に思いながらも顔に出さず丁寧に挨拶をする黎明。


案内されたのは最初に入った大部屋の中のドアを開けて隣の部屋だった。


ソファーが設置されていたり、立って話ができる高さの丸いテーブルなんかが置いてあった。なんだか少しお洒落である。休憩部屋かと黎明は思った。


「ここがとりあえずの拠点で、呼ばれたらここに集まる感じになってる」


「なるほど」


「メンバーは、俺が把握してる限り15人くらいかなあ?」


大雑把すぎないかと黎明は思う。


「ちなみに俺もメンバーだよ、あとは満遍なく色んな部署からメンバーが集まってる。一応手柄の横取りとか言われないようにされてるのももともと担当してた部署からメンバーが集められてるっていうのもあるねん」


「なるほど」

制圧などは捜査の花形のような仕事だろう。その手柄を取られたら軋轢が生じるだろう。


「実際部署ってみなされてもいないから手柄の横取りも何にもないんやけど」


「さっき廊下で場所を尋ねたら知らないと言われました」


「そういうこともあるね。あんまり知られていないし、公式と非公式の間ぐらいの位置付けだから」


「すみません、話を変えて申し訳ないのですが、先ほどのあれは何だったのでしょうか、もし私が来るのが遅くなってしまったため…」

初出勤早々襲われたのだ。


「いやいや、全然そういんじゃないよ!あれはちょっとした試験というか…」


「前に出せる女の子が欲しかったんだよ」

と、虎雄が部屋に入って来た。


「暴力団相手に仕事してたら突然乱闘になっちまうことだってあるし武器を持っている相手と対峙することも多い。だから必然的に女性はオフィスワークが多かったんだけど、現場では女性だからこそできることも多いからね」


「なるほど」


「重丸には本気でやれって言ったけど、あれを止められるんだ、もちろん無理そうだったら寸止めしろって言ったからな、言ったよな?重丸」


「あひ!」と重丸が変な返事をする。


黎明が苦笑いする。


「警察学校の成績は確認済みだけど、ざっと得意なこととか教えてもらえる?」


黎明は、話の文脈からだと実戦でどの程度対応できそうか想像しやすい情報を言った方がいいかと考えた。


「格闘技は義理の父の真木刑事から小さい頃から教えられてきたのでできます。大学時代のバイトでSPとしての実戦経験も少しあります。あと実戦でヌンチャクが使えます」


「ヌンチャクっ!」重丸が笑う。


「うむ、この重丸がこの部署にいる一番と言ってもいい理由はな、ストリートで戦った時に強いからだ。単刀直入に聞くが、重丸に勝てるか?」

虎雄は重丸がスレスレで当てるつもりはなかったが竹刀を本気で振ったことに気付いていた。そして、黎明が片手で少しもブレずに何事もなく抑えたのも見ていた。


黎明は、答えることを迷った。

「負けは、しないかと」


その瞬間、

シュッと回し蹴りが飛んできたので、黎明は、しゃがんで避けると、蹴りを支える重丸の左脚にしゃがんだまま蹴りを入れる。


バランスを崩す重丸だが、すぐさま身を翻すと逆の脚を支柱に蹴りを食らわせようとする…と、そこで


「イッテぇーーーー!!!!!」

重丸が疼くまる。


「アホか」虎雄が呆れる。


左足をテーブルに強打したのだ。


「えええ!大丈夫ですか!?」今のは相当痛かっただろうと黎明が焦る。


大丈夫大丈夫と手で合図するが悶えている。


「はぁ…。真木巡査の技量はなんとなくわかったよ、はぁ…」と虎雄がため息をついて首を振る。


そこに何事かとひょっこり棒付きキャンディを咥えたヒョロ長い男性が顔を出した。


「ああ、古賀か、大丈夫だよ。真木巡査、古賀君も特殊機動捜査課のメンバーだよ」


「どうも」

そういう古賀の見た目はめちゃくちゃ怖い。身長は高いが痩せ型なので実際より高く見えているのかもしれない。坊主に近い頭、眉毛はなく細い目に、耳にも顔にもたくさんピアスが付いている。食べる時に邪魔になりそうだ。


ぺこりとお辞儀をするといなくなってしまった。


「真木巡査はそのうち古賀と組んでもらう予定だからよろしくね」


「はい」うわぁ、怖いなぁと黎明は思っていた。


「あれは、見た目は舐められないようにああしてるだけでただのキャラ作りだから気にせんといて、今も心配して来てくれたんやで」と重丸がやっと立ち上がって教えてくれる。


「彼は元々新宿署の組対にいたんだけど、刑事としてはすごく優秀なんだけど弱すぎて使い物にならないってお荷物扱いされてたところを虎さんが発掘したんだよ」


「特殊機動捜査課は一芸に秀でた人が集められたと聞きましたが、古賀巡査部長はどんな技能があるのでしょうか?」


「そうそう、彼はね情報収集がすごい。どうやって手に入れたって聞いても教えてくれないんだよ」と虎雄が笑った。


「そうなんですね」

色々な特殊技能を持つ者を発掘して引っ張ってこれる能力もある種の特殊技能だと黎明は思った。


「そや、黎明ちゃん麻薬見つけんの得意やったな。あれどうやって見つけてはるの?」


悩む黎明。特殊技能を認められてここに呼ばれたならある程度教えたほうがいいだろう。さらに虎雄は黒豹の処理に関わった以上ある程度自分のことを知っていると考えていいだろう。

「教育係の警部補に怪しい人物の見分け方を学んだほか、警察官訓練所で実際の薬物を見させてもらって、ある程度嗅ぎ分けができるようになりました」


「はぇ〜鼻がええんやなぁ」


「はい、目と鼻と耳はかなり良い方です」


「全部やないかい!」と重丸が突っ込む。


虎雄は面白い物を発掘したとワクワクしている顔だ。


「明日から色々研修受けてもらうからしばらくここには来ないことが続くと思うけど、今日は組対のみんなで歓迎会しようと思ってる。予定は大丈夫?」


「はい!大変光栄です。ありがとうございます」


「そんなに畏まらないで大丈夫だよ、俺のことは虎さんでいいからね」


「俺はシゲさんで!」と重丸が割り込む。


「はい!」


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歓迎会は赤坂の居酒屋で開かれた。

組対は男性ばかりかと思っていたが、女性も何人かいた。


組対の人たちだけではなく、特殊機動捜査課の他の部署のメンバーもちらほらいた。警備部から、ちょっと斜に構えた感じの若い警察官の樋口、公安部からハッカーのような雰囲気の鈴木、科捜研から幸が薄そうな雰囲気の女性の椎木が参加した。


古賀は明らかに見た目で浮いていたが、気が効くようで酒を注いだり、追加注文をしたり、取り分けたりとそつなくこなしていた。人をよく見ているというのが黎明のイメージであった。


ゴツいイメージの組対だったが、虎さんの影響かそれぞれ居心地が良さそうで、良い職場かもしれないと黎明は感じた。


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