第3話 食わせるという覚悟
「捨てるはずのものを食わせてすまんな」
「あんなのすてるのもったいないよ! すごくおいしかったもん!」
弟はそう言いながら興奮している。
頬が少し赤いのは血の巡りがよくなったからだろう。
この子たちのガリガリな体に肉をつけてやりたい。
親ではないのに、親心のようなものが芽生えていた。
「お父さんとお母さんは家にいるのか?」
「そんなのいないよ? お姉ちゃんたちだけだよ?」
親がいない?
俺はその事実に耳を疑った。
お姉ちゃんと呼ばれる人がこの子たちを育てているのか?
こんな境遇の子が、この街にいて誰も支援してあげようともしないのか?
いったい大人は何をやっているんだ。
心に黒い炎のような怒りが湧いてきた。
領主は一体何をしているんだ。
こういう子たちのことを隠して、貧困の差がないということにしているのか?
それは詐欺だ。ふざけるな。
「そうか。また明日も来るといい。同じ時間ならまた捨てなければいけない料理が出来上がっているはずだ」
二人は動こうとしない。
食べてしまったと思っているようだ。
心配することもないのだが。
「二人とも、皿を洗ってくれるか? さっき食べた分、働いてくれると俺も助かる」
目を輝かせた二人。
調理場へ行き、洗い方を教えると、楽しそうに皿を洗い始めた。
初めての体験だったんだろう。
「ありがとう!」
帰り際、弟は元気に声を上げた。
隣にいた兄は頭を下げて「有難う御座いました」と言った。
これには感心した。
きちんとお礼をできる子供というのはなかなかいない。
お姉ちゃんと呼ばれる子の指導の賜物だろうか。
感心してしまった。
「また来い」
「おじちゃん。名前教えて?」
「俺はリュウだ」
「僕はイワン。弟がリツ」
少し警戒が解けたようだ。
二人の兄弟は笑顔で話してくれる。
シャワーを浴びさせてあげたいものだが、そのお姉ちゃんたちの許可が必要になるだろうから、いったん置いておこう。
二人を帰した後、また料理の練習をした。
今度のはもったいないので自分で食べたが、やはりおやっさんの作るものより劣っていた。
◇◆◇
次の日は、イワンとリツの他にも人影があった。
二人は誰かを連れてきたようだ。
扉を上げると、イワンとリツの後ろに二人の若い女性が立っていた。
一人はピンク髪で堀の深い、凹凸のはっきりとした身体の可愛らしい、愛嬌のよさそうな十五、六歳くらいの子がいた。
もう一人は青い髪でシュッとしたアジアンビューティのようなモデル体型の同じくらいの年の子。
俺の顔を見るとビクリと体を震わせた。
しかし、意を決したようにこちらに歩み寄る。
「昨日はこの子達にご飯を下さり、有難う御座いました。ウチたちにはお金がありません。ですから、ウチが身体でお支払いします」
「サクヤは黙っていて。私の身体を好きではないかもしれません。ですが、なんとか勘弁していただけませんでしょうか?」
店先で俺に対して頭を下げている美少女二人。
この構図は周りからすると俺が悪者だろう。
中へ入るように促すと、意を決して中へと入ってくる。
イワンとリツは訳が分からないような顔をしてついてきた。
何を勘違いしているのやら。
ため息をつきながら少女たちに向き直る。
「俺は、何も要求する気はない。ただ、この子達に腹を満たして欲しかっただけだ」
「ウチの身体でも不満なんですか?」
「逆にまな板の私の身体もダメなんですの?」
俺は頭を抱えてしまった。
一体どう説明すればわかってくれるのか。
その二人もガリガリだ。
おそらく、最低限の栄養だけとって小さい子たちに食べさせているのだろう。今は何をして生計を立てているのかはわからないが、一生懸命養おうとしているようだ。
「だから、身体など求めていない。そもそも、俺は痩せている女は好きじゃない」
二人は絶句した。
どうしようもないと思ったのだろう。
「まず、君達も食べろ」
今日はトロッタ煮ではなく、フットラビットの照り焼きだ。足が妙に発達した魔物で、足の部分は筋肉質でしっかりした歯ごたえがある。
それを醤油と砂糖で炒めたものだ。
基本的にはこの味付けが多い。
だが、俺は塩と胡椒のものも作っていた。
焼き鳥の要領でいえば、これもうまいはずであった。
ちびっ子達には照り焼きとご飯を。
少女達には塩コショウのものを出してみた。
さっぱりしていておいしいと思うのだが、どうだろうか。
ちびっ子二人は一口食べると「おぉぉ! おいしい!」といって必死に口にかき込んでいる。
その様子を眺めていた俺は、頬が緩むのを感じた。
こういう素直な子がおいしいというのは、本当においしいということだと俺は思う。
少女二人も一口食べて目を見開いた。
噛み締めるようにもう一口食べる。
サクヤと呼ばれていた少女は目を瞑り、上を向くと目じりから涙が流れた。
青い髪の少女も俯くと、目頭から涙を流している。
この年でこの子達を育てるのは大変だろう。
どんな事情があるのかはわからない。
俺にできることは、飯を提供し。
こうして安心することのできる場所を提供することだけだ。
困っていることがあれば言ってほしいが、それはもう少し先になるかもしれない。
「腹いっぱい食え」
「ウチ、いっぱい食べて太りますね!」
「私も、たくさん食べますわ! そして、気に入ってもらえるように太るのです!」
別に俺に好かれる必要はないと思うのだが。
今は思考が飛んでしまっているのだろう。
二人は食べ終わると立ち上がって頭を下げた。
「本当に有難う御座います!」
「感謝しますわ」
頭を下げている少女二人。
その二人の横を器をもって通り過ぎていくイワンとリツ。
俺のほうを見るので頷くと調理場へと入っていった。
「あの子たちは、皿洗いをしてもらってから帰っているんだ。あの子たちの親、そして、君たちの親はどうしたんだ?」
その質問に、場が静まり返る。
聞いてはいけないことだったのかもしれない。
だが、何かしてあげるにも少しは知っていたほうがいいと思ったのだ。
「死にました。アオイの親も、ウチの親も、イワンとリツの親も街を守る兵士でした。この街はおかしいんです。親を殺しておいて、子供のことは知らんフリです」
「それで、一緒に暮らしているのか?」
「そうです。元々知り合いだったんです。ウチの家で今は暮らしています。ただ、冒険者をやるほど強くもない。バイト先は、身体を目的とする男ばかりよってきます。しかし、お金が無い今は、身体を売るしかないかと今は思っています」
この子は、どれだけの重圧を感じていたのだろう。
俺には計り知れない程だったのだろうな。
「私もバイト先は理不尽に怒られてばかり、暴力を振るわれることは日常茶飯事でした」
それでも、働かなければいけないような環境だったのだな。
辛かっただろうな。二人とも。
この子達に手を出すなんて。
フツフツと胸の奥から黒い物がこみ上げてくる。
あの昔のやさぐれた気持ちが。
なんとかしたい。その気持ちが先行した。
「二人とも、ここで働かないか?」
「えっ? いいんですか?」
「いいんですの?」
まだ店に客が入るかもわからないのに、従業員を二人抱えることになりそうだ。
でも、この二人を食べさせていけるくらいじゃないとダメだろう。
何より、ここでこの子達に身売りをするような選択をさせてはダメだ。
必ず成功させる。
そう誓った。
「おう。俺が食わせてやる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます