第10話 特級ハンター
アースジャイアント討伐が完了し、線路を防ぐ残骸を処理し終えた(片づけは私達も手伝った)ところで再び列車は運行を再開し、早期解決に寄与した私達(私達親子だけではなくヒスイさんとコハクさんも)は2両目の個室、しかも普段貴族なんかが利用する広くて快適な席を提供してもらった。
当然ながらこの個室は移動の最中に貴族や商人が他人には聞かせられない密談を交わすことも考慮し、完全な防音対策(魔術で何重にも結界が張ってある)なので、部屋に着くなりマリアは瞳をキラキラと輝かせながらママに詰め寄った。
「母上の使ったあの朱槍は何なのじゃ!? それに、朱槍を取り出すときに生じたゲートも! あれはどうやったらできるのじゃ!?」
「あー、あれは『神造武具』の基本能力みたいなやつだから『神造武具』以外では使えないし、そもそも『神造武具』って神々の時代に造られたロストテクノロジーだって話だから現代の魔術で再現も難しいと思うぞ。てか仮に再現できたとしてもそもそもマリアは魔術使えないだろ」
「グッ……。フフフ、未だ力を抑えておる故に母上は見誤っておるが、我が真なる力を開放してこの右目の封印を説けば、最強の邪神たる我に不可能は—―」
「右目の封印って……お前、風呂に入る時とか普通にこの眼帯外してるじゃないか」
そう言いながらママがヒョイとマリアの眼帯を取ると、どうやら今はいつもの症状で目が赤く染まっていたようで、涙目になりながらも慌てて右目を閉じて「か、返してよ!!」と慌ててママから眼帯を奪い返していた。
「その赤い目……だから自分を邪神だなんだと言っておかしな言動をしてたってわけね」
2人のやり取りを複雑な表情を浮かべながら見守っていたヒスイさんがボソリとそんな言葉を漏らす。
いったいヒスイさんが何に納得したのかと言えば、伝承に残る邪神たちの長、月の女神ルナマリアは闇夜を照らす月明かりのように白く輝く髪と魔物の如く朱色に輝く瞳を持っていたと言われており、そもそもマリアが邪神推しになった原因も時々赤く染まる自分の瞳がその伝承で語られる月の女神の姿に重なるからだろう。(因みに太陽の女神ソルマリアは漆黒の髪に金色に輝く瞳だと伝わっているので、容姿だけで言えば黒髪に琥珀色の瞳を持つマリアはこちらの方が近いような気もするのだが。)
「それよりも、特級ってどういうことなの? それに、ママが特級なのを黙ってたのは良いだけど、なんでそんな階級があることを教えてくれなかったの?」
私がママにそう尋ねると、ママはまっすぐにこちらに視線を向けながら「アリスは、なんでわたしの認定証が上級の物へ偽装されてるか分かるか?」と逆に質問を返されてしまった。
「え? …………偽装しているってことは、協会が特級の存在を隠したいと思っている、とか?」
「まあ、そういうことだな」
咄嗟に思いついた考えが当たっていたことに驚きつつも、更に訳が分からなくなった私は次なる疑問点を口にする。
「なんでわざわざ隠すの?」
「いろいろと理由はあるんだが—―」
そう告げながらママは視線をコハクさんに向けると、「お前がわたしの肩書を不用意に喋ったんだから、責任をもって説明してくれるよな?」と、(圧を感じる)笑顔で問いかける。
「……わかりました」
引きつった笑みを浮かべながらコハクさんはそう返事を返すと、軽い咳払いの後に私達へ視線を向けて語りだした。
「そもそも、特級とはその規格外の戦闘力や事件解決能力なんかで普通のハンターでは手に負えない国家機密レベルの依頼を請け負うことが多いんだ。そのため、考えなしにその正体を世間に知らせてしまうと仕事に支障が出る可能性があるし、何より敵対する者が本人を相手にするのは不可能と判断してその周辺、家族とか友人に手を出す危険性がある。だから、各国家に所属する特級ハンターの人数とかはある程度協会内で地位を持つ者には知らされてるけど、その正体までは秘匿されてるんだ」
「と言っても、規格外の存在である特級の存在はどうやったって目立つし、特級に指名される前には普通に上級ハンターとして名を馳せていたのだからほとんど意味のない対応ではあるんだけどね」
ヒスイさんがそう補足を加え、コハクさんは「まあそうなんだけど、それでも協会は特級の存在を隠す必要があるんだ」と説明を続ける。
「実は15以上年前まで、正確には人歴1111年11月11日までは王国内で特級の称号を持つハンターは20人近くいたんだけど、とある事件をきっかけにその人数は6人にまで減少し、それから新たに特級に指定されるハンターが現れなかったことで今では4人にまで減少しているんだ」
「人歴1111年の11月11日? ……それって、予言の日だとか言われてる私が生まれた日、だよね?」
思わず私はそう言葉を漏らしながらママの方に視線を向ける。
だが、ママは特に何も言葉を発することなく視線で『まだコハクの話は終わってないぞ。そっちに集中したらどうだ』と訴えていた。
「それじゃあアリスは予言の子、なのね。あたし、実際にその日に産まれた人と初めて会ったかも」
「僕は一度ギルベルト第二王子殿下とお会いしたことがあるから初めてではないけど、その日は各地で様々な事件が重なったから単純に産まれた人数が少なかったとか産まれて間もなく命を落とした、もしくは余計な面倒ごとに巻き込まれないように産まれた日を数日誤魔化した人も少なくない、って理由もあるかもね。まあ、とにかくその日は予言の日と言うだけではなくもう一つ世界的に大きな事件が起きた日でもあるんだけど、その事件が何なのか分かるかな?」
そう問われ、横でマリアがなぜか胸を張りながら「我が相棒たるアリスがこの世に生を受けたという以上の出来事などあるわけがなかろうに」と言っているが、それを無視してママから教わった近年の歴史を思い出しながら私は回答を口にする。
「魔王の出現、ですか?」
「その通りだ」
魔王とは、私が生まれた日に突如として現れ魔物を含む多数の配下を従えて一国をその手中に収めると、そのまま全世界に対して宣戦布告を行った謎の存在だとされている。
しかし、魔王が一体何者であるかはよく分かっておらず、なぜ突如予言の日に姿を現したのか、そもそも何が目的で全世界を敵に回すようなことをしているのか、いったいどのような姿形をしているのかさえ分かってない。
ただ、『魔王を見た』と証言する者が数多くおりながら、その証言は性別はおろか見た目の年齢さえ一貫性がないことから『魔王とは、見たものによって違った形に見える魔物なのではないか』とか、『力を持った亜人、もしくは魔人種などの総称で魔王と呼ばれているのではないだろうか』とか、『何件かの報告に白い髪と赤い目の証言があることから、古の封印より解き放たれた月の女神であり、人間離れした容姿で証言が一致しないのではないか』と言った噂まである。
だが、どの証言者も口をそろえて『あれは人類が勝てる相手ではない、正真正銘の化物だ』と語るほどその力は絶大で、これまで幾度となく人類最高峰の実力を持つ者達で構成された討伐隊が返り討ちに会っているのは変えようのない事実であるのだが。
「そして、これは多くの国が余計な混乱を防ぐために秘匿している事実なんだが、その日、魔王の配下を名乗る刺客が各国に点在する特級ハンターの前に姿を現しているんだ」
それからコハクさんは魔王による『特級狩り』と称される事件について語ってくれたのだが、かなり細かい部分まで丁寧に説明してくれたおかげか説明がかなり長くなったのでおさらいのためにも一度頭の中で要点を整理しようと思う。
その日、突如として失われた太古の魔術とされる転移魔術により各国に存在する特級ハンター、それもその所在が公表されており特定が容易な者の下へ魔王の配下を名乗る刺客が送り込まれてきたのだという。
当然ながらいくら奇襲を受けたとはいえ人類最高峰の実力を持つ特級ハンターが何の抵抗もできずにあっさりとやられることなどなく、送り込まれてきた刺客たちと各地で大規模な戦闘が勃発したらしいのだが、流石に人知の及ばぬ力を持つとされる魔王が襲撃部隊に抜擢した実力者だけあって多くの特級ハンターが命を落としたり引退を余儀なくされる結果に終わったのだという。(さらに、魔王に対抗すべく魔王が出現した国に近い地域に各国の特級ハンターが引き抜かれたことで他の国に所属する特級ハンターの数が減ったという事情もあるらしい。)
そして、その当時特殊な任務によってその所在がはっきりとしなかった者や一線を退いてその所在を秘匿していた者、更にはママのように結婚や出産などのタイミングで休業中だった者の多くが襲撃を免れていた事実から魔王は様々な場所に間者を放って脅威と成り得る特級を初動のタイミングで潰しに来たと判断し、今後同じような事態に陥らないよう特級の所在はおろかそのような階級が存在することすらあまり公にしない方針へと変わっていったらしい。
因みに、特級ハンターが持つ証明証は特殊な鉱石を使って作られているものらしく、魔力を込めない限り上級の証明証と全く同じように見える偽装が施されている仕掛けは襲撃事件前からあるもので、その他にもその証明証を所持するハンターが命を落とせば本部で把握できる機能もあるらしので襲撃前から全くと言っていいほど協会に顔を出していないママでも協会はきちんと生存を把握しているらしい。
「——と言うように、そもそもそれほど人数がいるわけでは無い特級の認知度は事件前でもそれほど高かったわけでは無いけど、協会が故意に情報を伏せるようになってからは都市伝説のように語られる存在となってしまった、と言うわけさ」
「因みに、話の流れで察してるとは思うけどあたし達の祖父も特級の一人よ。もっとも今は特級と言うより王宮剣術指南役としての肩書の方が有名ではあるんだけどね」
「王宮剣術指南役……と言うことは、お二人のおじい様はコンゴウ・クロガネ様、ってことなんですね」
「フム。王国最強と謳われる剣士、《剣神》の異名を持つと言われる人物か」
私に続いてそう告げるマリアに、ヒスイさんが「まあ、その称号はいずれ私が奪い取って見せるけどね」と自信たっぷりに宣言したので、マリアも負けじと「我とて」と張り合おうとして、自分の隣に置いてある大斧に視線を移してから「いや、我の扱う武器は剣や刀ではないので《剣神》は無理じゃな」と珍しく冷静にセルフツッコミを入れていた。
「それに、ターニャさんも僕達のおじい様から指南を受けた弟子の一人で、その縁があって特級ハンターの一人だと知っていたというわけさ」
「まあ、姉弟子だとは言ってもわたしがあの爺さんに弟子入りしてたのなんてコハクやヒスイが生まれるよりもかなり前の話だから当然面識なんてないんだがな」
ママはそう告げたところで視線を窓の外へ移し、「おっと、どうやら話し込んでるうちにようやく目的に到着するみたいだね」と言葉を続けた。
「あれが……迷宮都市ファンタズム……」
思わず言葉に詰まりながら、私は辛うじてそれだけの感想を絞り出す。
車窓から見える風景などごく限られたものだが、それでも目の前に待ち受けるどこまで続いているのかも分からないほど巨大な防壁に囲まれた街が今迄の人生で見たこともないほど広大で巨大な都市であることを感じさせる。
「さて、それじゃあ駅に着いたら絶対わたしの側を離れるんじゃないぞ。初めて来る2人は一度はぐれれば間違いなく目的の場所に出るなんて不可能だろうからな」
脅すようにニヤリと笑みを浮かべながら告げるママに、私は若干の不安を覚えたもののそれ以上に未知なる地への期待と興奮で胸を膨らませつつ、確実に距離が近づいて行く目の前の巨大な都市へと視線を向け続けるのだった。
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