異世界こども食堂『わ』

ゆる弥

第1話 拾われた料理人

 俺が目を覚めた時、知らない天上だった。

 たしか店の営業が終わって帰るところだった気がするが……。


「おぉ。目が覚めたかい? 道端で倒れておったんでな。家に寝かせて様子を見ておったんよ」


「それは。すみません。ここはどこですか?」


「ここは、ハリルド王国の王都の隣街、ロンデル街だのぉ」


 聞いたことがない国名。

 学のない俺だが、流石に国の聞き覚えぐらいあるだろう。しかも、王国と名のつく国は地球には無いはずだ。


 要するに、地球という惑星とは違う惑星、世界のようだ。今は一人身だからあまり違う世界に来ても影響は無いが。


「すみません。訳が分からなくて……。全然違うところにいた記憶しかなくて」


「そうなのか? なんだか、大変だったのぉ。まぁ、まずこれでも食べるといい」


 差し出されたのはとても香ばしくて、甘い香りのする肉の煮物が入った器だった。


「すみません。腹減ってたので、頂きます」


 煮物を口に運ぶ。

 肉を噛むと旨味が口の中へと広がっていき、醤油と砂糖のあまじょっぱさが合わさり絶妙だ。


 俺も料理人をしているからわかる。これは、完成された味だ。何年もこの料理を積み上げてきたのが分かる。

 ペロリと平らげてしまった。


「美味しいかったです。この料理は奥様が作ったのですか?」


 奥にいた奥様は顔を横に振った。


「ワシが作ったんじゃ。ここは店をやっていてな。料亭のような感じじゃのぉ。もう店を始めて五十年になるかのぉ」


「おぉ。凄いですね。俺も料理人なんですけど、この料理の美味さには敵いません」


「ハッハッハッ! そうか? そりゃあ嬉しいのぉ。ただな、もう歳だし、ずっと立っているのも辛いし辞めようかと思ってたんじゃ」


 たしかに料理人ってのは、忙しければ厨房で休む暇がない。ずっと立ちっぱなしで動きっぱなしだ。だけど、もったいないな。


「お前さん、やってみるか?」


 ここがどこなのかは全く分からないし、違う世界に何故か迷い込んでしまったんだろう。だとすると、生きていくためには稼がなきゃならん。


 有難い申し出だ。この人の料理の腕も申し分ない。やってみてもいいかもしれないな。


「何処の馬の骨とも分からない俺がこの店を頂いていいんですか?」


「その手を見れば分かる。料理人の手だのぉ。この店を継ぎたいって人もいない。息子と娘は冒険者になったからのぉ」


「冒険者……ですか?」


「冒険者が分からんか? 本当にどこから来たのやら。冒険者ってのは、依頼を受けて魔物を討伐したり、薬草を採取したりとな。何でも屋みたいなやつでな」


 冒険者というのがあるのか。

 聞いたことがない職業だな。

 この世界ならではなのかもしれないな。


「お前さんも最初は冒険者かと思ったんだが。そのガタイと強面の顔。歴戦の戦士のようだ。それがまさか、料理人とはのぉ。ハッハッハッ!」


 昔からよく言われていた。

 人相が悪い。

 恐い。


 だが、俺は多少拳を振るったこともあるが、それは若い頃の話。料理人になってからは大事な手で殴ることは無かった。


 この顔と体のおかげで絡まれたことなど一度もない。それは、有難いことだ。みんなが避けて通るのだから。前の妻だけがそれがいいといい結婚した。


 子供も産まれたが、俺が仕事ばかりしていたら愛想をつかして出ていってしまった。


「戦いなどできません。できるのは、料理だけです」


「いいのぉ。この店のメニューのレシピと、ワシの培ってきたノウハウをお前さんに叩き込んでやるわい。お前さん、名前は?」


「リュウです」


「いい名前だのぉ。一週間ほどでワシは引退じゃ。それまでに覚えて欲しいのぉ」


「わかりました。学ばせて頂きます」


 頭を下げる。

 するとおやっさんも頭を下げた。


「継いでくれると言ってくれて有難う。店の名前は好きにしてくれていいからのぉ」


「はい。考えておきます」


 おやっさんは立ち上がると、手招きをしてどこかへ案内してくれるようだ。

 ここは住居のようだけど、下へおりていき扉を開けるとそこにはコンロのようなものがあった。鍋やザルなどの調理器具は棚に並べられている。


 神聖な空気が俺の心を引き締めさせる。

 こんな何も分からないところに来てしまったけど、せっかくの縁だ。この店を誰もが好きな店にしよう。


「ここが厨房ですね?」


「あぁ、そうだ。これは魔石コンロじゃ」


「魔石……?」


「魔石っちゅうのはのぉ、魔物の心臓みたいなもんなんじゃが、こうやってエネルギーに変えることができるそうなんじゃ。ワシもよく分からんけどのぉ」


「へぇぇ。そうなんですか。じゃあ、これを定期的に仕入れているんですか?」


「そうじゃ。その仕入れルートも全て教える。自分独自のルートを作ってもいいが、安定するまではワシのルートで仕入れるといいじゃろう」


 それは大切な繋がりだ。仕入れってのは大事な部分だからな。


「何から何まで有難う御座います。どこかの卸問屋から卸してもらってるんですか?」


「ワシはオーランド商会と契約していてな。色々と探したんじゃが、あそこが一番安いのぉ」


 ちゃんと市場調査していい所と契約したってことなんだな。抜かりがないな。


「毎日顔を出しに来てくれるからのぉ。今日の夕方来てくれるだろうから、挨拶しておいたほうがいいのぉ」


「はい!」


 よく分からない世界での、俺の料理人生活が始まろうとしていた。

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