第14話 まさかの出会い
「リューちゃん、おはなしおわったぁ?」
リツが奥からやってきた。
「終わったぞ。どうした?」
「ミリアちゃんがおなかいたいんだってぇ」
心臓が跳ね上がった。
今日食べたのはアンガシャークの味噌煮だ。
朝はトロッタ煮を食べているが。
食中毒になるような作り方はしていないし。
毎回少量の酒で消毒しているから、大丈夫だと思うが。
そんなことを考えながらも、足早に居住スペースへと様子を見に行く。
目に入ったのは、お腹を抑えるミリアの姿だった。
「ミリア!」
駆け寄ると優しく包み込む。
息が荒い。
一体なんだ⁉
「リュウさん、ミリアちゃん、ウチらと最初は普通に歩いていたんです。でも、急になんだかお腹が痛くなってきたって言って……」
サクヤが先ほどまでの様子を伝えてくれる。
この様子だと医者に行った方がいいかもしれない。
何が原因かわからない。
「そうか。ありがとう。医者へ行ってくる」
ミリアを抱えるとあまりの軽さに驚いた。
こんなに軽かったのか。
ようやく心が休まるかと思ったのに、こんな事態になるとは。
俺が悪かったのだろうか。
何か食べ合わせが悪かったのかもしれない。
そんな考えが頭の中をグルグルと巡る。
「リュウさん。急いだほうがええで。街はずれの魔の森の手前にヤブ治癒院ってところがあるんや。そこなら評判ええ」
「わかりました。有難う御座います。みんな、ごめんな。また明日。アオイ、今日の夜営業は休みだ。片付けておいてくれるか。すまんな」
「いえ。かまいませんわ。それより、ミリアちゃんを早く」
「すまん」
アオイに後を任せると街を小走りにかける。
途中、冒険者ギルドの前を通った。
「あれ? 『わ』のおやっさん、どうした⁉」
サクヤとアオイをナンパしていた剣士の男だった。
俺の深刻な顔を見て声をかけたのだろうか。
「この子が、腹が痛いと。街の外にある治癒院へ行くところだ」
「そりゃ、ヤブ治癒院だな。俺が案内する! ついてきな!」
さすが冒険者だ。
装備を背負っているのに、軽やかに駆けている。
自分の方が、息が荒くなってきている。
こんなに走ったのなんて何年ぶりだろうか。
日本にいたときは、何かあっても車で病院へ連れていくことだろう。
子供を抱えて走るなんて経験、滅多にないことだろう。
なるべく揺らさないように抱えているために、腕も痛くなってきた。何にも運動していなかったツケがこういうところで現れてくる。
だが、ミリアのためだ。
諦めたら、きっと後悔する。
俺は、子供に関することでもう後悔したくない。会えなくなるなんてごめんだ。
街の門を抜けると森が見えてきた。
「おやっさん。もう少しだ! 頑張れ!」
少し森へと近づくと、そこには森に包み込まれるように立っている建物があった。天から木々の間を縫って降り注ぐ明かりが幻想的に建物を照らしている。
入口の少し重い扉を開けると受付のようなところに可愛らしい小さめの女性が立っていた。
「今日はどうしましたぁ?」
「この子が、お腹が痛いと言い出して……」
「お子さんですねぇ。少々お待ちくださーい。ヤブせんせー、急患でーす」
受付の女性が奥へと姿を消す。
評判がいいことを表すように、老若男女が控室で座っている。
奥から小太りの白衣の男性が現れ、待合室にいる人たちを見渡した。
「みなさーん。すみません。お子さんが腹痛を訴えています。先にみていいですかー?」
「「「はーい」」」
みんなこういったことになれているのだろうか。一斉に返事を返した。ヤブ治癒院というが、ヤブ医者と同じ意味じゃないのか? 不安だ。
「では、どうぞー」
診察室の中へと入る。
「お子さんをベッドへ寝かせてもらえますか?」
言われた通りにベッドへと寝かせる。
すると、下腹部を触り「ふむふむ」と言っている。
何かわかるだろうか。
ポンポンと手で叩いたりしている。
少し押す。
「いたい!」
「せんせー!」
俺は焦って声を上げてしまった。ミリアの痛いという叫びは、心を抉られる。
「すみません。必要なことなので、もう少しだからねぇ」
別のところを押しているようだ。
「ここは痛い?」
横に首を振るミリア。
「これは、便秘ですね」
「便秘ですか?」
「おっ? 便秘で通じた。あれ? もしかして……」
なんだ。便秘かぁ。確かにいきなり食べたから詰まるのもしかたがないか。そう思ったら、一気に気が抜けてきた。
「浣腸って、あるんですか?」
「はははっ。ないですよ」
無いのに何を笑っているんだろう?
この大変な時に。
「おっほん。失礼しました。同郷だったようなので、感動してしまいました」
「えっ? まさか……」
「出身はどこですか? 私は東京です」
それを聞いて驚いた。まさか、あっちの世界の人だとは!
「自分は岩手です」
「へぇぇ! いいですねぇ。岩手」
「あのぉ。ミリアは大丈夫ですか?」
「大丈夫です。これを飲めば、たくさん出るハズですから」
そう言って渡されたのは、小瓶だった。
それを受け取ってミリアに一口飲ませる。
「あなたのお子さんですか?」
「はい。わけあって引き取りました」
「かっこいいですねぇ。実直な感じが」
「そうですか? 子供は好きなので。今、こども食堂を開いているんです」
「えっ? そうなんですかぁ?」
ミリアがトイレに行きたいというので案内してくれた。
出そうでよかった。
「今日の診察の代金はいりません」
何を言っているのか理解できずにしばらく固まった。
「せんせー。さすがです!」
横に控えていた青い髪の女性が声をかける。
その言葉に鼻の下を伸ばして喜んでいるヤブ先生。
「そんなこと、いいんですか?」
「僕は、そういう活動している人が好きなんです。応援するって決めているんです。だから、来るときはタダでいいですよ」
「そんな。タダなんて……」
何か、横の女性が先生へ耳打ちしている。
「いいんです。リュウさんのご飯、食べてみたいです」
目を見開いて固まってしまった。
「名前はユキノさんから、聞きましたよ? 美味しい食堂を経営しているとか。僕も食べに行きます。今度の昼休憩にでも行こうか」
隣の女性は嬉しそうだ。
「スッキリしたー」
晴れやかな顔でミリアが戻ってきた。
「大丈夫か?」
「うんー」
思わず抱きしめる。
「俺の料理が原因だと思ってた。ただ、一気に食べさせすぎたんだな。ゆっくり量を増やさないとダメだったんだ」
「あまりご飯を食べていなかったんですか?」
ヤブ先生が、眉をハの字にして聞いてきた。
大変なことだと思ったのかもしれない。
「ネグレクトだったんです」
「なるほど。ミリアちゃんは幸せだ。もし、何かあれば気軽に相談してください」
「ぜひ、お願いします」
頭を下げて立ち上がると、ミリアを引き連れて治癒院を後にした。まさかの出会いで驚いた。
でも、頼りになる人ができて心強い。
ヤブ先生。いい人だったなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます