エピローグ
「———う、ううん。…………ここ、は?」
目が覚めた私の視界に映ったのは知らない天井だった。
全身の痛みでまだ思うようには体を動かせないが、それでも何とか上半身を起こして周囲に視線を巡らせるとそこは私が今寝ているベッド以外もう一つ空のベッド(誰かが使っていたような形跡がある)があるくらいで他には特に家具らしい家具も設置されていない簡素な造りをした部屋のようだ。
それに、気を失っている間に着替えさせられたようで私の服装は簡単に着脱ができる作りの白い衣装へと変わっていた。
(傷の手当てもされてるし、ここは明らかにあの邪神がいたおかしな空間とも雰囲気が違う……。つまり、無事に助け出されたってことなのかな? それより、あれからいったいどうなったんだろう? それに、ヒスイさんは無事だったのかな?)
そんなことを考えていると、不意に部屋の唯一設置されたドアが開く音が聞こえる。
どうやら寝起きとダメージで本調子ではないのに加え、思考に気を取られていて近づく気配に気付けなかったようだ。
「あら、やっと目が覚めたのね」
室内に入って来た人物、ヒスイさんはそう声を掛けながらドアを閉じると少し足を引きずりながらも空いていたもう一つのベッドまで歩いて行き、そのままベッドサイドに腰を下ろす。
「ヒスイさん! 無事だったんですね!」
そう声を上げながら私は立ち上がろうとしたのだが、やはりまだ上手く体に力が入らず立ち上がることができなかった。
「無理しなくてもいいのよ。あんた、丸2日も意識を失ってたんだからまだ動けるわけないでしょ」
「2日!? そんなに経ってたなんて……と言うか、私よりヒスイさんの方が酷い怪我だったじゃないですか! なのに、ヒスイさんは起き上がっても平気なんですか!?」
「まあ、あたしも目覚めたのは昨日の昼過ぎでほぼ1日意識を失ってたし、まだこの通り傷も癒え切ってないからあんまり出歩かない方が良いだけどね」
そう言いながらヒスイさんは肩の辺りまで地肌が見えないほど包帯に隠された両手をこちらに見せてくれる。
「でも、ずっと寝てるだけってのも退屈だし、気晴らしに数分くらい散歩したってどうと言うことはないでしょ。それに、あたしが実力以上の力を使って倒れるのはこれが初めてでもないし、この火傷だってちゃんと治るからあんたが気にする必要はないわよ」
笑顔を浮かべながらそう語るヒスイさんに、私がこれ以上心配する必要も無いほどヒスイさんは強いのだと納得し、私も笑顔を浮かべながら「それなら安心ですね」と返事を返す。
するとなぜかヒスイさんは頬を赤く染めながら視線を逸らし、「そ、それよりも! ここがどこでなんであたしたちがここにいるのか説明が必要かしら?」と問い掛けてくる。
「あっ、お願いできますか?」
「コホン。それじゃあ順を追って説明するわね」
こうしてヒスイさんによる状況説明が始まったのだが、話を要約するとここは医療区に存在する協会直轄の医療施設で、転移魔方陣が発動した時に異変に気付いたママとジークムントさんが急いでダンジョンの第一階層最深部に向かったところ、ちょうど救援を要請しようと入り口に戻っていたコハクさんと合流して予想以上に早く救援に駆け付けることができ、私が気を失った直後に救援に間に合ったママが邪神の脅威を排除して私達を助け出してくれた、と言った感じの内容だった。
因みに、マリアの方も邪神を復活させた者と思われるローブ男と戦闘状態になっていたらしく、魔術を使えないマリアは一方的に不利な状況ながらも結構頑張って逃げ回ったおかげで大したけがを負うこともなく、そしてローブ男の魔力をそれなりに消耗させていたことで増援に駆け付けたジークムントさんの登場によって不利を察したのかあっさりと撤退してしまったのだという。
それと現在、ママとジークムントさん、それにコハクさんの3人は他にあのダンジョンで『異界』へ通じる道が無いかや邪神の封印を解いたローブ男の痕跡を探るためにダンジョンに向かっているらしい。
あと余談だが、ローブ男が撤退する前に特級であるジークムントさんとの戦闘があったらしいのだが、ママが消耗しているはいえ邪神を一方的に蹂躙したのに対し、ローブ男はジークムントさんから逃げ切るだけの実力があったらしいのでもし先にマリアとの戦いで消耗していなければもっと厳しい戦いを強いられていたかも知れないとのことだった。
ただ、敵を逃した一因として戦闘終盤にひるんだ敵に追撃を加えようとマリアが勝手に動き、そのままカウンターで魔術を食らってしまったことで戦闘を行っていた浮島から落ちてジークムントさんの気が逸れたという事態も発生していたようだが。
因みに、謎の空間に放り出されたマリアをどうやって救い出すかジークムントさんが悩んでいたところに邪神を退けて私達を救出したママ達が合流することになるのだが、それから少しのタイミングでママ達から逃げ出した後で邪神が力尽きたのかあの『異界』が崩壊を始め、やがて完全に消滅するのと同時に私達の体はダンジョンの入り口まで強制転移されたため、謎の空間に放り出されていたマリアも大した怪我なく無事に保護されることとなったのだとか。
そして、全ての説明を聞き終えた私は全員無事で戻れたことに安堵しつつ、もう一つ気になっていた問題について問いかけることとなる。
「そう言えば、私達の試験って結局どうなったんでしょうか? 怪我が治った後にやり直しとか、もしくは……」
最悪の結果を予想して私が言いよどむと、ヒスイさんは呆れたようなような表情を浮かべながら口を開く。
「あんた、あたしのサポートがあったとはいえ邪神と戦って生き延びたのよ? そんな将来有望な戦力を協会がみすみす手放すわけないじゃない」
「え? と言うことは—―」
「当然合格よ。もっとも、本来課された課題をクリアしたわけじゃないから通常と同じ10級スタートになるらしいけどね」
その言葉に、多少残念な気持ちが無いわけでもないがそれよりも念願のハンターになれた嬉しさが勝り、思わず笑みが零れ出す。
「ただ、今回の一件で最初から評価にかなりのプラス点が付くみたいだし、真面目に依頼を熟していけばあっという間に階級なんて上がるわよ。その証拠に、あたしも今回の功績が認められて6級を飛ばしていきなり5級まで昇格したし」
「そうなんですか!? おめでとうございます!」
そう私が告げると、なぜか再びヒスイさんは頬を赤く染めながら視線を逸らし、「それに、今回はいろいろとお世話になったみたいだしある程度の実力が付くまではあたしとコハクで面倒見てあげるから」と予想外の提案をしてくれた。
「良いんですか? その……今回私はそんなに役に立てなくて、お手伝いどころかお世話になりっぱなしだったのに」
「そんなことないわ。結局あたしは捨て身の攻撃で邪神を倒すことはできなかったし、その後であんたが戦ってくれなきゃ救援だって間に合わなかったんだから」
「でも、そもそもあんな戦いに巻き込んでしまったのは私達の—―」
「ああっ! そう言うのは無し無し! そもそも、特級を目指す以上邪神との戦いはほぼ避けられないんだからこんな早い段階で実力不足を実感できたのは大きな収穫なの! だから大人しくあたしの感謝を受け取っておきなさい」
そう押し切られ、私は思わず苦笑いを浮かべながら「分かりました」と短く返事を返す。
「それに、ほとんど死にかけてたからしっかりとは覚えてないけど、あれがあたしのファーストキスだったんだから、ちゃんと責任取りなさいよね」
そして、私の返事の後で何やらぼそぼそとヒスイさんが呟いていたのだが、普段のヒスイさんの音量に比べてあまりにも小さな声だったのでなんと言ったのか聞き逃してしまう。
そのため、もう一度なんと言ったのか聞こうと口を開きかけた時、けたたましい足音が近づいてきたかと思えば直後に勢い良くドアが開け放たれ、そこからマリアが姿を現した。
「我が天使の目覚める気配を感じたぞ!!」
「……あんた、ここは病院よ? もうちょっと静かにしなさいよ」
「良いではないか。我にとってはそのようなこと……ん? なんじゃ、ヒスイ。お主、妙に顔が赤くないか?」
「ばっ!? 馬鹿じゃないの! べ、別に赤くないわよ!」
「ん? んん?」
首を傾げながらマリアはヒスイさんと私の顔を交互に見比べ、やがてハッとしたような表情を浮かべたかと思えばワナワナと肩を震わせ恐る恐る私に声を掛ける。
「まさか……我と言う存在がありながら、ヒスイに浮気したのか!?」
マリアのその問いに、なぜがヒスイさんが顔をさらに赤くしながら反論の言葉を口にする。
「うわっ!!? ば、馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの! 別にあたしとアリスはそんな関係じゃないわよ! …………キスはしたけど」
「ヌッ!? 最後、小声で何と言ったのじゃ!? 今何か、聞き捨てならぬセリフを吐いた気がするのじゃが!!?」
ギャーギャーと言い争う2人を苦笑いを浮かべつつも見守りながら、私は無事に日常へ帰って来たのだと実感する。
正直、しばらくはこんな大変な目には会いたくないと言うのが本音だが、私が英雄を目指してハンターを続ける限り今後もこれ以上の困難が次々と目の前に立ちはだかることとなるだろう。
だが、どのような試練が私の道行きを試そうともその歩みを止めることはないだろう。
「ねえ、アリスからもこの馬鹿に何とか言ってやって!」
「それはこちらのセリフじゃ! アリスにとって最も大切なパートナーは我の方じゃよな!?」
「まあ、確かにマリアは家族だし付き合いが長いから特別な存在なのは間違いないよ。でも、私は2人とも大事な仲間だし大好きな友達だと思ってるから、どっちか片方なんて選べないかな」
だって、私にはこんなにも愉快で頼れる仲間たちがいるのだから。
—【第1章】ハンター試験と目覚める邪神編 FIN—
【おまけ】
~遡ること2日前 ターニャが邪神を討伐した少し後~
神域の虚無空間を一定の速度で一定の方向に落ちながら、我は神気を開放してこの神域を支配する者の隠れた空間へと道を繋げる。
どうやら母上によってあっさりとこの神域の主は敗北したようで、神域に満ちていた支配が揺らいだことで我はその敗北を知り、そして逃げ出した卑怯者へ止めを刺すべくあえて、そう
(さて、全ては我の計算通りじゃな! 神域の主が瀕死の重傷を負い、世界が不安定となったことで我がある程度力を開放したとてやつに捕捉される心配はない! よって、ここが最強たる我が力の示しどころ!)
先程の攻撃で髪留めが外れたのかポニーテールでまとめていた髪がばらけて若干鬱陶しいが、まだ我が現代の共通語を理解できずに戸惑っていたころに幼きアリスからプレゼントされた髪留めは戦闘が必要なダンジョン探索なので万が一があってはならないと外していたので、それが無くならなくて正直ほっとしている部分はあるかも知れない。
「さて、それでは最後に我がかっこよく〆て終わりとするか!」
我がそう告げた直後、奇跡によってつながった神域の裏側へと到着し、何人も入り込めぬはずの領域に侵入者がやって来たことに神域の主、アルフレッドは驚愕の表情を浮かべる。
「きさま……何者だ?」
懐かしい古代言語の響きに、若干言葉の意味を理解すのに時間がかかったが我は余裕の表情を崩さないまま同じく古代言語で返答を返す。
「よもや、我が顔を忘れたと申すのか?」
そう問われ、アルフレッドは訝しげな表情を浮かべながらまじまじと我の顔を確認し、やがて首を傾げながら「誰だ、お前?」と失礼な返答を返す。
「なっ!? よく見ろ! 我じゃ、我!」
「……いや、どっかの神なのはわかるが、俺は見たことない顔だぞ」
本気のトーンでそう返され、我は若干落ち込みかけるがすぐに理由に気付いてポンと手を叩く。
「そうじゃ。あやつに我が存在を悟らせぬため、力の大半を押さえると同時に多少姿形を弄っておるからわかるわけがないではないか!」
そう呟いた我は、さっと右目を覆う眼帯を取り払うと威厳のあるポーズを決めながらアルフレッドに告げる。
「刮目するがよい! 我が、真の姿を見よ!」
そして、これくらいなら大丈夫だろうと普段封印している力の一割を開放し、時々抑えた力が漏れ出して赤色に戻る右目だけでなく両目が本来の赤色へと戻り、それと同時に魔力で黒く染まっていた髪が神気で真っ白に染まり、顔付も若干大人っぽく、そして中性的なものへと変わる。
「なっ!!? キサマは!!」
「フッ。やっとわかったか」
我はそう告げながら神気によって背後に二門の『審判の輪』を顕現させると、強者の威厳を感じさせるポーズを決めながら名乗りを上げる。
「我が名はマリア……間違った。我が名はルナリア・ソルマレイド! 神王ソルマレイドが唯一この世に生み出した娘であり、夜を統べる最強の女神でいずれはこの世全てを手に入れる絶対の支配者なり!」
「チッ! やはり王の読み通り、俺がキサマから奪い取った眷属の支配権を取り返しに来やがったのか! だが—―」
言葉の途中で我は『審判の輪』を起動すると、奇跡を用いて再び逃げ出そうとするアルフレッドを結界の中に閉じ込める。
「フッ。逃げられるわけがないであろう。そして、本当は我が母上より強いという証拠をここで示そうではないか」
そう告げた瞬間、アルフレッドを捉えるために上下に設置して結界を展開していた『審判の輪』、その一見金色の輪に縁どられて空洞に見える中心部分に光が集まる。
「天光満つる時、裁きの祝音が世界を満たす。さあ、汝の罪を見つめ、悔い改めるがよい! ここに裁きの極光を! 受けよ、『
別に必要はないのだが、ノリと雰囲気で唱えた詠唱に合わせるように奇跡を発動し、一瞬にしてアルフレッドの存在をこの世から消し去る。
そして、母上でさえ不可能だった一瞬でアルフレッドを討伐するという目標を達成した我は満足感に満たされながらいつもの姿に戻る。(まあ、ほぼ死にかけだったのでこの状態なら母上でも逃げ出す前に止めを刺せたかも知れないのだが。)
「フフフ。フハハハハハハハ! やはり、本来の力を解き放った我こそが最強なのだ。ハーハッハッハ!」
崩れ行く神域の中で、我の高笑いが木霊する。
この10年間はずっと力を押さえた状態で生活していたし、その状態でずっと母上には手も足も出ずに敗北し続けたのでこうやって自分本来の力を確かめるのは凄く気分が良かった。
そう、気分が良すぎて通常空間に戻った際の着地を全く考えておらず、結果着地に失敗して顔面を強打してしまうほどに。
アリスとマリアの冒険 赤葉響谷 @KyouyaAkaba
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