第22話 大都市の副作用


交番研修は拘束時間が長く、寮生活より大変であった。しかし結婚式の日だけはなんとか空けられたのは幸いだった。


黎明の交番の赤松警部補は、ずんぐりした体型の大きな人当たりの良い男性だった。交番の小さな部屋には窮屈に見えた。


「和泉巡査」と呼ばれたが、あと数週間で苗字が変わってしまうので、色々と面倒をかけてしまうのが申し訳なかった。就職前に籍だけ入れてしまうというのも考えられたが、なんとなく黎明は気が進まなかった。


「俺は、やっぱり結婚式をしてから籍を入れたいんだけど黎明はどう思う?先に入れた方が人事の上では楽だけど、籍を入れる理由が職場の便宜というのはやっぱりすっきりしないんだ」


と蓮が言語化してくれると黎明は、同じ気持ちでいてくれたことがすごく嬉しかった。本当に大事にされている感じがした。


交番勤務はとても忙しいものだった。観光地であるが故に落とし物や道案内でひっきりなしに交番に人が訪れたが、赤松は英語にも慣れ、中国語も話していた。


さらに、繁華街もあったので夜になるとしょっちゅう酔っ払いの対応をした。


また、パトロールでは、赤松警部補が職務質問のあれこれについて、どんな人が怪しいかをちゃんと教えてくれた。


また、夜パトロールをしていると、警察だけではなくNPO団体やボランティア団体、個人などが街の見回り、ホームレス支援、若者の保護などを行なっており、民間人と警察との連携も欠かせないことを知った。


東京は人との繋がりが浅い場所だと思っていたが、よくよくみると助け合いながら生活していることがわかった。


交番の周辺はどんどん開発が進んでいる場所だったが、開発が進むほど、街の隙間のような者がなくなって、居場所が無くなる人も増えているように感じた。例えば最近商業施設とともに整備された公園は、身なりが綺麗でお金をある程度持った人しか入れないような雰囲気になっていた。治安は良くなったかもしれないが、全ての人を包摂するような空間がなくなると、もともとそこにいた人たちはどこへ行ってしまうのだろうと思った。


最終電車が行ってしまったあとは、駅のシャッターが下されて、電車を逃した人たちがときどきトイレはどこかと聞いてくることがあった。交番のトイレは貸し出すことができないことになっていたので、駅の反対側にあるトイレの場所を伝えるしかなかった。治安維持や管理の問題のためか最近はコンビニでもトイレを貸してくれるところが少なくなり、深夜になるとトイレ難民が発生していた。


街の開発の結果トイレが少なくなり、黎明は頻繁にギョッとするような光景を目にしてしまった。道が汚れていくということだ。


赤松もこの都市開発には苦言を催していた。


都市から隙間がなくなっていったら、その隙間に今までいた人たちは、別の隙間に移動するかもしれない。それが繰り返されれば、限られた隙間に、隙間に生活せざるを得ない人が集中してしまわないだろうか。そしたら今より分断が進みそうだし、格差も拡大しそうだ。治安を良くしよう、景観を整えよう、その目的の開発が治安を悪くすることにつながらないだろうか、と黎明は考えた。


「昔はもっと混沌としてて、良くないことも目につきやすかった。でも今はどんどん奥深くに潜ってしまってるみたいな感じがするね」と赤松は言っていた。

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