第13話 人に支えられるということ
食べ終えた俺たちは、皿を洗っていた。洗い場がそこまで広くないので、順番待ちをしている。
最初の方は、リツとミリアだ。
その次にイワン、サクヤ、アオイと繋がっていく。
その後ろには、ガンツさんとマルコさんが並んでいて、さながらアトラクションを待っているようだった。
一様に幸せそうな顔をしている。
こんな顔をしてくれるから、料理を作るのはやめられない。
ちなみに、俺はさすがに最後に並んだ。
いつも通り、子供たちはキチンと洗った皿をかごの中へと並べていく。まだ数日なのになれたものだ。
「ワイ、皿洗ったの初めてかもしれんわ。こりゃ大変やな。油汚れが落ちんなぁ」
「おじさん、そのしろいこなをつかうといいよ!」
リツが得意げにマルコさんへと教えている。笑いながら白い粉をかけてみると、みるみるうちに泡立って油汚れを落としていく。
この粉せっけんは、わりとみんなが使っているものだと親父さんから教わったんだけどなぁ。お金持ちは違うのかな?
「はははっ。こりゃすごいわ! はぁ。こんなんがあるんやなぁ。勉強になったわ」
「ウチにもあるくらいですよ? 絶対、マルコさんの家にはありますって!」
「いやぁ。家事をやらんから、知らんのよなぁ。母ちゃんには感謝やわぁ」
ガンツさんからの突っ込みに、困ったような笑みを浮かべながら皿を拭いていた。
そうか。この世界にも亭主関白のようなものがあるんだな。
それなら、あの世界と同じようにカカア天下もあるんだろうけど。
皿を置くとガンツさんとマルコさんは席へと戻る。
俺は手早く皿を洗うと、子供達へと声をかけた。
「ちょっと俺たちは店についての話があるんだ。聞いていてもつまらないだろうから、裏でゆっくりしていていいぞ」
『わーい』と子供たちは居住スペースへと入っていく。
何をするのかはわからないが、少し交流してくれるとミリアも嬉しいだろう。あの子らは素直でかわいい。
みんな裏へと行ったのを確認すると、ガンツさんと、マルコさんへ向き直る。
「子供の扱いがうまいんやな? 自分の子供もいるん?」
「俺の場合は、元妻が連れていってしまいました。仕事ばかりしていたもので、愛想を尽かしたようです」
マルコさんは身体を強張らせた。悪いことを聞いたと思ったのかもしれない。
「今となっては、遠くに行ってしまって。もう会えることはないでしょう……」
「国を出たんか。それは、再開は絶望的やな。そうか。子供の扱いがうまいとおもったんやけどなぁ」
実際には、世界が違うわけだが。それを言ったところで信じてもらえないだろう。
「まぁ、もう諦めましたから。子供は好きなんです。だから、よく休みの日は遊んでました」
「辛いやんなぁ。まぁ、この話はこんくらいにして、率直にきくで。店の経営はどないなん?」
かなり直球で聞いてきた。この店のメニューは中硬貨五枚にしている。五百円。日本だとワンコインというだろうが、この世界ではそうはいかない。
だた、計算がしやすいという理由でその値段設定にしている。あとは、材料費が一食三百円くらいだ。材料費が値段設定の六割。これは、経営としてはダメダメである。
日本の店に勤めていた時は、最大でも三割で抑えなければいけなかった。それは、異世界の食堂でも同じだろう。さらに、アオイとサクヤへバイト代を大硬貨一枚払っている。
「かなり厳しいですね」
「そんなんで、子供らの飯はどないしてるん?」
「それは、昼営業で余ったものを提供しています」
「せやかて、夜営業でも使えるもんなんやろ?」
「……はい」
眉間に皺を寄せて唸っているマルコさん。
「今、僕が卸しているものだと、トロッタとホッホー鳥が高いかな?」
ガンツさんが優しく声をかけてくれる。
「んー。確かに高いんですけど、一人分に換算するとそんなでもありません。実は、調味料の方が高いんです」
「あぁ。使っているのが勇者シリーズだもんねぇ」
勇者シリーズというなんかとても強いのかと思わせるような響きだが、装備品のことではない。
醤油、砂糖、みりん、味噌、酢。
主要で使っているこの調味料たちは、勇者がもたらしてくれた調味料ということで勇者シリーズといわれている。
それまでは、粗塩と蜂蜜くらいしか調味料がなかったのだ。
味の幅を大きく広げたのは昔召喚された勇者たちだったんだと。
だから、一般市民からも崇拝されたんだそう。
「そうなんですよねぇ。実際、俺の料理は勇者シリーズがないと出せない味ばかりで……」
「そうだよねぇ」
少し沈黙していると、口を空けて驚いていたのはマルコさんだ。
「どうしました?」
目をパチパチとすると、急に笑顔になって俺の方を叩いた。
一体何が起きたのだろう?
「食材じゃないんか! ほんなら、調味料はワイが卸したる! 勇者シリーズは、ワイの商会は専用の蔵があんねん!」
そんな偶然が。
俺の頭が追い付かない。
しばらく固まっていた。
「せやから、ほぼタダで卸したる!」
「それは、駄目ですよ! 醤油なんて一本が中硬貨三枚もするんですよ?」
要するに、一本三千円もするのだ。それも、一リットルくらいの中瓶である。一升瓶のような大きいものではない。仕込みの時点でトロッタのブロック肉を鍋へといれたら、醤油、砂糖、みりんはドバドバいれる。
もはや一人当たり二百円分は使っているだろう。
肉や野菜は百円くらいだろう。
「ええんや! さっきの子供ら見てたら、ワイも助けたくなった! 正直、ダリル商会は儲けてるんや! 安心せえ! ははははっ! 決まりやな。よっしゃ! 製造ペース上げるようにケツ叩くわ!」
「僕も、食材の値段を二割下げよう」
なんて恵まれているのだろう。
人に支えられるってこういうことだろう。
俺も困っている人、困っていなくたっていい。悩んでいる人もいるだろう。みんなを支えてあげたい。
「ガンツさん、マルコさん。本当に有難う御座います。これからも、ご支援、よろしくお願い致します」
頭を下げた後のテーブルには水滴が落ちてしまっていた。
目を拭い、誤魔化すようにテーブルを拭いたが、二人にはばれていたようでにこやかに肩を叩かれた。
これからも、こども食堂をなんとかやっていけそうだ。
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