The dawn

長学歴ニート

第1話 夢

私は夢を見ていた。どこまでも続く乾燥した草原を風を切って駆け抜けている。誰も私に追いつけるものなどいない。私は全速力で走っていた。強く地面を蹴っていた足は地面に触れていることさえ忘れて猛スピードで草原を飛んでいるような気分だった。


 「…い!………ぃ!…………………おい!」


「おい!いつまで寝てんだよ!もう放課後だぞ!」


無理やり起こされて怠い身体をソファから起こしたのは、日本人特有の赤みがかった黒髪ではなく、真っ黒でなめらかな黒髪のどこかエキゾチックな顔立ちをした美人の女子高生、黎明である。ギターを背負った三木泰生が黎明を見下ろしていた。


「また、授業サボって寝てたのかよ。お前いくら勉強できるからって流石に単位落とすぞ。」


「さっき来たばっかりです。ちゃんと五限の体育以外は全部出ました。」


黎明は別に運動ができないわけではない。むしろ人よりできる方だ。いや、いろいろと事情があり、出来すぎる方だ。だから体育はかえって面倒なのだ。


「先輩は自分の心配だけしといてくださいよ。」


 三木こそここにいることがおかしいのだ。ここは高校の音楽研究会の部室である。軽音部と言わないのは、進学校である我が校に軽音部は相応しくないと開部が認められなかったのだ。そして、三木は現在大学生である。大学を放り出して高校に来ている変人である。高校時代に休学してイングランドに留学して帰国後、日本の大学に進学したが何年留年してるのか黎明は知らないし、彼が何歳なのか面倒なので考えたことはない。ただ、彼は大変裕福な家の出で出身校である本校に多額の寄付をしているとかで、高校の部活に入り浸るくらいはなんのお咎めもないのだ。それに敷地のはずれの方にある部室はそこだけ少し低くなっている塀を越えて入ってくれば誰にも気付かれずに出入りできてしまう。


「なあ、今度のライブ、トリップホップをやろうと思うんだ。これ聞いてくれよ。」


 黎明たちの、というか三木のバンドは毎回ジャンルを変える。彼の趣味に合わせて。彼はたぶん天才だと思う。黎明は彼の音楽のセンスは好きだしこのバンドは自分で言うのもなんだが相当レベルが高いと思っていた。しかし、毎回ジャンルが変わるものだから、あるライブで演奏したジャンルが好きなお客さんから絶賛されても、次のライブでまた別なジャンルをやるものだからあの曲はいいけどこの曲はイマイチという評価で、そのイマイチの評価のジャンルが好きなお客さんはまた次のライブにくるけれど、そこでまた別のジャンルを演奏するものだからそこで評価がまた下がる。そんなことを繰り返しているので特定のファンがつかず、名前はいまいち売れないのだ。しかし三木目当ての女性ファンは多く、ハコは毎回そこそこに埋まっている。


 バンドのメンバーもそんな三木についていける者はあんまりいないので、特定のメンバーは黎明と三木ともう2人が出たり入ったりという感じで、あとは突然三木が連れてきたりする。だから、メンバーは高校生だったり大学生だったり、高校生でも大学生でもない誰かだったり、いろいろである。


「いいですね。ちゃんと歌詞あるし。」


「ちゃんと歌詞あるってどんな感想だよ。」

三木が笑いながら言った。

 

「この前なんて一曲の歌詞全部”Without you”だけでしたよね。あれ、サンプリングで十分でしたよね。私歌う必要ありましたか?」


「ははは!それな!」


「それなじゃないですから。」私はちょっと苛立ちながら反論した。


「でもリアルタイムでボーカルシンセ使ってみたかったんだ。」


「答えになってないです。別な曲で使ってください」


新しいおもちゃを手にした子どものようだった。まだ悪戯っ子のように三木は笑ってる。しかし、黙っていれば結構彼はかっこいいのだ。ゆるくカールした長髪が似合うダンディーな雰囲気で、女性が放っておくはずがない見た目である。しかし、近づいてくる女性も三木のあまりの変人ぶりに引いてすぐに離れていってしまう。この前なんて、家に連れ込んだ女をシーツでぐるぐる巻きにして、「服というのは概念なのだ」

と語り出しそのまま家を出て夕方まで帰ってこなかったという。あまりに器用にシーツに巻かれた女は身動きが取れずそのまま夕方までベッドに転がっていたそうだ。



三木との出会いは、2年くらい前だった。その当時黎明は不良少女になりかけていた。自分ではそんなつもりはなかったのだが、何かといじめられたり、不良グループに巻き込まれたりする孤児院の子どもたちを守るために不良グループや暴走族やらとやり合ってたらいつのまにか自分も喧嘩の強い不良のようになっていたのだ。その日は子どもたちの1人を虐めているグループをカラオケボックスでボコボコにした後、そこで1人で歌っていたところ、三木に捕まったのだ。三木は黎明がカラオケボックスに乗り込むところから見ていた上で声をかけたのだ、血を流した男たちが床やソファに伏せているその状況で。


黎明もその状況で、いきなりバンドのボーカルをやらないかなんて聞かれて「はい、やります。」というわけはなく、全く相手にしなかったのだが、どこで知ったのか高校まで乗り込んできたのだ。黎明は見知らぬふりを通すつもりだったが、三木が本校の卒業生であり、多額の寄付をしてる上に黎明が特待生で入学していることをしると、あろうことかカラオケボックスでの出来事で揺すってきたのだ。黎明は、孤児院育ちで授業料免除の特待生としてやっと高校に通えていたので、必死になって「やります!」と言ってしまったのだ。三木とて本気で脅そうなんてそもそも思ってなかったのは明らかだったが、黎明も本当はやりたかったのに、プライドが邪魔していただけだったのかもしれない。


音楽はとても好きだった。黎明は幼い頃から感覚が異常に鋭く、遠くの音や気配にも敏感で神経がすり減るような思いをしていたが、歌を歌っている時、音楽に包まれている時だけは全てを忘れられた。三木は黎明の声をアフリカの草原をかけているみたいだと表現した。


今度のライブは、ジャズバーでやるよと決定事項のように三木は言った。バンドのメンバーはそのジャズバーで演奏しているピアニストと、ドラマーは黎明たちのバンドに出たり入ったりしているメンバーだ。こうやって三木は行き当たりばったりでメンバーを拾ってきてライブをやるのだ。


練習日程を合わせようとしたところ、当日のリハーサルでしかピアニストと合わないというので、顔馴染みの3人で当日まで練習することになった。


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その夜、また黎明は夢を見ていた。また昼間と同じように走っていた。しかし、今度は隣を大きな真っ黒なヒョウが走っていた。その時黎明は自分がそのヒョウを見ているのか、それとも黎明自身がヒョウなのかわからなくなっていた。


朝起きるといつもより身体が熱く感じた。熱があるのだろうか。洗面所に行って顔洗いふと、鏡を見るとそこに映っていたのは真っ暗なヒョウだった。驚いて悲鳴を上げると、中学生のヒロトが走って飛んできた。


「黎明!どうしたの!?」

黎明はもう一度鏡を確認すると、ただ少し濡れて驚いた顔の自分が写っていただけだった。


「黎明?」


「ごめん、なんでもない、ちょっと虫がいて。」


「なんだよ虫くらい。黎明強いのに虫は怖いんだな。朝っぱらから何事かと思ったよ。朝飯できてるから他の奴ら起こして来てくれよ。」


その日は、いつものように学校に行ったが全く上の空だった。放課後三木とバンドの練習があったがあんまり調子が良くなさそうな黎明を見て三木が早めに切り上げてくれた。

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