第20話 キャンプ
5月のゴールデンウィークはしっかりと連休になったので、ほとんどの学生たちが寮を離れた。
黎明たちは、蓮と誠一郎と暁で、キャンプへ行った。昔蓮が夜に連れて行ってくれた場所だった。
家族連れも多くとても賑わっていた。
蓮と誠一郎はとても慣れた手つきでサッとテントを立てて、色々と準備を始めた。
暁はいつもと違うスポーティーな服装でとてもかっこよかった。
誠一郎と蓮は自然の中に来ると水を得た魚のように生き生きとする双子をみて微笑ましかった。
蓮がバーベキューコンロを立てる間、黎明と暁は野菜を洗ったり米を研いだりと食事の支度をした。
炭でも火を起こすのは割と難しいのだが、蓮は慣れた手つきでうまく並べるとすぐに火をつけてしまった。
「お肉出して良いですか?」暁が聞く。
「おお、炭が勿体無いから早く焼き始めよう、意外と気温が高かったから肉の脂も溶け出してしまいそうだ」誠一郎が言った。
肉は真木親子がキャンプの時に必ず買いに行く精肉店のものだという。
炭で焼くために塊で切ってくれている。またソーセージも日本ではあまり見ない形をしていた。
「このソーセージがおすすめなんだ食べてみなさい」誠一郎が暁に勧めた。
「はい!ありがとうございます」そして暁が冷ましながら焼きたてのソーセージを頬張った。
「うわぁ、なんだこれ、すごく良い香りがする」と、暁が目を輝かせた。カラーコンタクトをしていないので比喩ではなく本当に輝いていた。
「美味しいだろう」誠一郎は得意げに言った。
「黎明も早く食べてみて!」と暁が勧めた。
黎明も焼けたソーセージを誠一郎から受け取ると頬張った。
「わぁ!本当だ!ハーブが入ってる!炭の香りも一緒になってすっごく美味しい!」とはしゃいだ。おんなじゴールドの目を輝かせて言うので、
「そっくりな顔して」と蓮は笑った。
真木親子はバーベキューにかなり慣れていて、炭で均一に火を通すのは難しいのに、大きな塊肉も上手なミディアムレアに焼き上げると、豪快にハサミで切り分けた。
ソースもお気に入りのソースがあるらしく何種類か用意してくれたが、どれもすごく美味しかった。
真木親子が肉も野菜も非常に上手に焼くので、体格のいい警察官2人と肉食獣2匹は物凄い量を消費した。
暁のおすすめのドイツの銘柄のビールもとても美味しく、4人は上機嫌だった。
「お二人は随分と手慣れていましたね」暁が言った。
「蓮は小さい頃から何度も来てるからな、バーベキューだけならうちの実家でも親戚が集まるとよくやってたんだ。海に近かったから魚介が中心だったけど」
「なるほど、どうりで」と暁が頷いた。
「実はこの場所だけなら蓮が昔連れてきてくれたわ」黎明が悪戯っぽく笑った。
「そうだ、はじめてのキャットランはあの山だった」と蓮は指を差した。
「あの時は…びっくりしたわね」と黎明が意味深な目を蓮に送る。
「ああ、あの時は親父にこっぴどく怒られて言わなかったけど、もう時効だから言おう。」
「熊に襲われかけた」蓮が言うと誠一郎がおいおいそれは聞いてないぞと青ざめた。
「襲われかけたってお前どうしたんだよ」と青ざめたまま聞く
「黎明が倒した」蓮がケロッと言った。
暁が口を開けて大爆笑した。
「はあああ?」と誠一郎が驚く。
「黎明、あの時中学生だっただろ?中学生で既に熊を倒してたのか…」と、誠一郎が天を仰いだ。
「豹にならないでどうやって倒したの?」と暁も興味津々で聞いた。
「岩を持って木に登って上からやっつけた」と黎明が身振り手振りを加えて説明した。
「つよっ!!!俺なんか子どもの時襲われて死にかけたってのに!!!」と暁は一人称が僕から俺に変わるくらい興奮していた。
背中の傷はやはり熊だったかと蓮は思った。
「はあ、ほんとに君たちは」と誠一郎は呆れている。
黎明は暁の「死にかけた」という単語に反応して、暁に腕を絡めて、寄り添っていた。
「もう今の僕たち2人じゃ絶対負けないね」と暁は寄り添っている黎明に笑いかけた。
「うん、暁と2人でなら大丈夫そう。」と黎明も言ったが、
「試すなよ」と真木親子に釘を刺された。
「戦う必要がなければ逃げるよ。逃げ足の速さじゃ私たちに叶うものなんてないわ」と笑った。
もし聞いている人がいたら一体なんの話をしているのだろうと思ったことだろう。
「そうだあれを忘れていた!」と誠一郎が言うと、スーパーの袋をガサゴソとして何か持ってきた。
「マシュマロ!」と黎明が言う。
「それをやるなら焚き火のほうが雰囲気が出るよ。時間もちょうどいいし、一旦片付けてしっぽり焚き火で焼こう。」蓮がそう言ったのでみんなで片付けて、焚き火にチェンジした。
少し日が落ちて来ると焚き火も雰囲気がでる。
マシュマロも特定のお気に入りの銘柄があるらしく、これじゃないとだめなんだと蓮が言っていた。
そのマシュマロは見たことがない大きさで黎明は驚いた。
それを長い串につけて蓮は器用に狐色に焼いてみせた。
黎明と暁もやってみたが意外と難しかった。
しかしなんとか見よう見まねで焼いて食べるとこんがりと焼けたマシュマロは絶品だった。
さらに同じ銘柄の普通サイズのマシュマロも出して来ると次は、焼いた後、ビスケットで小さく割った板チョコとマシュマロを挟んだ。そのままマシュマロが潰れるのも気にせず豪快に頬張る。
黎明も同じようにすると温まったチョコレートがとろけて物凄く甘いがなんともいえない美味しさだった。
「これは危険な食べ物だわ」と黎明が深刻な顔で言う。
「スモアだね!僕やるのはじめて!」と暁もはしゃいだ。
「大学生の時しばらくアメリカに行ったことがあって、そこでみんなやってたんだ。その時はこんな綺麗な竹串じゃなくてその辺の木の枝だったけど」と蓮が言った。
「留学してたんですか?」と暁が聞いた。
「ただのサマープログラムだよ。正規の留学じゃない」と、蓮が答える。
黎明は自分が知らなかったので驚いた。今は数週間会えないだけですごく辛かったのに、昔は蓮とそんなに会っていなかった期間があっても気付きもしなかったのだ。そういえば高校生の時気に入って着ていたフード付きパーカーは蓮のアメリカのお土産だったではないか。黎明はもらった時に良い匂いがしたのを思い出した。蓮もその時同じ良い匂いがしていた。アメリカ人の匂い。
「アメリカのはもっと歯が痛くなる甘さだった気がするからこっちの方が美味しく感じるな」と、蓮が言った。
「俺は健康のためにそろそろこの辺にしておこう」と誠一郎は少しも出っぱっていないお腹をさすりながら笑った。
キャンプの夜は早い。暗くなったら1日はお終いだ。全く暗くなる前に寝床をしっかり整えた。4人が余裕で眠れるテントに黎明はウキウキしていた。テントに入るのは初めてだったからだ。
周りのキャンパーたちも片付けが済んで締めの空気にになりつつあった。
空を眺めていると一番星が光った。そしてすぐにポツリポツリと星が浮かび上がる。
パチパチと焚き火が音を立てながらゆらゆらと揺れる。目の前を流れる川の音も夜の闇を静かに彩る。
「綺麗だね」黎明が言った。
あっという間にあたりは暗くなった。
「快晴でよかったな」蓮が言った。
「2人は視力が良いからますます綺麗に見えるだろうね」と誠一郎は暁と黎明にいう。
「こんな綺麗な夜空見たのは久しぶりです」と暁が言った。1番綺麗な夜空を見た時は、山奥で1人だった。漆黒と言って良いほど真っ黒で、天の川の星一つ一つが見えるものだからどれが天の川であるかわからないほどだった。今は家族と一緒に見ている。天の川はぼんやりと雲のようだったが、今の方がずっと綺麗だと思えた。
「さてさてそろそろテントに入ろうか?」と誠一郎が言った。
テントに入ってしまえば豹になって眠れるからシュラフは用意しなくて良いと暁も黎明も言ったが、
蓮は、シュラフで寝ないとキャンプじゃないと言うし、
誠一郎は万が一のことがあるとまずいから変身しない方がいいだろうと言った。
「親父、久しぶりに猫たちを見てみたくない?」と蓮は少し悪戯っぽく言った。
そこで4人は辺りがすっかり寝静まった後にこっそり抜け出した。
向かったのは山の方だ。
「そろそろ大丈夫だ。少し離れたところに人はいるし万が一熊を驚かせてしまったら大変だから少しだけな。」と、蓮が言うと2人はは変身した。誠一郎は2人が動き回るところは見たことなかったので「ほぉ」と感嘆の声をあげていた。
そして2匹の豹は軽々と跳んだり走ったりしばらくしていた。
「見事なものだな」と誠一郎は感心した。
「ほんとに信じられないよな。」と蓮は言った。
2匹はしばらく遊んで戻って来ると蓮と誠一郎の脚の辺りを猫がするように身体を擦り付けながらクルクルと歩いたので2人は2匹を撫でてやった。
温かく、筋骨隆々として毛並みは艶々だった。
しゃがみ込んで撫でていると白い方の豹が誠一郎の首の方に頭を寄せて昔自分が噛んだ場所に頭を擦り付けた。
「よしよし、もう大丈夫だよ」と誠一郎は優しく言った。
2匹は人に戻ると。4人で歩いて戻った。暁と黎明は人に戻ってもとても足音が静かだから不思議だった。本能的に音が出る枝や石を避けて歩いているのだろうか。
テントに戻ると4人は川の字で眠った。黎明はそのことがなんだかとても嬉しかった。
さらに人工物の音がしない山の中で黎明は不思議と今までで1番気持ちよく眠れたので、定期的に山の中で寝たいと思った。
山の夜が早ければ山の朝も早かった。
太陽が昇ると自然と目が覚めた。
「山の朝の匂いだ」テントの外に出ると黎明は言った。
霧がうっすらかかっている。
椅子を出すと、蓮が丁寧にコーヒーを淹れてくれた。豆は少し前に暁から贈られたものだそうだ。すごく良い香りがしている。
蓮は一杯一杯丁寧にコーヒーを淹れてくれた。キャンプ用品ってなんかかっこいいよなあと黎明は思っていた。そして、それを使ってコーヒーを淹れる蓮がかっこいいから、黎明は動画を撮っていた。それに気付いた蓮がはにかむ。
蓮が淹れてくれたコーヒーはすごく美味しかった。
「暁、これ本当に美味しいよね」と、蓮が言うと
「こうやって飲むと一際美味しく感じますね」と暁が言った。
浅煎りなのに酸味が強くなく、まろやかでフルーツのような味がした。
「いやあほんとに気分が良いな」と誠一郎がしみじみ言った。まだ嫁が生きていた頃、家族向けに買った大きめのテントがこうして新しい家族と共に使われる日が来るとは思わなかった。「風音、見ているか」と誠一郎は妻の名前を心の中で呼んだ。
朝ご飯は、ホットドッグとフルーツをいただいた。なぜ外で食べるとなんでも美味しいのか不思議になる。
「これから、温泉に入りに行くよ」と誠一郎が言う。いつも使っている日帰り温泉があるそうだ。身体が煙たいまま寝たから嬉しい。
温泉はキャンプ場から川を挟んで反対側にあった。
黎明は温泉がすっかり大好きになっていた。
髪も短くなって楽でさっぱりと全身を洗い流すと露天風呂に向かった。
爽やかな緑と土の香りが気持ちがいい。夜もいいが朝の温泉もまた違った味わいがある。何か柵に覆われているのかと思ったが割と視界は開けており、山が見渡せた。秋になったら紅葉が綺麗だろう。ふと下の方を見るとなんとキャンプ場が見えるではないか。黎明の視力でははっきり見えたので向こうからも望遠鏡を使えば普通の人でも見えるだろうとギョッとしてしまった。黎明はしっかりと目視で確認したが誰も見ていない。こんな山奥まで来だ上そこまでして覗きたい人もいないかと思った。露天風呂がここにあることさえ向こうからは見えないだろう。たとえ望遠鏡を使っても山中のこの一点を見つけるのは普通は至難の業だ。見つけられるのはたぶん暁くらいだ。
温泉を出てからは、観光スポットに行ったり、景色を眺めながら甘味を食べたりととてもまったりと過ごした。
「今度は釣りをしようか」と誠一郎は言った。
黎明は釣りをしたことがない。
「何が釣れるんですか?」と暁が聞いた。
「虹鱒かな、キャンプで焼いたらすごく美味しいよ。」誠一郎が言った。
「2人ならなんか釣竿使わないで取れそうだね、シャッてさ」と蓮が身振りを交えて言う。
「それじゃまるで熊じゃない」と黎明が笑う。
「一部変身したら行けそうだ。今度やってみよう」と暁が手を出してみる。爪が出ていた。
「わわっそんなのできるの!」と黎明ご驚く。
「失敗したら怖いからここでやらないで」と、蓮が慌てた。
誠一郎がやれやれと首を振っている。
得体の知れない気配に鳥が驚いて飛び去った。
「豹ってどのくらい泳げるかな?」と黎明は言った。
「豹がどのくらい泳げるかはわからないけど僕は泳げる」と、暁が言った。
「豹で?」
「うん、もちろん」
「そんなんだ、試す機会ないね」と黎明は言った。
「プール貸切にするしかないね」と暁が言う。
「そこまでするなら普通に人で泳ぐわ」と黎明は言った。
「湖のそばでキャンプもいいね」と誠一郎が言った。
「山中湖かな」と蓮も言った。
今度は湖キャンプが決まった。とても楽しみだ。
「これでまた仕事を頑張れる!」と蓮が張り切る。
「それより君たち結婚式の準備大丈夫かい?休日だけ数えた2ヶ月もないんじゃないかい?」
「そうだね、黎明も蓮さんもこれからは土日休めないよ」と暁が言う。
ゆっくりできる土日はしばらくないかもしれない。ゴールデンウィークは三木夫妻が2人揃って休日をとれたので海外旅行に行っているため休業日だったのだ。
「もう全員でスケジュール共有した方がいいね」と蓮がささっとスマホで用意してくれた。
「たぶん俺の休みが1番取りにくいと思うから早め早めに入れるから空いてる日はどんどん予定入れてくれて構わないよ」と蓮は言った。
「ありがとう蓮」と黎明が言った。
「誠一郎さんも色々ご協力ありがとうございます。」と暁が言った。子どもの頃の写真などを用意してもらっていたのだ。
「私もとっても楽しみにしているよ」と誠一郎は言った。
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