第2話 彼女との出会い

 彼女との出会いはあまりに衝撃的だった。そのカラオケボックスはちょっと治安が悪く、良くない奴らが溜まり場にしていることは度々あったが、その日向かいの部屋にヤバそうな奴らが溜まってたのは知っていた。俺がドリンクバーを取りに行った時に帽子を被った黒ずくめの華奢な子が入って行くのが見えたと思ったら物凄い怒号と物が壊れるような音がしたから、警察を呼ぼうかと思って携帯を手に握りしめて少し様子を伺っていた。そしたらものすごく綺麗な歌声が聴こえてきたのだ。伸びやかで、草原を駆け抜けるように、そして力強い、でもどこか投げやりな声だった。そっと部屋のドアのガラスから覗くと女の子が歌っていた。真っ直ぐな黒い髪が揺れていた。さっきの黒ずくめの子だった。気付くと俺はドアを開けていた。



俺はなんとしても彼女に歌ってほしかった。彼女の声をもっと聞きたいと思った。もっと彼女が見たかった。彼女は血溜まりの中の真っ白な薔薇のようだった。早くそこから出さないと汚れてしまう、壊れてしまうと思った。それほど彼女は危うかった。


彼女を見つけるのは簡単だった。彼女は「黒豹」と呼ばれていた。黒ずくめで、突然現れたかと思うと不良グループを丸ごと潰してヒョウのように軽い身のこなしで消えてしまうというのだ。誰も「彼女」であることは、知らなかったが。「黒豹」が彼女ではないかと直感的に感じた俺は、警察官である幼馴染の蓮に「黒豹」について何か知っていることはないかと聞いた。蓮は一瞬目を見開いた後に、一言「知らん」と言った。俺が金を動かしても探し出すと言うと少し焦って、ある孤児院の女の子だと教えてくれた。彼が小さい頃から同じく警察官である父と一緒に何度も訪れているところだそうだ。


彼女を見つけてからは、本当に人生が色付いたようだった。どんな歌でも歌いこなして、俺が表現したい雰囲気を全く良い形で期待を裏切って新しい解釈で表現してみせる。俺は楽しくて仕方なかった。そして、いつも彼女は美しかった。どんな時も美しかった。


それを初めて見たその日は、天気予報が外れて土砂降りと雷でひどい天気だった。もう流石に帰りたい気分だったが、電波障害で黎明に連絡ができず部室で待っているのではないかと思って、びしょ濡れで部室に入った。電気が付いていない中、激しい雷の光で部屋が明るく青白く照らされていた。そこで俺は信じられないものを見た。


真っ黒なヒョウだった。

眠っていた。

雷の光がそれを照らすと美しく、神々しくさえ見えた。


目を疑ったが、それがなんであるか理解すると恐ろしくなり、後退りすると立てかけてあった箒が倒れた。箒の柄が放置してあるアコースティックギターの弦にあたり、「ヴーン」と音を鳴らした。


俺は終わった、と思った。


ヒョウの身体が少し動くと、起き上がった。起き上がったのはヒョウではなく、黎明だった。


「あ、三木先輩、おはようございます。」


「お、おう、、、おはよう、、」


「なんですか?どうかしたんですか?」


「いや、どうしたって、お前、今」


「え?」


「いや、『え?』じゃねえだろ、『え?』はこっちのセリフだろ」


「え?」


「お前、黒豹なの?」


「ああ、蓮から聞いたんですか?そんな呼ばれ方してるなんて恥ずかしくて仕方ないですよ。」


「ああそっちじゃなくて、お前いつもそうなの?その、」


「え?」黎明は訝しげにこちらを見た。


「え?」もしかして、黎明は自分が豹になっていたことに気づいていないのだろうか。


「いや、なんでもない。危ないから気をつけろよ。」


それからというもの、部室で寝ている黎明を見ては冷や汗をかいて起こしている。気づかないうちに豹になって誰かに見られたら大変なことになる。なぜ黎明が豹になるのか、どういう条件で豹になるのかわからないが、同時に興味も湧いてきてしまった。


「黎明、今日俺んちに泊まらない?雨ひどいし」

ある日、ライブが終わって蓮と3人で話していた時に言うと

「お前、高校生に手出すのは犯罪だぞ。」と蓮に言われた。警察官である蓮になんの感情もなく言われると怖い。

黎明は、「そんな急に外泊できませんよ。」と言っただけだった。

俺だって高校生に手を出そうと思ったわけではなく、ただ雨が降って雷が鳴っていたから、また黎明が寝たら豹になるかもしれないと思って見たくて仕方なかったのだ。蓮は知っているのだろうか。いや、たぶん知らないだろう。もし知っていたら注意するように俺に言ってるだろう。


「夜までこのままだといいのに。」黎明が言うと、


「お前まだ眠れないの?」と蓮が聞いた。


「ううん、おじさんがくれたイヤフォンのおかげで眠れるようになったよ。」


蓮の親父さんが、音が気になって眠れない黎明のためにノイズキャンセリングイヤフォンをあげたらしい。雷と雨は自然の音で他の音を消してくれるから眠れるそうだが彼女の感性はよくわからない。豹だからだろうか。


蓮の親父は、黎明の孤児院によく足を運んでその都度いろいろ助けてやってるらしい。本当に正義感の強い立派な方だ。蓮も親父さんと一緒に度々子どものころ遊びに来ていたそうで、今も時々手伝いをしたりしているそうだ。黎明が黒豹と呼ばれるようになってからも、子どもたちを守るために黎明がしていることに苦言を言いつつも、事件にならないように後処理を内密にしているようである。

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