幕間2

「ほ、本部長! 大変です!!」


 昨日から取り掛かっていた厄介な業務も一段落した午後2時過ぎ、事務員のチェルシーがそう叫びながら俺、ハンター協会グランフォリア王国拠点本部長を務めるジークムント・ライズベルの執務室へやって来たことに思わずため息を漏らし、飲みかけの紅茶が残ったティーカップをソーサーに置きながら口を開く。


「今度はなんだ? またアーノルドが何かやらかしたのか? それとも今度はベレッタの方か?」


最近歳のせいか、それとも気苦労が多いせいか白髪が混じり始めた赤毛の短髪をぐしゃぐしゃとかきながらそう尋ねると、この2年ほどで何度もこのやり取りを繰り返してきたチェルシーは苦笑いを浮かべながら「いえ、今回はその2人は関係ありません」と返事を返す。


「なんだ、それじゃあ誰だ? ウィンディ…いや、パルメナ? ……まさか昨日に続いてローウェンがまたやらかしたとかじゃないよな!?」


「本部長、落ち着いてください。大丈夫です。今回は誰かがやらかしたとかではないので」


 正直、普段クールな彼女が慌ててこの部屋にやって来る時は決まって誰かが何かとんでもないことをやらかした時(昨日はローウェンと言う名のハンターが報酬の取り分で仲間ともめて宿屋の一室を破壊したという知らせだった)なので、そうでないというのならさらに厄介な案件だということなので内容を聞きたくない。


「それじゃあまさかどっかの貴族がまた妙な案件を吹っかけて来たか? それとも王族がお忍びで監査に来たとかか?」


 日々とんでもない案件に振り回され慣れている彼女が取り乱すほどなのでこれぐらいの案件だろうかと予想を口にしてみるが、彼女はすぐに首を左右に振ることでその予想が間違っていることを教えてくれる。


「先ほど、15時到着予定の定期便を護衛している《白き盾》のメンバーから通信魔道具による連絡があったのですが、路線上にアースジャイアントが出現したことにより到着時刻が15分ほど遅れそうだとの報告が上がりました」


「15分? アースジャイアントが出現して、あいつらだけでよくその程度の遅延で済んだな。……ああ、もしかしてたまたまその便に上級が乗ってたのか? そんで、お前が慌ててる理由もそいつが厄介なヤツだから、って感じか?」


 基本的に迷宮都市ファンタズムの周辺は多数の危険な魔物が生息する森林や山岳地帯に囲まれているため、最短コースでは無いが比較的安全なルートに線路が設置されているにも関わらず魔物の出現で運行スケジュールが大幅に狂うケースは珍しくはない。

 因みに、基本的に鉄道を利用してこの迷宮都市に向かうには比較的距離が近くてそれなりの規模を持つ都市である王国東部のパンデオン始発の便に乗るか、中部にあるこの国の中核都市、王都ルーフェン始発の便に乗るかの二択しかなく、護衛として最低中級以上のハンターが3名以上警備として乗車する必要があるのでそこまで多くの便を運航することができないため基本的にはパンデオンから8時、11時の2便、王都からは6時半、10時の2便が2日に一度(片方がこちらに来ない日に)この迷宮都市に到着し、こちらからその2つの都市に向かう便はこちらに来る便が運休している日に同じ時間から出発する2便だけとかなり少ないのだ。

 そのため、基本的にこの都市を訪れる人は鉄道より多少時間と運賃がかかるものの南部の都市、オケアノスから2時間に1本程度の頻度で出る定期船を利用する場合が多い。(空路は飛行型の魔物が多数生息するアンページ山脈などのせいで安全性が確保できず、未だ定期便などの運行は実現していない。)


「その……厄介かと問われると何とも言い難いのですが……」


 珍しく歯切れの悪い口調でそう言いよどむチェルシーの態度に疑問を覚えながらも、「それじゃあいったい何なんだ?」と俺は続きを話すよう促す。


「報告によれば、その人物は戦闘が始まって10分近く経ったあたりで介入してきたらしく、どうもただの一撃、それも一瞬にしてアースジャイアントの上半身吹き飛ばして事態を終息させたらしいのです」


 その報告を聞き、思わず俺は眉間にしわを寄せながら右手でこめかみを押さえる。


「そんな芸当ができるとなると1級でも数人だろうが……思い当たる奴らは少なくとも東部にはいないはずだ。特級と言う線は……コンゴウの爺さんは王都にいるはずだし、ロベルトも任務で西部に行ってるから特級の線も無しだな。それに、もし帝国からそのクラスのハンターが入国してたとしても北部から中部を経由してくるだろうからそれも違うはずだ。そして当然ながらそれだけの実力者が秘密裏に王国へ入国していたとすればそんな目立つ行為をするわけは無いし……」


 考えを整理するためにそう言葉に出したところでとある可能性に気付いた俺は思わず思考が止まる。

 そして、しばらくの間を置いたところで顔を上げるとチェルシーに視線を向けながら自分の意思とは関係なく震える口調で言葉を絞り出す。


「まさか……まさか、ターニャ…なのか?」


 俺の問いに、チェルシーは真剣な表情で肯きを返しながら「ターニャと名乗る赤毛の女性との報告に間違いがなければ、あの事件以来15年以上行方不明とされていた《朱槍の戦姫スカーレット・バルキュリア》で間違いないかと思われます」と言葉を続ける。


「マジか……。ハッ、生きているのは分かっていたが、ハンターの職をほぼ休業してまで一緒にいたはずの元相方にすら居場所を知らせず、今迄どこで何をしてたんだか」


 俺は背もたれに体重を預けながら遠くに視線を彷徨わせ、ターニャが最も勢いがあった時期に相棒として活躍していたとある女性の顔を思い出しながらそう呟く。

 そうしてしばらく感傷に浸ったところで俺はチェルシーからの視線に気づき、コホンと軽く咳ばらいをした後に視線を彼女へと戻す。


「それで? ヤツがこのタイミングで姿を現した理由については何か分かっているのか?」


「報告によれば娘たちにハンター試験を受けさせるためにここに向かっている、とのことらしいです」


「そうか。娘……………娘!!?」


 思わず身を乗り出すようにそう尋ねる俺に、チェルシーは冷静な口調で「本部長、落ち着いてください」とツッコミを入れる。


「いや、でも娘って……ち、父親は!?」


「父親らしき人物は確認されていないため、現時点では不明です。と言うか、間違いなくこの街に到着後はこちらに向かうと思われるのでご自身で確認してください」


 もはや後半の言葉は頭に入って来ていないまま、俺は力なく背もたれに体重を預けながら天井へと視線を彷徨わせる。


「結婚……あいつが…………誰と? てか、いつの間に…………やはり王都で?」


 そんな言葉を漏らしながら放心状態に陥った俺は、それから先はろくに仕事へ集中できないまま彼女がグランフォリア王国本部を訪れるまでの時間を過ごすことになるのだった。

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