第2話 異世界こども食堂『わ』

「うむ。これでは出せないな。もう少しだ」


「はい」


 次の日、俺はおやっさんに料理のレシピを教えてもらいながら試作をしていた。


 まだおやっさんの味には程遠いが、いい香りが辺りには漂っていた。

 それが、外にも香りが流れて行っていたようだ。


 店先に小さな人影がある。

 何やら中の様子をうかがっているようだ。

 どうしたのだろう。


「外の子たちは気にするな。一度上げたら集られるぞ?」


「おやっさん、この料理は売り物になりませんよね? ということは捨てるんですよね?」


「あぁ。そうだな」


「いきなり来た身で申し訳ない。俺には、放っておけません」


 コンロを一度止めると入口へと向かい、引き戸を開けた。

 視線の先には二人の子供がいた。

 どちらもやせ細っている。


 俺と視線が合うと何か恐ろしいものを見たかのように身を縮めて立ち去ろうとする。こういう時ばかりは、自分の顔を呪ってしまう。


「待て」


 子供は立ち止まり、恐る恐るこちらを振り返った。


「腹、減ってんだろ?」


 そう問いかけると子供たちは頭をゆっくりと縦に振った。

 

「中に入れ。俺が作った料理は失敗作だったんだ。捨てなきゃならない。だが、それも勿体ない。誰か食べてくれる人がいればいいんだがなぁ」


 そう言いながら精一杯の笑顔を向けた。

 すると、子どもの顔は晴れやかになった。

 様子を窺うように店の中へと入っていく。


 おやっさんが険しい顔をしている。だが、これから店をやっていくのは俺なんだ。このくらいのわがままはいいだろう。要は、この食堂を軌道に乗せればいいんだ。


 料理をしっかりと作る。おやっさんの味を引き継ぎ、自分の味も出せば。必ずこの食堂は軌道に乗るはずだ。


「適当に座っていいぞ」


 子供たちは、一人は六歳前後だろう。もう一人はもう少し小さい。

 椅子に座るのがやっとだが、なんとかテーブルに顔が出る。

 二人とも少しツンとした匂いがする。


 風呂に入っていないのだろう。

 衣服も所々に穴がいているし、丈も短い。

 いったいいつから着ているものなのか。


 おやっさんは諦めたように俺が作ったトロッタ煮込みを器に盛りつけている。

 トロッタ煮込みというのは、トロッタという豚のような魔物。

 その肉を醤油と砂糖で煮込んでトロトロにした料理だ。


 まだ、おやっさんより味にパンチがない。

 分量は合っているはずだ。

 最初の焼き入れが少し甘かったかもしれない。


「おじさん、僕はいいから。弟に少しでもいいので食べさせてもらえない?」


 胸が締め付けられる思いだった。

 兄弟愛は素晴らしいが、それ以上にこの年で自分が我慢するということを覚えているのか。

 一体これまでどんな思いで過ごしてきたんだろう。


 どうやって食べていたんだろうか。

 どうして、だれも手を差し伸べないのだろう。


 胸の奥からこみ上げる悲しいなにか。

 それを必死に押し込めて笑顔を作る。


「大丈夫だ。二人がおなか一杯になるくらいはあるから。二人とも食べろ」


 それでもまだ不安そうな顔をしている。

 大丈夫だといっても信用できないのだろう。

 どれだけ少ないものをくれるのかと思っているのかもしれない。


「おやっさん。すみません。米を出させてもらえませんか?」


「はぁ。これから店を任せるのはリュウだからのぉ。好きにせぇ」


「すんません。有難う御座います」


 俺は頭を下げると盛り付けてくれた器をもって子供の元へと戻る。

 トロット煮を二人の前に置く。


「うわぁ! すごいいいにおい! おにい、これたべていいの⁉」


 おにいと呼ばれた少年は再度、俺の目を見て確認する。

 頷いて「食べていいぞ」と伝える。

 言い方が不器用で申し訳ない気持ちになる。


 だが、俺はこういう形でしか感情を表せられない。

 子供が恐いと思うかもしれないが、仕方がないのだ。

 

 一口食べた弟は飛び上がるようにして兄を見た。


「これっ! すごくおいしいよ! おにいっ!」


 弟はガッつき始めた。米もガツガツ食べている。

 兄はその弟を笑顔で見つつ、ゆっくりとトロッタ煮を口へと運ぶ。

 数回咀嚼すると、震えだした。


 まずかったかと思い心配でのぞき込んでしまった。

 すると、兄は涙を流していたのだ。


「うぅぅぅ。おいしぃ。こんなにおいしいもの食べたことがないよぉ」


 涙を流しながらトロッタ煮を食べながらご飯をかき込んだ。ずっと「おいしぃよぉ」と言いながら食べている。こみ上げてくる感情が、目頭へと押し寄せてくる。


 こんな俺の失敗作でも、こうして食べておいしいと言ってくれる。

 この子たちは普段何を食べているのだろう。

 親はいったい何をしているのだろう。


 そんなことを考えながら、逃げるように奥へと引っ込んだ。

 そして、おやっさんに問いただす。


「おやっさん、この街、どうなってるんですか?」


「この街はのぉ。貧困の差がない街とうたっているんだ。ただな、ごく少数だが生活の苦しい人たちがいるのじゃ。その者たちをな、領主は気にも留めない。というか、見ないフリをしている」


「そんな人が領主なんですか?」


 コクリと頷くおやっさんの横顔は険しい。でも、自分もこれまで何も動いてこなかったのも事実なのだから、何も言えないのだろう。


 こんな子供たちや困っている人たちを救いたい。人を助けることができるような活動をしたいとずっと思っていたのに踏み切ることができなかった。日本では、最近こども食堂が多くなっている。


 こども食堂というのは、だれでも来ることができる居場所だ。ご飯を提供するという活動をしているところが多いから、生活困窮者を対象にしていると思っている人もいると思う。


 でも、そうではない。子育てに困っている人や料理を作ることができない人、そんな人たちが温かいご飯を囲んで食べる。そうして、自分の悩みを打ち明けて相談する。


 そういう場だ。中には一人親家庭を対象にするなど、明確に利用者を制限しているところもある。それも、事情を考えれば、一様にダメともいえないのが現状だ。


 ただ、俺はそういうニュースや情報を見ていて思ったことがある。誰でもご飯が食べられる。気軽に集まれる場所。そして、したことがない経験を体験できる場にもしたいと。


 俺は、この世界でこども食堂をやることを決めた。


 これからは、異世界こども食堂『わ』だ。


 みんなの輪を大切にする。

 

 そんな食堂にしたい。

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