第21話 黎明無双

21.黎明無双


ゴールデンウィークが明けるとまた寮での生活が始まった。黎明はすっかりエネルギーをチャージして清々しい気持ちになっていたが。どんよりした顔をしている人も多くいた。いわゆる五月病だ。特に体育会系でない人にその症状は強く現れていた。厳しい規律の集団生活と、負荷の高いトレーニングが辛すぎたのだ。黎明もこの集団生活は、普通の家庭で育っていたらきついだろうなと想像がついた。


葵もその1人だった。

「顔色悪いけれど大丈夫?」と黎明が心配した。


「うん、ありがとう。正直また教場に戻るのかと思うとすごく気が重かったわ。」とどんよりと言った。


「そっか、でも一緒に頑張ろうね、葵ちゃんが警察音楽隊で演奏するところ見たいよ」と黎明が励ました。


「ありがとう!頑張る!」と葵が少し元気な声を出した。


4月の初め以上に空気が重い。黎明も空気に飲まれて重くなりそうだったが、楽しい思い出を思い出してその気持ちを振り切った。


次第に運動というよりは文化系や理系の子たちが黎明たちと仲良くなるようになった。黎明は一度も厳しい部活を体験したことがなく、中学生の時も、お菓子と京都観光に惹かれて茶道部に入ったので実際文化系だった。

同じ警察官でも目指すものが全く違って面白かった。ある子は鑑識を目指していたり、ある子は同じ女性として性犯罪や暴力に苦しむ人の力になりたいと話していた。


学校の授業も結構面白かった。特に鑑識の授業や似顔絵の授業が面白く、休日にYouTubeで海外のHow to動画を見て自分で練習したりもした。黎明は写真記憶ができたので、描き方さえ分かれば詳細に描くことができて、しばらくハマってひたすら絵を描いていたりした。突然の上達に驚かれたりした。想像で描く絵はあまり得意ではなかったので、三木のデザインのスケッチや奥平の絵を見て自分は絵が苦手だと思っていたが、実際の景色や人などを再現して描くのはとても楽しかったし、特に見たものを正確に描くためにはただ上手に描けばいいだけで、個性はいらなかった。


鑑識の授業では自分の眼や鼻が役に立ちそうだと感じた。


また、色々な犯罪の手口なども知り、驚いたりした。


黎明は授業も一度聴いたら全て覚えたし、読んだものは一字一句覚えられたのでいつも試験は満点で、新しいことを学んでもすぐに身につけてしまうので、皆を仰天させた。


ある日、その日は在留カードについて学んだ日だった。

新しい友人の1人に

「黎明ちゃんてハーフ?」と聞かれた。


「ううん違うけど」とつい答えたがハーフか聞かれたのは初めてだった。思えば暁と出会ってから何度か外国人と見間違われることが増えていた。


ハーフではないとは言ったものの、自分はいったい何人なのだろうか?見慣れた自分の顔もまじまじとみるとなんだか不思議である。そもそもハーフの前提となる2人の父と母は自分には存在したのだろうか。試験管か何かのなかからぽっくり生まれてきたという方がしっくりくる。ハーフどころか複数人種から、いや、人でないものからさえ遺伝子を持ってきているのだ。


暁という兄弟がいるから良いもののいなかったらアイデンティティがまとまらず悩んだかもしれない。


「ハーフに見えるの?」と聞くと


「うーん、白人ぽいとか東南アジア人ぽいとかそういうのではなくて、なんていうか不思議な雰囲気?」と言われた。


「そうなんだ。たしかに弟がいるんだけど全然日本人に見えない」と黎明は言った。


「2人兄弟?」と聞かれた。


「うん双子なの」と言ったあとに、あ、なんか弟って言っちゃったなと思った。


「えーーーー!!!双子なの!?なんか憧れる!」と言われた。


「あんまり似てないけどね」と黎明は言った。


「男の子と女の子の双子だと必ず二卵性なんだよね」と言われた。


「うん、そうみたいだね。」と黎明もいいながら、白と黒って違うにも程があるなと思った。


「今度写真見せてー!」と言われた。なんかびっくりされてしまいそうだなと思った。


女子はハーフかどうかで盛り上がっていたが、男子の中では全く別なことを言う者がいた。


「アイツ、アンドロイドか何かなんじゃないかと思う」と言っているものがいた。


その顔が深刻なので周りの男子が大笑いする。


「でもたしかに!めちゃくちゃ綺麗だし!」


「それ関係あるかよ」とまた笑いが起こる。


「でも俺もアンドロイドってかサイボーグのアニメ思い出した」と別の者が言った。


「アイツ、疲れてるところ見たことないんだよな」と言ったのは剣道男阿部だ。


「お前いつもアイツの後ろ走ってるよな」と茶化される。


「好きで走ってるんじゃねーよ。俺がスピードをあげるとアイツも同じくらいあげるからずっとあの調子なんだよ、俺おちょくられてんのかな」と阿部が言った。


「そんなことねーだろ、後ろ振り返ったこと一回もないぞ」と言ったのは阿部と同じくらいのペースで走っている矢田である。


黎明は足音と息遣いを目安に距離を調整していたのだ。


「あれ、ほんと何者なんだろうな」とみんな同じ気持ちだった。


次の日阿部はついに黎明に声をかけた。

「お前、早すぎ」というと、


「え…そうかな」と何故か焦ったように答えた。声まで綺麗なのかと呆れるばかりだった。


そして困って何をいうべきか戸惑っている黎明を見て

「いつか絶対追い越してやるからな」と言うと


黎明は嬉しそうにニコニコと笑った。周りの男子が皆惚けていた。

なんだよあれ…。阿部も肩透かしを食らったようだった。


教官たちの間では、今年の男子はみなパフォーマンスが良いと感心されていた。女子に抜かされてたまるかと皆必死だったのだ。


しかし、誰も黎明に敵うものはいなかった。

拳銃の訓練において、決められた弾数を撃つと、教官がチェックしにきた。


「2発しか当たってないじゃないか」


と言われると、黎明は全部撃ったが撃った穴に残りの弾が重なったのだと答えた。


的には正確なポイントに2発撃ち込まれていた。


「そんなことできるはずないだろ!」

と、助教が声を荒げると、


「もう一度やらせてみてはいかがでしょうか」と、言ったのは隣で射撃をしていた男子

、父親が刑事の坂本であった。坂本は父親が刑事であるために知識が豊富で成績も良好だったが、それを鼻にかけて少々プライドが高いところがあった。何をやってもすまし顔でトップの黎明に嫉妬しており、少し恥をかかせてやりたいという魂胆があったのだ。


「良いだろう。もう一回やってみろ」と、別な銃を渡すと、


「個体差があるようなので同じものを使っても良いでしょうか?」と黎明が言う。


教官は生意気なやつだ、そんなものこの小娘にわかるわけなかろう、と思ったが。だめだという理由が見当たらないので、黎明の使った銃に渋々装弾して手渡した。


黎明は教えられたように構えて、先ほどと同じように撃った。すると2発目に撃った的の中心のポイントに命中した。


「当たったな…」と後ろでみていた教官が言った。


「もう一度」助教は言う


そして、もう一度黎明は同じ場所に正確に撃ち込んだ。


「お前射撃でもやっていたのか?」と助教が聞くと、


「いえ、教えてくださった通りに撃ったら当たりました」と答えた。


「聞いたかお前ら!教えられた通りにやったら当たったそうだ!」そう言った助教は、教官と目を見合わせて笑いを堪えていた。とんでもないやつが来たと思った。


「君は目が良いのか」と教官が聞いた。


「はい」と、黎明は答えた。その時助教が黎明の目をしっかり見たので、黎明は目を逸らした。コンタクトをしているのに目が良いと答えてしまった。


助教は、授業が終わると事務室で黎明の資料をもう一度確認した。矯正視力じゃない。しかし、コンタクトをしていた。虚偽の申請か、それかカラーコンタクトなどなら規則違反だ。


黎明の呼び出しが確定した。


「和泉巡査、君はコンタクトをしているね」教官に厳しい顔で言われる。


「はい」

しまった、と黎明は思った。近くで見ればどうしてもわかってしまう。虚偽の申告はまずいので身体検査の際は驚かれたがその場で一瞬外した。


「矯正視力ではないはずだが」


「はい」

嘘はつけない。


「君の部屋から見つかったこれはどう言うことだ」

カラーコンタクトのパッケージを助教がつまみ上げた。隠していたのに部屋のチェックで見つかってしまったのだ。何もないところをチェックするのと特定のものを探してチェックするのではやはりやり方が違う。


「私の裸眼が公序良俗を乱す可能性があると判断してカラーコンタクトをつけさせていただいていました」


「どういうことだ」


「眼の色が生まれつき普通と違うので、小学生くらいからずっと付けています」


「カラーコンタクトも禁止されている。確認のために一度外してくれ」助教が、身体の特徴に関わることなので少し配慮を込めて言う。


「はい、少々お待ちください」と言ってお手洗いで黎明はカラーコンタクトを外して戻ってきた。


戻って来た黎明を見て教官達は息を呑む。


「それは、たしかに珍しいが…」親族に外国人がいるのか聞こうと思い、身寄りがなく和泉の養子となっていたことを思い出した。


「今まで公式の文書もカラーコンタクトで提出して来たのか」と教官が聞く。


「はい、申し訳ございません」

履歴書の写真ももちろんカラーコンタクトが入っている。


「風呂場ではどうしてる?」と助教が聞く。


質問の意図を理解して黎明は答えた。


「風呂場でも付けています。裸眼を見た者はいません。」


「了承した、しかし例外を認めることになるのでくれぐれも他の者に知られないように」

と教官は念を押した。


黎明は、ほっとしつつも、大学生の時にアルビノの同級生が就活のために髪を染めて肌を荒れさせていたことを思い出した。


職務に関係がない無駄な装飾を禁止することを目的とするのではなく、均一であるという秩序が優先されるのだと思った。自分にとっては助かることだが、なんとなく釈然としないまま黎明は部屋に戻された。


黎明を部屋に戻した後、

「あれは驚きました」と助教が言った。


「見たことがない」と教官が言う。


「親の顔が見てみたかったものです、色んな意味で」と助教が言った。


「はは」と苦笑いすると教官だった。


黎明は、個々のパフォーマンスが良いだけで、基本的に静かにしていたので、無駄に目立たず、集団行動は埋没しすぎるほど順当にこなした。


黎明は平日は授業、訓練と無双して土日はぽっといなくなってしまう不思議な存在だった。あれほど運動ができるのにトレーニングルームで彼女を見た者は誰もいなかった。


黎明にとって6ヶ月はあっという間に過ぎた。半年も集団生活をしたらそれなりにみんな仲良くなって、それぞれの個性も見つけて楽しかった。体育会系の女の子たちもノリが良くムードメーカー的な面白い子がいたりして良い空気だった。


男子たちに黎明はイズミロイドとあだ名を付けられていた。最初は男子の中でしか呼ばれていなかったが、うっかり者が本人の前で言ったため、本人の知るところとなった。最初なんのことだかわからなかったが、


「アンドロイドみたいに万能だからだよ」と、気の利いた男子が褒め言葉なのだと弁解した。


警察学校の最終日には、少しみんな感傷的な気分になってしまった。警察学校での研修が終わった後はみんなバラバラになって交番での研修が待っている。黎明は外国語能力も加味されたのか、海外の観光客が多い駅の近くの交番に派遣された。


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