第23話 結婚式



10月の半ば、ついに黎明たちの結婚式が開かれた。


蓮と黎明は今回広告塔であったので、式の前の撮影などはほとんどロケであった。


何回も同じシーンを撮ったりして、映画の撮影をしているようだった。


これらの映像は、後からプロモーションビデオとして編集されるそうだ。


式場には、オーケストラが入っており、演奏のリハーサルなども暁の指揮で行われた。


その映像もしっかり色々な角度から撮影されている。


三木は目の下にクマができていた。黎明と蓮の結婚式であるが、三木の会社のプロモーション、そして作品に黎明たちが協力するという形で成り立つものだったので。三木たちの仕事量は尋常ではなかった。黎明は交番勤務になってからは暁と住んでいたので忙しさがそのままわかりヒヤヒヤした。


暁は協力してくれるウェディングプランナーや会場への営業で首都圏を走り回ったという。なかなか見つからずウェディングプランニングまでやるしかないのかと途方に暮れていたところ、たまたまクリエイターとしての三木を知っていたまだ若い企業が協力してくれることになったという。


結婚式に蓮は仕事関係者をあまり呼びたくなかったのだが、誠一郎も蓮も黎明も警察官となると呼ばざるを得なかった。


黎明は結婚式前日から慌ただしく、心が落ち着かない中、全面的にサポートしてくれたのはアスミだった。母親がいない黎明に身の回りの世話を色々と焼いてくれた上、自分の時の経験を色々面白おかしく話しながら黎明の緊張を解してくれた。本当に頼りになるお姉さんのようだった。


アスミがセレクトしたドレスを三木に全部却下されて大げんかになったことも教えてくれた。


黎明のドレスは、ウェディングドレスはアスミと下見をした後、蓮と改めて選んで、カクテルドレスは音楽や演出に合わせて三木がデザインした。普通のデザインではなくいろんな仕込みがあったので演出に合わせて歩く練習もして、とんでもなく慌ただしく忙しかった。連休が取れたのは非常に幸運だった。


ようやく準備が終わると、蓮もクタクタの様子だった。


「明日大丈夫?」と黎明が苦笑いして言うと。


「思ったより、忙しかったな、モデルか俳優にでも転職した気分だった」と蓮が笑った。


実際にとても良くこなす蓮に、三木が転職しろと冗談を言ったのだ。蓮は警察庁の採用パンフレットにも若手職員として写真が出ており、その時も他の職員が「笑顔が硬い」とかもっとあーしろこーしろと言われる中、蓮は優等生モデルを演じて3分で撮影を終わらせたのだった。その年は、配るはずのパンフレットがいつのまにか減るというので、職員が勝手に持っていけないように厳重に管理された。公安系省庁であるため、女性の志望者が他省庁より少ない傾向があったが、その年は例年の倍の官庁訪問があったそうだ。


「はは、蓮はなんでもカッコよくきめられるから実は向いてるかもね」と黎明が言った。


「黎明、疲れてない?緊張してない?」蓮は聞いた。


「体力は大丈夫だけど、ちょっと緊張してる」黎明は、就職して研修があったり慣れない環境の中慌ただしく進めた準備が十分だったか不安で、あまりにカッコよくて素敵な蓮を前に自分は大丈夫だろうかと不安だった。


「髪も少し短いし、何もお手入れしてない。エステにも通ってない。もっと綺麗にしておきたかった。」と黎明は残念そうに言った。本当に楽しみにしていた結婚式だったけどとても時間の余裕がなかった。


蓮は、撮影が終わったそのまま美しく化粧を施されて、椅子に斜めに腰掛ける、陶器のように白く綺麗な肌、そして細く繊細ながらどこか力強さを感じる身体のライン、そっと伏せる長いまつ毛、形の整った鼻、艶やかな唇、その全部を見て、ため息をついた。こんな綺麗な女性世界中どこを探してもいないと思った。


「こんなに綺麗なのに。ほら目を上げてごらん。」側に行くと前に跪いて顔を覗き込んだ。迷った末カラーコンタクトをしなかった金色の目がキラキラと蓮を見つめた。


「本当は誰にも見せたくない。そっとしまって俺だけのものにしたい。」そう言って頬を包み目元を親指でなぞった。


「明日から全部俺のもの」そう言って歯を見せて笑った。


黎明は蓮の首を抱いて言った。

「そうよ、全部あなたのもの」


「また明日」


「うん、また明日」


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当日の朝、節子さんが来てくれた。

「黎明、結婚おめでとう」


「ありがとうございます。節子さん。」黎明が泣きそうになる。


「あらあら、泣いちゃだめよ、お化粧が崩れちゃうじゃない」


「うん…」黎明が必死に堪える。


「本当に立派になったわねえ」節子さんはしみじみと言った。


「これから、蓮君を支えていくのよ」


「はい、今までいっぱい助けてもらったから今度は私が支えていけるように頑張ります」


「真木さんたちには本当に感謝ね」


「節子さん、私を育ててくれて本当にありがとうございます」


「…」節子は言葉に詰まった。唇をきつく閉じ、フルフルとさせている。堪えきれず涙がポロッと床に落ちた。


「あなたのことを本当に娘のように思っていたわ」節子さんは言った。


「私も節子さんのことをお母さんのように今でも思っています」黎明も涙が溢れてしまった。


「良くここまで元気に育ってくれました!そしてこんな綺麗な花嫁姿まで見れて、こんな喜びはないわ」と節子さんは涙を浮かべながら笑った。


「さあ、行ってらっしゃい」


「はい、行ってきます!」


蓮が控室の入り口で待っていた。


「行こうか」優しく笑って蓮が言う。


「うん」

2人は手を取って歩き始めた。

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式場に集まった観客はしばらく静かなピアノが響いたかと思うと、突然消えた電気にざわめいた。


あたりを見渡すと壁一面が星空のように見える。


すると、水音が


「ポチャン」と響く。


こそから少しずつ小川の流れるような音。


草木が揺れる音がしてきたと思うと。


細かく刻まれるバイオリンの音が小さくしてきた。そこに鳥の囀りが混じる。


そして、ヴィオラ、チェロが重なると


少し明るくなる。星空だった壁には、東京の夜明けが映し出された。少しずつ、少しずつ明るくなっていく。


壁には朝焼けが映し出されると、オーケストラの演奏の音が大きくなり、シンセサイザーの音も混じってくる。神聖な雰囲気にあたりが包まれて少しずつ重なったストリングスがクライマックスを迎えた時、


暁の指揮でピタッと止まる。


扉が開き、観客の注目が集まる。


するとパッと明るくなりさまざまな光が混在するプロジェクションマッピングとともに、映像と呼応するオーケストラとシンセサイザーが華やかに鳴り響く。ランダムにストリングスが鳴っているよう聴こえるのにハーモニーになってまるで朝の森の中の小鳥や草木の囀りのようだった。


その中をハッと息を呑むほど美しい花嫁が、なぜか誠一郎のエスコートで、いつのまにか前に立っている花婿の元に、歩いてくる。プリンセスラインではなく身体に沿って自然に流れるような生地が、スタイルの良い黎明を際立たせる。


まるで森の中を妖精が歩いてくるような演出だった。


「なぜに蓮の父?」と思った者も多かったが、構わず黎明は父として一緒にバージンロードを歩いて欲しかったのだ。


ストリングスから静かなピアノの演奏に変わっていく。そこで、講壇に牧師が入場した。


三木とアスミの結婚式の牧師であったが、ぜひと黎明が頼み込んで出張していただいたのだ。


メッセージで読まれたのは


「ふたりが一緒に寝れば暖かである。ひとりだけで、どうして暖かになり得ようか。 人がもし、そのひとりを攻め撃ったなら、ふたりで、それに当るであろう。三つよりの綱はたやすくは切れない。」

と言う箇所であった。


1人では立ち向かえないことも2人でなら乗り越えられると言う趣旨だと思ったが、なぜ2人の話なのに三つよりの綱なのだろうか。もう一本は神なのだと牧師は解いた。神の愛によって結ばれた2人は決して切れることがないこと、そして、この結婚は神の前での契約なのだと教えた。


そしてこれから行われる指輪の交換は単なる2人の間の契約ではなく神を前にした神聖な契約なのだと教えた。


そのあとでの結婚の誓いの言葉、そして指輪の交換は単なる演出ではなく、とても意義のある、重みのあるものになった。


「花婿は花嫁に誓いのキスを」


蓮が黎明のベールを上げる。


すると会場が少しざわめいた。

ほとんどの人が黎明のコンタクトなしの眼を見たことがなかったのだ。


すこし緊張した面持ちで蓮を見上げる黎明。


その緊張をほぐすように大丈夫、と優しく微笑む蓮。


するとそれに応えて少し微笑む黎明。

その唇に優しく口付けた。


「おめでとーーーーー!!!!」と大歓声が上がり、同時にオーケストラが演奏を始めた。


牧師が2人に祝福を祈った。


涙をぼろぼろ流す節子さんと目頭を抑える誠一郎。


涙を流す黎明の頬を優しくハンカチーフで拭う蓮。

誰が見てもどれだけ愛おしく大切に思っているかわかる表情だった。蓮の職場の者たちは、寡黙で表情にもあまり変化がない蓮が、あまりに優しく甘い顔をするので相当驚いてお互い顔を見合わせていた。


退場する2人の足元からは花が咲くようなプロジェクションマッピングと、それに合わせた音楽が演奏された。


その演出に歓声が上がる。


フラワーシャワーの中を歩く2人は、その瞬間世界一幸せそうな顔をしていた。


映像制作会社に就職してフラワーシャワーの撮影を担当した穂積は涙で画面がぼやけて焦っていた。


三木は泣きながら披露宴への準備に向けて指示を出す。それを大丈夫かと苦笑している暁だった。


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披露宴の入場は、今度はピアノから始まった。ピアノ、チェロに続いてその他のストリングス、シンセサイザーがなり、映画の冒頭のような音楽だった。その中をお色直しを終えた黎明が再入場したが、それを付き添ってくれたのは節子さんだった。節子さんはとても上品な着物を着ていた。初老になってもその佇まいはしゃんとして昔と少しも変わらず美しいままだった。


黎明のドレスは朝焼けをイメージして作られており、先ほどとは異なりプリンセスラインであった。会場も朝焼けをイメージしたプロジェクションマッピングが行われて黎明のドレスにグラデーションで朝焼けが映るようなデザインだった。黎明のドレスにはライトが仕込んであり、オーロラのように光る斬新なデザインで、列席者からは驚きの声が上がった。


そして、前に座った黎明と指揮をしていた暁の眼を見てまた驚きの声を上げる者がたくさんいた。


「カラコンがお揃い?」と列席していた溝口は不思議に思った。


蓮の上司は女性と男性の2人が来ていたが、

黎明の外見にどちらも驚いていた。


披露宴では、生演奏と共に、ムービーが流れた。普通は2人の生い立ちなどが流れるが、黎明の生い立ちは複雑だったので、2人の写真や動画が、音楽と共にプロモーションビデオのように流れる形で、説明などは省かれた。


司会には、企画の総責任者である三木がついて、2人への祝福の他、自己紹介や会社の概要、そして2人と音楽の関わりなどを紹介する挨拶を行った。


次に生い立ちの代わりに秘蔵映像として、エンターテイメント性をもって、流されたのは2人のバンド映像だった。こちらはいつの時期のものか、またその時の微笑ましいエピソードなども加えられて流れて、家族のエピソードの代わりに2人の人となりがわかるような映像となっていた。黎明の高校時代の人気アイドルのラブリーな曲をコテコテのレゲエ風に歌うというおふざけ映像なども出てきて笑い声も上がった。黎明がボーカルの映像は、黎明が三木のバンドボーカルを長く務めたことで、参列者には馴染みのある者が多く、懐かしいと声が上がったりしていた。


驚きの声が上がったのは蓮の映像であった。中学生の吹奏楽部の発表映像から流れたのにはみんな大笑いだった。

三木の家で少年の2人が楽器を一生懸命練習している無邪気な姿も微笑ましかった。

高校時代のエピソードは言わずもがなで、蓮が恥ずかしそうにしていた。

そして大盛り上がりしたのは、卒業式の蓮のボーカル映像であった。どう見ても最近の映像だった上仕事帰りにしか見えない服装で、しっかりマイクから音を拾って録音されており、高音質高画質で流された映像には、誠一郎も蓮の職場関係者も呆気に取られていた。


「えええええ」と声を出して驚いていたのは溝口と警視庁で世話になった蓮の先輩であった。


しっかり”Marry you”の動画も取られていて、蓮が異動した神奈川県警の女性上役は赤面した。蓮はスンという顔をしていた。


ヒューヒューと声が上がった。


次に、列席者へのお礼の挨拶が蓮からあり、ウェディングプランナーのスタッフから祝辞などが読み上げられた。保守党のドンとも言われる政治家の荻野目からの祝辞にはざわめきがあった。


蓮が先月まで所属していた組織犯罪対策課の参事官柳瀬拓真は祝辞を述べたが、職場での蓮の姿とのギャップを見た後、そしてクリエイターたちが多くアート作品のような披露宴での祝辞として、場違いな気がして早く終わらせたいと思っていた。


友人からの祝辞としては、2人の共通の友人である三木が形式ばっていない、2人を長く知っているからこその心のこもった温かい祝辞を述べた。


そして、黎明からは、節子さんと誠一郎、そして暁に向けて手紙が読まれた。手紙と共に、静かな音楽が流れて、黎明とそれぞれの写真が投影された。節子さんと誠一郎への部分では、黎明がどんなに愛されてきたかわかるもので、黎明は読みながら涙を流した。誠一郎も耐えられずハンカチで顔を抑えた。

そして、暁には、黎明がどんなに暁の存在に励まされて、そして深く愛しているのかストレートに伝えるもので、そして、孤独に生きてきた暁に、「これからもずっとずっと大切な大切な家族だよ」と、言葉ではっきり伝えるとピアノの前に座っていた暁の肩が震えた。

黎明と出会ってからは自分の孤独を埋め合わせるように執着に近いものを見せたこともあった。そして、本当に家族として愛し合うようになってからは、失われた時間を取り戻すかのように大事に大事に一時一秒を過ごした。暁の中には黎明の幸せを喜ぶ一方、唯一の心を許せる存在が離れていくような不安も内心あった。しかしそんなことを考えていてはいけないと押し殺して自分でも見ないふりをしていた。でも、黎明にはわかっていたのだった。


暁の元に黎明は歩いていくと、優しく抱きしめた。

「ありがとう」と、震える声で暁が言った。


会場では、黎明の生い立ちが詳しく明かされずに、疑問に思うものもいたが、最後の美しい兄弟愛と、さらに金色の眼を持った人形のような2人が並んだ光景に心を打たれて、あえて深く話したりするような者はいなかった。


しみじみとしていた雰囲気だったが、生演奏が静かに始まると、だんだん盛り上がる曲調に変化して、ウェディングケーキが登場した。恒例の「あーん」は蓮も黎明も意見が一致してやりたくないとのことだったので、切り分けたケーキを2人が配る運びになった。


黎明は、そこで三木の母親と初めて対面したが、かなり陽気で明るい性格で三木に似ていた。結婚式の時も披露宴のときも笑ったり泣いたり忙しい人だった。一方三木の父親は経営者の貫禄があったが、丸い眼鏡が洒落ていて、センスの良さが滲み出ていた。しかし、流石大企業の代表取締役なだけあって、厳しそうな印象を受けた。三木の母親とは性格は全く似ていなそうだったが案外バランスが取れているのかもしれない。


皆口々に演出が素晴らしかったと褒めており、それに耳をそば立てて、内心誇りに思っていたのが三木の父親であった。


黎明は、警察関係者にまじまじと眼を見られて少し緊張してしまったが、祝福の言葉と仕事に少し触れる当たり障りのない会話で、終わるかと思われた。


「この度はご結婚おめでとうございます。どうも、以前お会いしましたが、覚えていらっしゃいますでしょうか」


蓮に声をかけ、そして黎明見た。


「ありがとうございます。もちろん覚えていますよ、溝口さんですよね」と、黎明は言った。

溝口は笑顔になった。


「覚えていてくださってありがとうございます!素晴らしい式でしたね!」


蓮と黎明2人を見てそういうと、


「ありがとう」と蓮もいう。


「ところで気になってたんですけれど、その眼ってどうなってるんですか?」


と、みんなが聞けなくて気になっていたことを、さらっと何の悪気もなく溝口は聞いた。


「これは、弟と一緒で生まれつきなんです」と、黎明は言った。また弟と言ってしまったなあと思う。


「へえ!そうなんですか!ずっと綺麗だなあと思って気になってたんですよ!」


と溝口が屈託なく言うと、蓮も黎明もほっとする。すっと人の懐に入り込んでしまうのが溝口だった。


「ありがとうございます。目立つので普段は黒っぽいカラーコンタクトをしています」


と黎明はさりげなくあまり知られないようにしていることを仄めかすと、


「そうなんですね!なんだか蓮さんの奥さんの秘密を僕だけ知れちゃったみたいで嬉しいですね」


と、しっかり秘密にしたいと言うことを受け止めてくれた。


蓮の後輩なだけあってすごい人だなあと黎明は思った。


披露宴の閉会は、蓮と黎明の未公開の曲が流れた。バンド関係の友人たちは気付いて沸き立っていた。


結婚式の2人の記念として後で動画と共に編集してもらうのだ。配信したりしなければ自由に使って良いと蓮も言ったので、営業の際なのにサンプルとして使われることになっている。


打ち上げ兼二次会が終わって、ホテルに戻ったのは23時くらいだった。


その日のために特別に取ったスイートは、流行りの外資系ラグジュアリーホテルではなく、老舗のホテルであった。高級ではあるが、落ち着いた雰囲気で黎明は、


「ふぅ」と、ホテルに着くと夜景が見えるように置かれたソファについ、どさっと腰掛けてしまった。


「お疲れ様」

流石の黎明も気疲れしているだろうと思う蓮。


「蓮もお疲れ様、お部屋素敵だね」真っ先に来てしまったソファから一息ついて初めて、部屋の高級感と、そして2人のためにささやかなデコレーションが施してあることに気づいた。


「うふふ、かわいい」と、黎明は笑顔になる。


ジャケットをハンガーにかけると、キングサイズベッドのデコレーションの前に佇む黎明の肩を抱いて、お風呂にお湯を溜めるからゆっくり入ったら良いよ、と言う蓮。


「ありがとう、何か飲む?」と聞く黎明


「冷たい水でいい」と蓮は言った。飲みすぎたとは思わないが、そこそこ飲んだ。


2人でソファに腰掛けるとやっと黎明が柔らかい笑顔を浮かべた。


「そのドレスもとても綺麗だ」


黎明のイブニングドレスは黒地に金の装飾が散りばめられている。完全に黎明のイメージにぴったりだった。


「私も気に入ってるの、さっき着たばかりなのに脱ぐのがもったいない」そう言って、「あっ」と思う。何か別なことを想像させる言葉を使ってしまったのではと思い。内心恥ずかしくなりながら、蓮を盗み見た。


蓮は何食わぬ顔で、外の夜景を見ていた。

「そうだな」

と言ったので、大丈夫だったかと思った。


すると、

「脱がせるのがもったいない」と付け加えた。横顔に変化はない。


黎明はポーカーフェイスを貫いていたが、何の言葉も発することができなかった。なんとも別な意味にとれる言葉だ。


水を一気に飲むと黎明は立ち上がって洗面所に向かった、


「待って」蓮が追いかけた。


「もう少し、見せて」

そう言って近づく蓮に、ふふっと黎明が笑った


「なんかいい香りがする」と蓮が言った。


「暁からもらった香水、センスが良いよね」そう黎明が言った。


「さすが暁だな」


「蓮も今日は特別かっこいいよ。王子様みたいだよ」


「王子は暁だろ」

と蓮が言う。たしかに暁は正装をするとさらに貴族感が増し加わり本当に王子様のようだった。抱き合った2人を見て、兄弟だとわかっていても少し嫉妬する。黎明はすぐに暁にハグをしたりするが自分にはそんなに気軽にしてくれない。


そんな気持ちを知ってか知らずか、

「私の王子様は蓮だけだよ」そう言って黎明は蓮の首に手を回した。


蓮は黎明の腰に手を回す。


「指輪、仕事中も外すなよ」

黎明は装飾が目立つ婚約指輪は仕事中に外していた。


「蓮も外さないでね」黎明は蓮の、自分の知らない人間関係に触れると不安になっていた。そして異動もあったばかりである。以前溝口と一緒にいた吉川だって、ただならぬ視線を蓮に向けていた。


「ああ、外さないよ。何のためにシンプルなデザインにしたんだ」と、蓮が言う。


「うん、蓮は私のものですって言うため」

と、黎明は笑う。


「どの口が言ってるのかな」そう言って蓮は黎明に口付ける。何のために結婚を急いだと思っているんだ。


いつもの優しいキスをした後、一度顔を離すと、

「今日は本当に綺麗だった。バージンロードを歩いてきた時、俺は妖精と結婚したのかと思ったよ」


「ははっ大袈裟」黎明が笑うと、蓮は黎明を抱きしめて


「愛してる」と言った。


「私も、愛してる」黎明も言った。


蓮はもう一度黎明に口付けた。唇を離して少し見つめ合うと、さらに深く蓮が口付けてきた。黎明が少し驚いて、「んっ」と小さく声を上げた。


黎明の腰の後ろで組まれていた蓮の手が解かれ、片方の手が黎明の身体のカーブをなぞった。


ぞわっとして黎明の身体の奥が疼いた。


もう片方の手が上に向けて背中をなぞると、ファスナーに手をかけた。


ファスナーを半分まで下すと、黎明はハッと気付いて、


「待って」と、言った。


手を止める蓮、


「お風呂に、先に入りたい」


「一緒に入ってもいい」蓮がそう言うと


「それはだめ!」と黎明は言ってささっとシャワールームに逃げて、バタン!とドアを閉めた。


1人ベッドに腰を下ろす蓮。正直今日は大丈夫かと不安だった。今日のためだけにとったホテルのスイート、どういう意味だか彼女はわかっているのか不安だった。


ハグとキス、それ以上を求めたことはなかった。少しずつ仕掛けてみたつもりだったが、「先に」お風呂と言ったのできっと大丈夫だろう。


しばらく待つとカチャリとドアが開いて、


「お湯溜める?」と聞かれた。


「いやシャワーだけで大丈夫」と答える。時間が惜しい。


「わかった、ごゆっくり」

蓮もシャワーを浴びた。


黎明はシャワーが長すぎていないから心配した。あれこれと気になってしまって長くなってしまった気がする。蓮がシャワーを浴びている間、髪を乾かして、念入りにオイルを塗った。身体にも良い香りのする、暁からもらったボディクリームを塗る。最近もらったものだ。香水も最近もらった。「ん?」と黎明は思った。まるで花嫁のその準備を暁にされている気がしたがきっと気のせいだろう。このナイトウェア、暁に送られた。きっと気のせいだろう。うん。きっと。


蓮は意外と早く出て来た。

髪が濡れているし、バスローブのままだ。


黎明はスイスのホテルを思い出した。


「もう一杯いかが?」と黎明がシャンパンのボトルを掲げる。部屋に用意されていた。黎明は代謝が良すぎて既にアルコールをだいぶ分解してしまっていた。緊張してもう一杯飲みたいと思ったのだ。


「一杯だけ」と蓮はグラスにシャンパンを注ぐ。


「二人に」そう言ってグラスを掲げた。


「髪…乾かさないと風邪ひいちゃうよ」と、黎明が言う。


「うん」そう言ってドレッサーの前に座る蓮。


髪を乾かしている間、黎明は2杯目のシャンパンを注いだ。蓮のグラスにはまだ半分残っていた。


「2杯目?」と髪を乾かし終わった蓮が聞く。


「何杯飲んでも、大して酔えないわ」と黎明が言う。


「酔いたいの?」


「うん、、少し、そんな気分」と黎明が夜景を見ながら言う。


「そんなに緊張しないで良いよ」と蓮が言う。


そんなことを言われたら余計に意識してしまうではないか。


何も言葉が出てこなくて、グラスを持って、窓の前に立った。


初デートで夜景を観に行くのは喋らなくて済むからだと友達が言っていた。


蓮はその後ろ姿を見ていた。しっかりちょっとセクシーなナイトウェアを着てくれている。シルクの素材、ゆったりして見えるのに身体のラインがわかる。清純さと妖艶さの絶妙なバランスが取れている。


黎明は窓ガラスに映る蓮が隣に歩いてくるのを見ていた。バスローブは刺激が強すぎる。あなたはTar○anの表紙か何かなんですか。そしていつもの匂いが違う。なんだかいつもよりずっと魅力的な匂いがする。身体の奥が熱くなるような匂いがする。


彼女の隣に立つと、ふと彼女がこちらを見上げた。その金色の目は爛々と燃えるようにこちらを見ていた。


軽く抱き寄せるとそっとその手からグラスを取り上げて、口付けた。黎明の手が蓮の首に回された。


蓮の手が黎明の太ももを下から上へとなぞる、その手を黎明が制する


「外から見える」


「君じゃない限り見えやしないよ、でもお望みなら」と黎明を抱き抱えるとベッドに寝かせる。


そこで、「待って」と言われる。


「十分待ったと思うけど?」と言う蓮


身体を起こして座る黎明

「ええ、そうね」


そして黎明の両手が蓮の頬を包んだ。そして、黎明が蓮に口付けた。


蓮は目を見開き、鼓動が早くなる。


互いに深く唇を求め合う


蓮の手が黎明の背中のナイトウェアのリボンを解く。縦にいくつかリボンがついてる。


「これすごくかわいい」と蓮が言う。


「ありがとう、暁がくれた」と答える。


「まじかよ」


「大事に抱けよ!」と暁に親指を立てられている気がして苦笑いする蓮。


しかし天才かよ。

蓮は上から一つずつ、リボンを解いていくとするすると肩から落ちていくシルクの布。全てが演出されたように美しかった。



蓮は黎明の背中を手で支えながらゆっくり寝かせる。



子どもについては、「後でゆっくり考えれば良い」そう蓮が言った。黎明は不安に思っていたので安心した。就職したばかりな上、もし子どもができたらスイスに行かないといけない。そして、生まれたら保育園や幼稚園にとても不安で預けられない。急に豹になったりしたらこの国から逃げないと行けないかもしれないと思っていた。


蓮は優しく黎明にキスをした。

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横で肘をついて黎明を見ながら

「頑張ってくれてありがとう」と蓮が言った。


「ううん、嬉しかったよ」


「ずっと蓮にもっと触れたかった」そう言って蓮の胸に手を置き、完全なシックスパックの腹、肩、腕、背中と触れていく黎明。


「ちょっと、我慢できなくなるから…」

と、蓮が言う。


「はは、ごめんごめん」


蓮は黎明に口付けた。


「はあ…」蓮を仰向けになってため息をつく。


その胸に寄り添い、脚を絡める黎明


「ああ、ちょっと…」と、黎明の脚の位置を下の方に変えさせる蓮。



「まじで、次は覚悟して」と、言う。


クスクス笑い合って二人は眠りについた。


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朝は熱くて目が覚めた。ぴったりと黎明が張り付いていた。


蓮が起きるとすぐに黎明も目を開けた。


「おはよう」


「おはよう」

黎明はスイスでうっかり蓮に裸でくっついて寝てしまったことを思い出したが、今度は豹になったり隠れたりしなかった。


「黎明体温高い?」と、聞く蓮


「うん、いつも高いよ」と答える。


「燃費悪めなの」と黎明が笑った。


「豹の時だけじゃなかったんだね」と言う蓮。


「ごめん熱かった?」と離れる黎明を蓮が引き寄せる。


抱き寄せる蓮はすごく満足げだ。


「私も汗かいちゃってる。シャワー、浴びないと」


「一緒に浴びる?」


「いいよ」


「え、いいの?」


「自分で聞いたんじゃない」と黎明が恥ずかしそうに言う。


蓮はパッと起き上がると、気が変わらぬうちにと黎明を抱えてシャワールームに直行した。


「きゃ」と黎明が小さく叫ぶ。


シャワー室で、蓮の背中に大分爪痕をつけてしまったことに気づき、

「背中、ごめん…」と、言う黎明


「ああ、気付かなかった。でも黎明の方が痛かったでしょ」


「思ったより痛くてびっくりしたけど、もう治ったから大丈夫だよ」というと


「え、ほんと?」とキョトンとした。血も出ていたしだいぶ痛そうに見えたからだ。


「うん…だから…」


そのあと二人は気の済むまで何度も深く愛し合った。


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その日の午後、二人は婚姻届を提出した。

黎明は真木黎明になった。


「本当は、このまま新居またはハネムーンと行きたいところだったんだけどね…」と蓮が残念そうに言う。


「この時期に結婚式ができたことが奇跡くらいだから、仕方ないよ」と黎明が言う。


「まあ確かに、黎明の今の状況を考えると強行軍だったな」と言う。


「できるだけ早く、いや来週には一緒に住めるように努力する」


「蓮も忙しいんだから無理しないで」


「いや、もう場所はこの間決めたから不可能じゃない、まだ時間があるし、今日これから家具を見に行こうか?」


「そうね!今日くらいしか一緒にゆっくり見て回る日なんてなさそうだし」


そして、二人は家具を見に行き、二週後には新居に入ることができた。


低層マンションだが、高級感のある造りで、セキュリティもしっかりしているところで、蓮の務める神奈川県警からも黎明の交番の最寄駅からもすごく近いわけではないが、アクセスは良い場所であった。これから異動があっても東京周辺であれば通うのに苦労はしなさそうである。

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